18 はさみとつるはし③

太ももの癒えた傷口が破れたのか、 包帯には血がにじんで出ていた。 私は苦痛を堪えて席から立ち上がった。 そして、 つるはしをやつに狙いをつけた。 シェポンはさっきよりさらに興奮した目で私を見て警戒する姿だった。 空に穴が空いたように雨がひどく落ち始め、 私とシェポンはお互いをにらみつけて、 距離を維持した。


「そんな目で、 私を見るな! お前は知らない、 知らないんだよ!」

「うっ!…」


シェポンは速い動きで私に攻撃を浴びせた。 私は後ろに退き、 やつの攻撃を、 つるはしで打ち返したり、 回避するのが限界だった。


『ハル、 やっぱりだめ。 それを使おう』

だめ、 エスト。 今はだめ。

『なにが、 だめって言うんだよ!! このばかたれ!』


エストは切羽詰った声で私を催促した。 しかし、 私は固く口を閉ざした。 まだ、 『それ』を使用するには早すぎることのようだったからだ。 シェポンの速い攻撃は継続して続いた。


「みんなに無視される気持ち、 嫌われる気持ちを君は知ってる? 知らないじゃん! なにも知らないくせに!」

「いえ! 俺もそれくらいは知ってるんだよ!」


私はやつの言葉にゆうこが、 私を助けてくれたことがひとつずつ浮かび上がってきた。 いつも、 冷やかしも受けて憂鬱だった私に微笑をくれた彼女を言葉だ。 そのため、 私はこのような悪感情を持っているシェポンを放っておくことができなかった。


「人に無視される? 嫌われる? お前が変わらない以上、 周りの人たちは誰も変わらない! お前はただ、 お前の妄想の枠内で生きて行くだけだよ!」

「うるさい!うるさい! うるさい!」


シェポンと私は互いに攻撃を交わし、 激しい戦いが始まった。


『ハル! 左だよ!』

…ちくしょう!


私はエストの言葉通り、 体を回転させてやつの攻撃を避けた。 その瞬間、 他のはさみが私の首を向かって刺して入ってきており、 手に持っていたつるはしでやつのはさみを打ち返した。 鉄同士でぶつかる音とともに、 ぶつかった衝撃でお互いが持っていた武器が虚空に跳ね返ってナとなった。 手ぶらになって無防備な状態になってしまった私に向かって、 シェポンは残りのはさみで攻撃を試み、 私は身をかがめてやつの攻撃を間一髪で、 回避。 そして、 こぶしで精一杯やつの顔を殴った。


雨が激しく降る森の中で互いに血だらけになっているシェポンと水にぬれたネズミの格好だった。 もう、 疲れてしまった僕はよろよろとやつを、 力の抜けた目で見てやつも疲れたのかはさみを地面にさしておいて息を切らしていた。


◇◆◇◆


どうして、 お前は私のことを優しい目で見つめられてるの? お前を殺そうとしたが、 お前に傷を与えたのに、 なんで? 気分が変た。 心が重かった。 不慣れだが、 慣れた感じがした。 いつかは覚えていませんが、 誰かにこのような優しい視線を受けた気がした。


「果たして、 お前を憎んでばかりいた人がいただろうか? お前のことを悪く言って、 いじめる人だけいただろうか? 違うよ!…きっと、 お前を大切にし、 愛してあげようとした人もいたんだよ!」

本当にそうだっただろうか。


ハルは持っていたつるはしを置いて,私に拳を振るった。 私も疲れたのかこれ以上兵器で攻撃をする元気が残っていなかった。 ハルの攻撃に私は抵抗する力が残っておらず、 無策でハルの攻撃を許可してしまった。 全身が大きく響いた苦痛と、 私は泥に変わったズブズブの土の床に転んた。 私が床に倒れた瞬間、 ハルは私の胸ぐらを捕まえながら叫んだ。


「お前の事情はよく分からないが、 もし、 本当に、 周りにお前のことを思ってくれる友達がいなければ。 私が…、 私が友達になってあげるよ! だから、 人を恨んで憎むことはもう、 やめろぅ!!!」

「……」


ハルは悲しい目をしていた。 私を本当に心配している雪だった。 私の止まっていた心が少しずつ動く感じがした。 心が暖かい感じがした。


瞬間、 私のどんよりした記憶の中で私の私の頭をなでながら、 微笑を浮かべてくれた警備員のオジサンたちの姿が浮かび思い出した。


『ご飯は食べた? おじさんたちとおいしいもの食べに行こうか?』


一瞬に、 孤児になってしまった私を母のような微笑で喜んで迎えてくれた保育院のシスターの顔が思い出した。


『あら、 かわいい子だね~ 楽にシスターまりあと呼んでね~ これからよろしく~ シェポンくん』


初対面の私に、 笑みを浮かべて近寄るじていた保育園の女の子が思い出した。


『君の名前は? わぁ、 金髪がすごくきれい。 私たち人形遊びしない?』

「……」


そうだ。 僕はただ、 僕、 一人だけの被害妄想の中で生きてきたのだ。 親を、 自分の手で殺して一瞬にして孤児になってしまった自分を受け入れたくないだけだった。 僕一人の勘違いの中に抜けて、 僕に近寄っていた子どもたちを脅かし、 結局、 自分自身がその子供たちから遠ざかったのだった。


目で熱い何かが流れている感じがした。 何年間、 止まったいた故障した歯車が動くように私の凍りついていた心が徐々に動いていた。 ハルは、 私を見ながら小さなほほ笑みを見せた。


「お前、 自分が変わればいい。 そうすればお前を嫌っていた人たちも、 変わることになるだろうから」


今まで止まっていた涙腺が刺激されたものだろうか? 涙があふれ出た。 今まで聞きたかった暖かい言葉だった。 母がいつも、 私にしてくれた温かい言葉のように私の心を温めてくれた。


幼かったこと、 とても幼かったこと、 母の懐に抱かれて、 見た母の笑う顔が浮かんできた。


「シェポン、 私のきれいで、 かわいいシェポン、 お母さんはいつも私たちシェポンを愛しているんだよ。 だから、 いつも純粋に成長してくれてね]

「……ごめんなさい。……ごめんなさい。 本当に…、 ごめんなさい」

約束を守りきれなくて…。 本当に、 ごめんなさい…。


私は初めて涙を噴き出した。 止まらない涙を手の甲で拭いて、 大きな声で泣いた。ハルは、 泣いている僕を抱きしめてくれた。 僕は、 誰かを抱き締めながら、 泣いたのは今回が初めてだった。

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