第3話 成功と失敗

 結論から言うと、僕たちのショップは売れに売れ、大成功と呼べるのかも知れない。

 オーダーの合間にも、亜由美が思いついた品々を登録すると、瞬く間に注文になるという稀有な体験を何度もした。

 そして累計で100個を越えた時、亜由美に重要な話をする。


「材料が、もう残り少ない」


「そっかぁ、謎の材料だもんね…」


 デザインやら、発送やら忙しかった為か、さすがの彼女も少し元気が無い。


「具体的に後15個分だ。残りは純粋に、必要なものを作ることに集中しようと思うんだが」


 既にサイトでは新規オーダーの受注を中止している。


「そうだね…」覇気が無い。


「もちろん、普通の真鍮や、アルミや鉄なんかでも製作自体は続けられるけど、なんとなく、効果はともかく、一区切りにしてもいいんじゃないか」


「…そうだね…」


「なんだよ、評価のこと気にしてんのか?別にそんな結果に振り回される必要も無いし、つーか全部みんな適当な事書いてるって思った方がいいと思うんだがな」


 感想欄は誇大妄想の集まりなんじゃないかとゾッとすることもあったが、恐らくみんな、ネタというかノリで書いてるに違いない。


『県大会優勝できました!でも全国大会では記録的大敗で県民から白い目で見られています…』


『大金が入ってきました!とはいえ、大好きな祖父の遺産なんですけどね…健康祈願をお願いすればよかったです』


『しばらく前に志望校に合格しましたが、レベルが高過ぎてすぐに退学しました。でも、ありがとうございました』


『必勝祈願!やりました!オレは生き残ることができました!』


 多くがこんな感想で、何かと引き換えに願いを叶える「悪魔のペンダント」などという噂が飛び交っていることも知っている。


 真面目な話、百歩譲ってこれが全部本当のことだとすれば、亜由美がどんな風に思うか火を見るより明らかだ。

 製作数が100個に近づくまではとにかくオーダーを捌くのが精いっぱいで、感想欄なんかも見る暇も無かった。

 新規オーダーを止めた理由も、材料の不足問題と共に、この感想が影響している。


「とにかくさ、もう材料も無いんだ。僕たちが欲しいものを作ってもいいんじゃないか?」


 そう。全ては妙な材料のせいだった、と割り切ってしまえばいい。

 所詮、この世界で起こる全ては、考え次第でなんとでもなるんだから。

 幸せに成れたのもアクセサリーに願ったせい

 不幸に成ったのもアクセサリーに願ったせい

 幸せに成れたのもアクセサリーに願わなかったせい

 不幸に成ったのもアクセサリーに願わなかったせい

 どれを選んだところで、結果なんて変わらない。はずだ。


「…宗ちゃんは、まだ残りの材料でアクセサリーを作りたい?」


「いや、別に元々僕が作りたかった訳じゃないし…亜由美?」


「…最初はね、本当に、願いが叶うアクセサリーだって思ってたの…でも、私が望んだのは、好きな人に振り向いてほしいって、それだけで…振り向いてもらえたけど、あの人は、私以外の女の人にも…」


 亜由美は静かに涙をこぼしていた。

 うん。願いが叶ったと言っても、何かを犠牲にしたり、思いもよらない事実に直面することだってあるよね。

 舞い上がっているとそんな客観視もできないけど、別にそれは彼女の罪ですらない。事象に対する感じ方は僕らの自由なのだから。

 そして、彼女の悲しみに至った事実に、僕は正直安堵してしまっていた。

 好きな女の悲しみを喜ぶ男か、ホント、幸せってなんなんだろうな。


「私、幸せだって思ってた。だからその幸せをみんなにも分けてあげたかった。でも失敗しちゃった…幸せじゃなくなった私から分けられた思いは、きっとみんなの不幸になって…」


「そうじゃない。これはただの商品販売だ。どこの世界に幸運グッズの効果が無いって本気で文句を言うのさ。いや、いるかも知れないけど…少なくともアクセサリーを得られたんだ。その結果、どんな出来事があったとしても、その代価は購入代金だけだ」


「…でも、やっぱり、呪いのアクセサリーなのかも知れないよ」

 

 あ、そういう悪評も知ってるのね。


「だから、評価なんて好きに言わせておけばいい…ん?」


 ショップのユーザーページに新着のメールがあった。

 オーダーの中止を公表してからは一つも受信がなかったのに、とメールを開く。


『貴殿の使用されている材料についてお尋ねしたい。都合の良い日を連絡いただきましたら、こちらから赴きます』


 たったそれだけの文面。

 ショップ内メールなので、他には登録されているユーザー名だけがある。


『折春』


「どうしたの?」


 画面を見て固まっている僕に亜由美が不安そうに声をかけてくる。


「…いや、なんでもない。僕らはいつのまにかファンタジーの世界に囚われていたのかも知れないな」と苦笑しながら、対面の亜由美にパソコンの画面を見せる。


「…どういうこと?材料って、なんでこの人そんなこと知ってるの?」


「僕の想像なんだけどね、その人の下の名前、「コン」って言うんだよきっと。


 


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