第2話 願いを叶えるアクセサリー

『外径3センチほどのサイズで、厚みは5mmくらいまで、どんな形状でも製作します。そして、どんな願いを叶えたいか、その想いも添えてくださいね!謎の金属があなたの願いを叶えます!』


 そんなキャッチフレーズと共に、とあるハンドクラフト系オークションサイトに「宗ファクトリー」という出展者が登録されたのは、約一か月前の事だ。

 まあ、僕らのことなんだけど。

 登録も発送なども全部、亜由美がやってくれているので、僕は仕事の合間に指示通りのモノを作るだけだ。

 それにしても、謎の金属ってなんだよ。確かに謎ではあるんだが…。

 真鍮っぽく見えた例の素材は、当初の長さが1メートルほどで、ワイヤー加工機にセットできる様に、厚みを5mmに揃え輪切りにして、結局120個ほどの素材が出来上がった。

 材料確保のため、その後改めて本物の真鍮を取り寄せたんだが、光沢や硬度も明らかに違っていた。


 まあ、亜由美の気が済むまで付き合うか。そんなに作ることもないだろうと、売れ残りを懸念し、亜由美を説得して、最初はオーダーではなく、ハートの意匠の「恋愛成就」、がま口デザインの「金運向上」、力こぶを模した「健康祈願」の三点を作り登録したところ、健康、金運、恋愛の順に完売した。


「ほら!私の言う通り効果絶大なんだから!」


「いや、買う前に効果なんか分からんだろう」と言いつつも、本気でこんな効果を望んで買う人がいるという事実に、結局は「お守り」感覚で、デザインを気に入った程度の購買理由なのだろうと思い直す。


「きっと感想欄がすごい事になるよ!」


「何を根拠にそんな確信できるんだか」


 工場の入口付近、簡単な応接セットのソファに座り、ノートパソコンでオークションサイトを二人で眺めている。


 値段は原価ギリギリの五千円設定。20%を手数料に取られるので、売上としては三つで一万二千円になった。そこから半分、亜由美へのマージンを渡そうとすると。


「いらないよ。私はこの幸せを分け合いたいだけだから!」と受け取りを拒否をする。


 まあ、正直商売にもならぬ額だ、登録口座にしまっておこう。


「じゃあそろそろ私行くね」


 見慣れない余所行きの格好だ、なんとなく察しはつく。


「…遅くなるなよ」


「お父さんみたい。大丈夫、ごはん食べてくるだけだから。次のデザインも考えなくちゃだからね」


 そう言って亜由美は彼氏とのデートに出かけて行った。


 ふと思い立って、製作済みのデータから「恋愛成就」のペンダントヘッドを製作する。

 仕上げで磨き、更に光沢が増したアクセサリーは、仕事終わりに照明を切った工場の中で、光源も無く光り輝いていた。


「案外、本当の魔道具なのかも知れないな」と、趣味で読むラノベの世界に迷い込んだような妄想を浮かべた。

 でも、「魔道具」に彼女を思い浮かべても、彼女が奇跡の様に現れるなんてことはなく、僕はそれ以上の感情が揺れ動かないように想いを抑えた。


 願いが叶うなら幸せなんだろう。でも叶わなかったら願いは絶望に変わる。

 ならさ、最初から願わなければいいんだ、と、これまでの人生で続けてきた信念を思い浮かべる。

 始まらない恋は、失恋にはつながらないのだから。



 後日、早朝から亜由美が工場にやってきた。


「ほら!私の言った通り!」


「おはよう」


「おはよう!って感想、見た?」


「…見てないよ、クレーム?」


 まだしっかりと覚醒しないまま、応接セットのコーヒーを淹れる。

 僕はブラック、亜由美にはスティックシュガーを添えて。


 テーブルのノートパソコンを開き、オークションサイトのマイショップを開く。

 売り切れた三つの商品それぞれに、ユーザーレビューが、それぞれ最高の星五つの評価と共にあった。


「お~すげえな、全部最高評価かよ」


「コメントもすごいんだよ!」


「え~と、これは、恋愛か、ダメだと思った彼に求婚されました。このアクセサリーのおかげですありがとうございました、ってホントかよ」


 僕は苦笑と共にコーヒーを飲む。


「こっちもすごいよ、金運」


「…え?競馬の大穴?数百万円ってなにこれ…」


「健康もいい感じ」


「寝たきりのおじいちゃんが…歩けるようになりました?」


「ね?」


「ね?じゃねーわ。なんだこれ、さすがにお前の仕込だろ?」ちょっと笑えない。


「なによ仕込みって、それよりオーダーメールもたくさん来てるよ?」


「…53通だと?」たった三つしか販売実績がないショップに?なんだ、これ。


「え~と、合格祈願、交通安全、県大会優勝、コンクール金賞、と必勝祈願。いっぱい来てるね!」


 こいつ、どこまでお花畑なんだ。

 どう考えても異常な事態に直面してるのに、このどこまでも果てしないのんびりした笑顔に、ひょっとしたら本当にこいつの幸福力が生み出した奇跡なんじゃないかと、いろんな懸念がバカバカしく思えてきた。


「よし!今日はお店の手伝い休んで、ここでデザインする!ちょっとお父さんに言ってくるね!」


 ハイテンションのまま亜由美は工場を飛び出して行った。


 悩むのがバカらしいほどの能天気。

 ま、全部偶然なんだろうし、しばらくしたら落ち着くだろうさ、と腰を上げる。


 なにせ、首に下がる僕が作った「願いを叶えるアクセサリー」はちっとも仕事をしないのだから。

 

 

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