大願成就の魔道具職人
K-enterprise
第1話 大げさな話
「宗ちゃん宗ちゃん!」
母屋側の工場入口から僕を呼ぶ声が聞こえる。
機械上に設置されたモニターに向けていた視線をそちらに移す。
声で分かっていた通り、そこに立っていたのは亜由美だった。
「どした?こんな真昼間から」
工場と言っても、僕の扱っている工作機械は騒音を発生させるものではなく、普通の声量でも十分会話ができる環境だ。
「報告報告!すごいんだよあれ!」
両手をぶんぶんと振りながら僕に近づく幼馴染は、久しぶりに見たエプロン姿だった。
「仕事中なんじゃないの?おじさんに怒られるよ?」
「この時間、お客さんなんかいないんだからいいの!そんなことより、これ!」
亜由美は握りしめていたチェーンの付いたハート形状の金属片を僕の前に突き出す。
「あぁ、テストで作ったやつな。何、高値で売れたの?」
「違うんだって!効果抜群!見事復縁!」
鼻息も荒く満面の笑みでそう告げる。
「え、だって、あれ?相手に彼女がいたって、え、別の人?」
「ううん、その人!彼女と別れて私と付き合ってくれるって!」
「…なんだ?それ…」
「もう二度と会わない、会えない、騙されたって辛かったけど、これ、宗ちゃんがくれたこの「恋愛成就」のペンダントのおかげ!あ~もうホントありがとう!」
二股男に騙されて交際していた幼馴染は、彼女発覚後の修羅場を経て引きこもっていた。
リハビリのつもりだったのか、隣人である僕の家、というか僕の仕事場に訪れるようになった。まあ、僕以外の従業員はいないし、気兼ねなく話せる相手として、僕はちょうどいい存在だったのだろう。
気兼ねなく話せると言っても、共通する話題も少なく、まさか元彼の話をする訳にもいかず、いつしか沈黙が多い時間を過ごすようになっていた。
気まぐれで僕の仕事を説明したのも、そんな雰囲気を変えたかったからだ。
僕が自営業として
元々は死んだ親父が起こした仕事で、野心や慢心を抱きさえしなければ、そこそこ食べて行くだけの仕事は確保できていた。
亜由美に仕事の話をしたのは、加工前の材料置き場から彼女が取り出した材料がきっかけだった。
「これ、綺麗ね…」
「ああ、…真鍮かな」
先日、材料屋から配送されたばかりの、直径30mmの金色に光る棒。
発注した覚えが無い材料だったので納品書を確認しても該当品は無かった。
たまたま真鍮の受注が発生した為、材料屋に買い取りを申し出たが、先方にも発送履歴が無くうやむやになっていた物だ。
ちなみに、真鍮を使った受注はキャンセルになってしまい、死蔵在庫になってしまった。
どうせ使わない材料だ。
「厄払いに、何かアクセサリーを作ってやるよ」
と、彼女にデザインさせ、それを加工用に作図し、実際に加工しているところを見せた。
その際に、真鍮用の加工データを使ったのだが、加工用の0.3mmワイヤーが断線しまくってしまい、電圧や加工速度などの加工条件を大きく変える羽目になったが、そんなトラブルのおかげで、機械のことを丁寧に説明することができた。
まあ、彼女に機械操作を覚えさせるつもりじゃなく、何かを創り出すのはこんなにも正しい必然を越えなければいけないんだ、だから幸せに至る道も困難なんだ、などという気色の悪い慰めのつもりだったのかも知れない。
彼女と共に悪戦苦闘して完成させた、この世に一つだけのペンダントトップは、ハートの外形の中に小さなハート状の穴が開いた意匠だった。
「綺麗だね…」製作に自分が関わったこともあり、亜由美は大切そうに両手の上に載せて眺めていた。
「まあ、悪くない。自分でつけても良し、ハンドクラフト系のオークションに出しても良し」
彼女がどんな思いでそれをデザインしたかは分からなかったが、何かしら彼女の背を押す動機にでもなればいい、とその時は思ったんだ。
「「恋愛成就」すごいご利益だよ~」と彼女はくるくると回り喜びを表現している。
「…大げさな話だな…ご利益はともかくさ、大丈夫なの?」
「何が?」
「彼氏」
「うん!間違ってたって、私の方が好きだって気付いたって!」
僕は、共通の知人を介して、かなりの情報を入手していた。
どう好意的に見ても、遊ばれているのは亜由美の方であり、更に言うなら、他にも複数の女性の影がちらほらと。
救いがあるとすれば、俗に言う深い関係ってやつに至っていないことぐらいか。
どうしたもんか、と思考を巡らすが、無敵の幸せオーラ満開の彼女に、いったいどんな警鐘が心に届くというのか。
「あ、そうだ!こんなにすごい効果があるんだからさ、願いの叶うアクセサリとか言って、それこそネットで売ってみようよ!ん~幸せを分け合いたいんだよ~」
「…そんな簡単に売れるかよ…それにコストがかかりすぎるんだ」
「…コストって?」
「あのなぁ、作るのもただじゃないってこと。材料費も機械の稼働時間も、それに僕にはデザインセンスが致命的に無い」
「材料、余ってるって言ってなかったっけ?それに、デザインは私がする!」
そんな満面の笑みを向けられて、なるほど、これが「惚れた弱み」ってやつかと小さくため息をついた。
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