第2章 (1)
「着いたわよ。凪君、風花様。降りてください。」
車が止まったのは繁華街である栄町のシンボルの一つである『ゆとぴあ21』のすぐ裏手であった。そして、そこには40歳くらいの白衣を着た女性と凪の良く見知った人物がいた。
「ゆ、悠!?なんでここに?」
「パッとしないお兄ちゃんが可愛い狐っ娘になってくるっていうから楽しみに待ってたのに…なんで変身解いちゃってるの?」
「あ、あれは事故みたいなもので…っていやだからなんでここに?」
「あ!これが風花ちゃんですね!カワイイ!!!!」
悠はそう言いつつ、狐の姿の風花を全力で撫で始めた。風花は突然の出来事に驚いたのかなんの抵抗も見せなかった。
「あのー、悠さん?ちょっとは兄の方を向いてもらってもいいですかね…?」
風花を挟んで兄妹仲良くしている一方で、悠の隣にいた白衣の女性は車の中の母親に向かって話しかけていた。
「陽さん、兄妹の仲がよろしいのは結構ですがとりあえず中に入れちゃっていいですか?ここだと目立ちますし。」
「それもそうね。じゃあ瑞穂さん。凪君を研究室に。風花様は…悠ちゃんに頼んで何か服でも見繕ってあげて。明日買い物に行くからその時に着せていける感じの奴でいいわ。私は車置いてから行くからそれまでお願いしますね。」
「わかりました。」
そういうと、その女性、瑞穂は手を叩きながらいまだに仲良くしている兄妹とそれに挟まれている風花に向かってこう言った。
「悠ちゃん、凪君、風花ちゃん。行きますよ。ついてきてください。」
というと、目の前の『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアに入っていった。
「ほら風花ちゃん行くよ!お兄ちゃんもついてきて!」
「な、なんなのじゃ!ちょ!やめ!」
悠は撫でながら風香を抱き抱えてそのまま扉の中へと走っていった。
「ゆ、悠!?ちょっと待って!とりあえず降ろしてあげて!?風花さんがすごい顔してるよ!?」
そして、凪も悠を追って、扉の中へと入っていった。
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扉の奥にあった長い階段を下りると、先には薄暗いリノリウムの廊下が続いていた。
悠はいつの間にか風花を離して凪と兄妹仲良く最後尾で言い争いをしていたため、いつの間にか人の姿に戻っていた風花は瑞穂に向かって話しかけた。
「なんか暗いのう。瑞穂…と言ったか?まだつかぬのか?」
「もうちょっとですよ。もしかして少し眠くなってきました?」
「それもある。もう丑の刻くらいじゃと思うんじゃが?」
「流石にまだ夜の11時…子の刻くらいですね。あ。この扉ですね。ほら、そこの兄妹。声紋認証あるから一回静かにして。」
「いや、だからお前は・・・「そういうところだよ!お兄ちゃんは昔から・・・」
「し・ず・か・に・ね。」
「「はい。」」
「よろしい。」
瑞穂はなかなか静かにならない兄妹を静かにさせると、パスコードを小声で呟いた。
「『認証シマシタ』」
スピーカーからその音声が流れると瑞穂はその扉を開けた。すると、その先にも廊下が広がっていた。
「はい。ここが『特生対』の中部本局よ。とりあえず凪君はいろいろ聞きたいことあるから私についてきて。風花ちゃんは悠ちゃんについていって、さすがに全裸はまずいからとりあえず服を見繕ってきてもらって。かわいいものを買いに行くにしても最低限のものは着ていかないとだめでしょ?」
「了解だよ、瑞穂さん!さあ!風花ちゃんこっちに来て?ここにおいてある私のコレクションからかわいいの選んであげるから!さあ!こっちへ!さあ!!」
「お、お主なんかこわいぞ。あ、引っ張るな!痛い!分かった!行くから!やめろのじゃああぁぁぁぁ…。」
と、風花はテンションの高い悠に連れ去られ、奥のドアに消えていった。
「じゃあ、凪君。行きましょうか。ふふ。悠ちゃんと仲がいいのね。」
「あ、はい。兄なのに、いつも舐められっぱなしですけど…。」
「まあ、あれでもお兄ちゃんの事大切に思ってるみたいだし、凪君も妹のことは大切にしてあげるのよ?」
「大切な妹だとはもちろん思ってますよ…。身内びいきを除いてもかわいい方だと思いますよ…。」
「もしかして凪君ちょっとシスコン?」
「そ、そこまでではないですよ!ただ、あいつはあいつで僕に似て結構おっちょこちょいだから心配なわけで。」
「大丈夫よ。悠ちゃんも、もちろん凪君も、おっちょこちょいなところはあるかもしれないけどちゃんといいところもあるんだから。悠ちゃんこの前ね、私の研究手伝って…ああ、ここが私のラボ。今扉明けるから…どうぞ。」
そして、凪は瑞穂の後についてラボへと入っていった。
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「融合した後に何か問題がないか調べるために一通り検査するから。ちょっと服脱いで。」
「あ、はい。ってここでですか!?」
「別に全裸にならなくてもいいわよ。そのシャツ脱ぐだけでいいから。それに心臓の音とか聞くだけで他の検査は服着ててもいいから。近所の病院に行った時と同じよ。」
「え、でも女の人に見られながらはちょっと…恥ずかしいというか…。」
「じゃあちょっとだけ後ろ向いてるからそのうちに脱いじゃって?終わったら教えてね。」
「あ、ありがとうございます。」
そう言って瑞穂が後ろを向いている間に凪はシャツを脱いだ。
「もういいですよ。」
「は~い。じゃあ検査するわね。アルコールにアレルギーとかはないわね?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします。」
それから2時間ほど、凪は筒に入ったり血液を採られたり…と人間ドックのような検査を受け続けた。中には見たことのない機械もあったが、医学にあまり詳しくない凪には何をしているかよくわからなかった。
「とりあえず、簡易的な検査だけど、医学的には問題なさそうね…。霊的には…こっちも異常はなさそうね。どこか痛いところとか違和感あるところある?」
「とくにはないですね…。問題ないならちょっと安心しました。」
風花との融合によって体に異常が起こっていないか少し心配していた凪はその言葉を聞いて安心した様子だった。
「じゃあ、今日は帰っていいわよ。陽さん…凪君のお母さんがさっきの入り口辺りで待ってるはずだから。一応検査結果は精査して明日レポートの形で渡すわ。」
「あ、ありがとうございました。じゃあ、また明日お願いします。」
「気を付けてね。あ、明日は風花ちゃんと一緒にここに来てね。いろいろやってもらうことがあるから。」
「はい、わかりました。それでは失礼します。」
「ばいば~い。」
そして、瑞穂は手を振りながら凪が部屋から出ていくのを見送った。
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凪は部屋から出ると、廊下の椅子に座ってパソコンとにらめっこしていた母親に話しかけた。
「あ、お母さん。おまたせ。」
「あら。体に問題なかったらしいじゃない。よかったわ。ところで、風花様と悠ちゃん見てない?」
「別れてから見てないなぁ。『かわいい服を着せる!』っていって風花さんをすごい勢いで奥の方に引っ張っていったからそっちにまだいるんじゃない?」
「それにしても長いと思うのよ。ここ奥広い上に複雑だからどの部屋にいるか探している間にすれ違いそうだし…」
と、その時奥から元気のよい悠の声が聞こえてきた。
「あ!お母さん!お兄ちゃん!見てみて!かわいくできたでしょ~!!」
「ああもう引っ張るな!この履物走りにくいんじゃから!」
駆けよってくる悠に引っ張られて風花も凪の方へとやってきた。
「風花さん…かわいいですね。」
「でしょ~!私がここに置いておいた渾身のコレクションなんだから~!かわいくならないわけがない!いい!?まずこの薄い水色のワンピース!風花ちゃんの茶色の髪の毛にはこれくらいの方が似合うのよ!さらに、髪の毛もサラサラだったからこっちは邪魔にならない程度にまとめるだけでOK!あと細かいところでは…」
そこから5分間、悠は風花の『ファッションこだわりポイント』を熱弁した。
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「と、いうわけで!女心の分からないお兄ちゃんでもかわいいって言わせる服装にできた!というわけです。」
「そ、そうなんだ。」
思ってもみなかった悠の熱意に押された凪は、若干引き気味に答えた。ここで、凪はあることに気づいた。
「あれ?悠ってさっきまでそんなリュック背負ってたっけ?」
「いや~。風花ちゃんに似合いそうな服いろいろと見繕ってたらちょっと多すぎちゃって…。」
「じゃあ、その中全部服ってこと?さすがに多くない?」
「何言ってるのお兄ちゃん!?こんなにカワイイお人形さんみたいなんだよ!?いっぱいかわいい服着せたいじゃない!!そもそも…」
「はい、ストップよ悠ちゃん。もう夜も遅いんだから早く帰るわよ。風花様が立ちながら寝ちゃってるわよ。」
3人の様子を遠くでみていた母親だったが、風花が舟をこいでいるのを見ると、興奮の収まらない悠をなだめるために悠の話に割り込んだ。
「は~い。」
「じゃあ、駐車場まで行くわよ。風花様寝てらっしゃるし凪君おんぶしてあげて?」
「え?僕が?女の子の方がいいんじゃないの?」
「私は運転があるし悠もなんかいっぱい荷物もってるし、それに今後一緒に仕事していくんだから今のうちに慣れておきなさい。」
「は~い。じゃあ風花さん、ちょっと体重前にかけて…よいしょっと。」
風花は非常に軽く、凪の力でも十分に背負える重さだった。
「じゃあ行くわよ~。」
「「は~い。」」
そして、母親の車で、凪は2週間ぶりに自分の家に帰ったのだった。
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