第4話 就職依頼

「初めまして」


 ”折春”さんはそう言って大きな手を差し出してきた。


「…こちらこそ、初めまして」


 日本人として一応二十代中盤の社会人ではあるが、挨拶の際に握手をする場面は初めてだ。

 それにしても、でかい。身長は二メートル近いんじゃないだろうか。

 ソファに着席を促すまでは座らない程度の常識は備えていらっしゃる。

 その出で立ちが、足元まで隠すマント、口の周りの大量のヒゲ、そして金色の瞳というおよそ知りうる外国人の常識にそぐわないとしても。


「来訪に際し快諾いただき、感謝しますです」妙な日本語を操る。


「…いえ、なんとなく拒否できる雰囲気でもなかったですし、そもそも、住所も教えたつもりも無いのですがね」


 そう。空いている時間を聞かれ、今日の夜ならと返信しただけだ。

 結果として”折春”さんは、仕事終わりの工場にふらりと現れた。


「えと、コーヒーでよかったですか?」


 僕一人で会うから帰るように言ったが、亜由美は頑なに同席を希望した。

 嫌な予感がする、と。奇遇だな、僕も同感だから帰るように言ったんだが。


「ありがとうございますです。おぉ、珈琲です、いただきますです」


 亜由美は僕の前にもコーヒーカップを置き、僕の隣に座った。

 ”折春”さんはどういう原理なのか、もじゃもじゃのヒゲを汚すことなくコーヒーを味わっている。


「住所というのは、住んでいる居住地の識別ですかね?ワタシはモノの記憶を辿りました」


 彼はそう言って、マントのポケットから一掴みで多数の金属片を取り出した。

 どれもこれも見覚えのある、一度は僕らの手にあったものだ。


「…それを、どうして、まさか全部あなたが購入したのですか?」


「いえ、買われたみなさんの所を回りましてですね、回収させていただきました」


「回収って、なんで?」


「ふむ、どうもワタシは自分の知っていることを省略して考えてしまうです。一から説明しますですね」


 僕も亜由美も姿勢を正す。

 この話の後に、僕らはどうなるのだろうと不安を感じながら。


「「概念流れ」という言葉をご存知です?要するに、存在しないモノにも拘らずその名前を知っているという現象です」


「…空想とは違うのですか」


「神話でも物語でも、この世界に溢れる想像の世界は必ず着想となるオリジナルがありますです。それはそのオリジナルが存在する場所にあるもので、それが無い世界では「概念」として、いつの間にか認知しているのです」


「オリジナル…」


「この世界には、そう魔法も、ゴブリンも、エルフもいないでしょう?でもみんな知っているです」


「それは、創作のお約束というもので…」


「ええ、読み手の想像力を省略する為ですね。でもそれにしてはそんな想像の存在がひどく自然に受け入れられていると思いませんですか?」


「…無意識にそれらが本当にあることを知っているから?」


「そうです。それが「概念流れ」で、です、ごくたまに、オリジナルが界を越えてしまう事がある」

 

 ”折春”さんは腕を組み一人で頷いている。


「…あなたは、下の名前は”コン”さんでよろしいですか?」


「察しがよろしいです。ワタシはそれを回収しに来たのですが、いやはやなんとも、まさかこの世界にアレを錬成し効果付与できる存在がいるとは思わず、時間がかかってしまいました」


「ごめんなさい、まさかそんな存在とは知らず、勝手に使ってしまいました」


 そこは素直に謝る。が、いつのまにかそれが僕に工場にあったのはそっちの都合ですよね。


「いや、それは仕方がありませんです。分離した際の破片も回収不可なレベルになっています。こちらの残りと、あなたが身に着けているのが最後になりますね」


 と亜由美に視線を向ける。

 視線に促され、彼女はペンダントを首から外すと、無言で”折春”さんに渡す。


「これは本当にすごいです。形状もそうですが、想いの質がとても強い…ワタシたちでさえこれほどのモノは創れませんです。あなた方なら時を超えるモノすら創り出せるでしょう」


「…時を超える?」大げさな話だな、まったく。


「あちらの機械で形状加工したのですね?なんとも驚きです。加工するだけでも熟練の技が必要なのに、こんな普遍的な設備でそれを可能にするとは…加えて超一流の付与士、どうです、お二人ともワタシと一緒に来ませんか?こちら流に言うと、就職依頼ですかね」


「…来ませんかって、どこに?」


「もちろん、オリハルコンのある世界です」



 一日考えてください。また明日やってきます。

 彼はそう言って、工場から歩いて出て行った。


「…宗ちゃん、えと、私たちってどんな状況?」


 理解が追い付かないのだろう。亜由美は呆然としたまま問いかけてくる。


「明日、また来るってことは、逃れられないってことかな?」


「…知ってはいけない事だから?」


「売った先から全部回収するくらいだ。少なくともアレの存在を認識した僕らを放っておくとは思えないんだ」


 僕はシャツの中からペンダントを取り出す。


「え?なんで宗ちゃんが、それ「恋愛成就」だよね」


 僕はその問いには答えず、何故これを見逃されたのか考える。ひょっとして「想い」という付与とやらが付いていなかったから気付かなかったという可能性もあるが、僕はもう一つの選択肢に掛けてみる決断をする。

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