第1章 (4)

下山後。降りてくるのが遅くなった凪は村の人々に大変心配されていた。遅くなった理由を聞かれた時は『道に迷ってしまって…』ととりあえず嘘をついてごまかした。勿論、『妖魔に襲われて食べられそうになったら近くの祠に封印されていた狐の少女と融合してその妖魔を倒していました』なんて言えるわけもなかったからではあるが。

そして、せっかくだからと母親も一緒に現地で夕飯をごちそうになった。

その食事会が終わったときにはすでに完全に日も落ちており、それを理由に一泊することを勧められた。しかし、母親は『凪の仕事も終わったし家に連れて帰りたい』と言ってその誘いを断った。

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凪が母親の車に乗り込むと、運転席に座る母に向けて村の人々が別れの挨拶をしていた。

「2週間ありがとうございました。うちの息子がご迷惑かけなかったですか?」

「いいよ。人手が足りない中手伝ってくれたし。陽ちゃんも仕事頑張ってね。凪君も就職活動頑張って!あ!うちの村はいつでもウェルカムだよ!!」

「あ、はい。頑張ります。また機会がありましたら是非、よろしくお願いします。」

と、最後にありがたいお言葉を頂戴した凪は、村の人々に別れを告げた。

それを確認した母親は最後にお辞儀をすると、その村を後にした。。

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「ねえ、母さん?さっきの話なんだ…「お疲れ様。2週間どうだった?」」

母親の運転する車が村から高速道路までの山道に差し掛かった辺りで凪は先ほどの出来事について母親に尋ねようとした。しかし、母親はその言葉を遮ると逆にこの2週間について凪に尋ねてきた。

「いや、まあまあかな?仕事は多かったけどご飯おいしかったし星はきれいだったし…ってさっきの話の続き!風花さんって何者なの?それにあの黒スーツの…『回収班』だっけ?あの人たち何?そもそも『妖魔』について何か知ってるの?」

話をはぐらかされたと感じた凪は少し強い口調で母親を問い詰めた。しかし、母親は意にも介さない様子でこう返した。

「まあ、いろいろ聞きたいことはあると思うけど、無事に怪我なく終わって私は嬉しいわ。」

「いや、だからさ!さっきの!」

その母親の返答に自分の聞きたいことが意図的にはぐらかされていると感じた凪はさらに強い口調で母に問い詰めた。

「ちゃんとそこも話すから。とりあえず、風花様は元に戻っていいですよ?」

と、母は風花に呼びかけつつ、凪を落ち着かせるようにこう言った。すると、トランクルームから一匹の狐が後部座席に座っている凪の膝の上に座った。そして、一瞬その狐が光ったと思うと、次の瞬間には風花が凪の膝の上に座っていた。

「やっとかの。あの姿じゃ肩が凝ってたまらんわ。しっかし、こんな座っとるだけで楽に移動ができる時代が来とるとは…妾でも驚いたぞ。」

と、風花は肩を回しながら愚痴るように言った。

「う、うわ!いきなり何なんですか、風花さん。ちょっと重…意外に軽いですね。」

「おなごに体重の話をするとかお前は配慮というものがないのか!」

凪のデリカシーのない発言に対して風花は振り返りつつ『パシィ!!』といい音が鳴るレベルの平手打ちを凪に食らわせる。

「痛ったぁ!」

「ふん。もうちょっと配慮というものを学ぶといいぞ、凪よ。」

「流石に凪君が悪いわ。でも、風花様ももうちょっと控えめにしていただけると…」

「まあよい。それより、先ほどの黒い面妖な集団は何者じゃ?凪も言っておったがその辺の説明をしてくれんかの?」

「分かりました。できれば凪には知られたくなかったんですけどね…」

風花が凪の隣に座り直しながらそう求めると、母は観念したかのように語りだした。


「まず、凪君。お母さんがどこで働いているか知ってる?」

「え~っと。『何とか侵襲かんとか機構』みたいな名前じゃなかった?」

「『特定侵襲生物対策機構』ね。なんでそこだけ覚えているの?」

凪のそのうろ覚えすぎる発言に母はあきれながら返した。

「で、そこが『妖魔』に対処しとると言うわけか?」

「まあ、そういうことになりますね。厳密には『妖魔』に限らず人ならざる者との対応全般を取り仕切っているところですね。」

「あろ?妾の時代の『難波宮』はどうなっとるんじゃ?」

「一応、その『難波宮』が歴史の中で時勢や他組織との関係性を経て変化していったものが『特定侵襲生物対策機構』略して『特生対』ということになっています。」

「じゃあ、そこの…ええと…何とか機構は未だに『朔月家』の奴らが取り仕切っておるのか?」

「はい。ですが本流や主な分家は先の戦争で死に絶えておりますので今は分家の『小月』つまりは私の夫、凪の父親に当たる『小月 慧』が理事長…つまり頭首を務めております。」

「ほう。あの『朔月』の奴らはいなくなったのか。あやつらは人でないというだけで一山どころか海まで超えてまで敵を滅しに来る奴らだったからな。妾を殺していないところを見ると今はそんなことはしてないと思うのじゃがどうか?このまま妾を罠にかけようとしておる…ならばこの場で凪ともども死んでやるが?」

「そんな物騒なことを言わなくても大丈夫ですよ。今は平和な時代ですからね。とりあえず人でなければ滅する…なんてことはしておりません。今は『共存』がスローガンですから。」

「そんなこと言って実際は我々をいろいろと使いたいだけではないのかの~?」

「そんなわけないじゃないですか~。」

「うふふふふふ。」「ははははははは。」

「ちょっと待って?僕いるの忘れないで?どういうこと?」

凪は自分が蚊帳の外の状態で話が進んでいる上に険悪な空気が流れ始めたことに気づいた。そして、このままでは説明すらしてもらえないのではという危機感と険悪な空気のまま家まで過ごしたくないという思いから2人の話が途切れた瞬間に割り込んだ。


「ああ、ごめんなさい。つまり、お母さんは『特定侵襲生物対策機構』、『特生対』ってところで働いていてそこでは『妖魔』に限らず人ならざる者と対応とか折衝とか色々やってるのね。で、お父さんがそこのトップをやっているのよ。」

「妾の封印される前は『難波宮』って呼ばれてたところじゃ。その頃はどっちが鬼か分からないくらい敵対していたが…今はそうでもないらしいの。」

「で、お母さんの実家ってあの辺の大地主だから山に封印されていた風花様のことも話としては知っているのよ。お会いしたのは初めてだけどね。」

「へ~。お母さんってそんな仕事してたんだね。それに風花さんってそんな昔から生きてる…グェッ!」

その瞬間、風花のこぶしが凪の腹部に突き刺さっていた。


「だ・か・ら・!おなごに年を聞くでないわ!」

「まだ聞いてないし、だからって腹パンしなくても…ウエッ。」

「まったく。お主さては家族以外のおなごとまともに関係を持ったことないじゃろ?」

「う、うるさいなぁ。持ったことないですけど、だから何なんですか?」

「だからお主に配慮というものがないのか。勉学だけでなくそういうところも勉強しないといかんぞ。」

「だからって殴らなくても…。」

「まったくお主というやつは…いいか?おなごというのはな…」


それから30分以上の間、凪は風花に説教、もとい女性の扱い方についての熱血講義を受けていたが、ふと外を見ると家に帰るときに曲がるはずの分岐を直進したことに気づいた。

「ただ、おなごの中には感情を偽れる輩もおるからな…」

「あれ?お母さん?家に帰るなら今のジャンクションで3号線入らないと…」

「まだ話は終わっとらんぞ!」

「お母さん?このままだと都心の方に行っちゃわない?」

「凪の母よ!説教の途中だが凪の質問に答えてやってくれ!続きができぬ!」

母親は凪の言うことが聞こえていないかのようにスルーしていたが、風花に言われるとこれまで気づかなかったかのように話し始めた。

「え?ああ。言ってなかったわね。今から『特生対』に行くのよ。」

「へぇ~。なんで?忘れ物でもした?」

「あなたの就職先だからよ。」

「へ?今なんて?何が収束するって?」

凪は今聞こえた言葉が信じられなかった。

「収束じゃなくて就職ね。あなたは明日から『特生対』で働いてもらうから。」

「え?なんで!!??いきなり言われても心の準備ができてないよ!?」

「凪の奴この年で仕事してなかったのか!?お主は何をしておるのじゃ!?」

「『なんで』って言われても…凪君はもう『妖魔』と戦えるし、書類仕事とか得意でしょ?だから就職先としては最適だと思わない?もちろんお給料も出るわよ。」

「だとしてもいきなり…って戦ったの僕じゃなくて風花さんだよ?風花さんに働いてもらうべきじゃない!?」

「お母さんの予想だけど…失礼ながら風花様って凪君と一緒じゃないと『妖魔』と戦えないですよね?」

「悔しいがその通りじゃな。長年の封印で力の大部分が朝露のように消えてしまったからのぅ。」


母からのいきなりの『就職』発言と風花からの心をえぐる一言に対して凪は何とか撤回させようとした。

「そもそも急に働くなんてそんな…「凪君。」」

しかし、そんな凪に業を煮やしたのか、母親はこれまでに見たことのないような冷たい口調でこう続ける。

「働きたくないのならしょうがないわ。風花様。凪の精神ごと肉体を乗っ取ってください。」

「え?乗っ取る?」

凪はその衝撃的な言葉を信じることができなかった。

「本当に良いのか?」

「戦いたくないならともかくそもそも働きたくないのならば仕方ないです。仏壇に位牌くらいは置いておきますので。」

最後の確認をする風花に、母親は冷徹ながらも泣くことを我慢しているような声でそう続けた。

「そうか。その覚悟ならば仕方ない。この風花。わが母を愛し、守護してくれたものの末裔の頼みとあらば聞かざるを得ない。凪よ。痛みなどはなく逆に心地よいはずだから安心してほしい。」

そういうと、風花の体が光に包まれその光は凪に向かって流れ始める。その様子に凪はパニックになるも、この世から消えたくないという本能は凪に叫ばせる。

「分かりました!働きますから!なんでも言うこと聞くから!」





次の瞬間、何事もなかったかのように光は消え、笑いをこらえきれない母親と大笑いしている風花の姿があった。

「お主よ!ははは!こんな小芝居に騙されるなぞまだまだじゃのう!さっき言ったじゃろ!『感情を偽れるやつもおる』と!なははは!」

「そういうわけよ、凪君。そろそろつくから降りる準備しなさい。風花様はまた狐にお戻りください。街中なので一般人に見られると厄介ですから。」

「え?どこから芝居だったの?え?打合せとかしてたの?え?どこから?」

「本当は明日から就職説明会とかいろいろ行ってもらう予定だったけど風花様と会って方針転換したのよ。だからどこからと言われれば最初に会った時から…かしら?」

「そうじゃぞ。融合するのが精いっぱいな妾単体で人間の精神を乗っ取るなぞできないしのう。『術式展開 変化狐』。」

と言うと、風花の体が光に包まれ、先ほどの狐の姿に戻っていった。

(女の人って…怖い。)

その様子を見ていた凪は女性に対する恐怖を覚えていた。




第1章 出会い 完

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