第38話「まるで一ヶ月ぶりに恋人と再会する目前で、楽しみを隠しきれない彼氏のような感じ」


文化展の挨拶もとい、スピーチの原稿を考えだしてから何日かが経過した。


依然として原稿は手付かずだが、今日はとりあえず、そのことは忘れることにした。


というのも、今日は久しぶりに咲がこっちにやってきて、会える日だからな。


この国にきて、俺にも色んな知り合いができたが、それと同時に、色んなカルチャーショックを受けた。


俺がなぜ、咲と会うのを楽しみにしているかというと、咲がそのカルチャーショックを共感してくれそうな人だからである。



「あの・・・秋斗様?」



どこかそわそわしていると、背後から声をかけられていることに気づく。



「あ、アルトナさん」



アルトナは、経済産業大臣だ。


以前に一回だけ話をしたことがあるが、二人だけで話すのは初めてだな。



「えっと、資料を提出しにきたのですが、どうされました?」


「あ、はいはい。えっと、どこか変でした?」


「はい。まるで一ヶ月ぶりに恋人と再会する目前で、楽しみを隠しきれない彼氏のような感じでしたよ」



ずいぶんと具体的だな。


まぁその仮説は間違っているけれど。



「それで秋斗様、エマ様はどちらに?」


「あぁ、それなら今は席を外しているよ。良ければ預かりますよ?」



最終的に・・・というか、エマが目を通す前に、俺のところにやってきて、本来エマがやるべき仕事を俺がやることになるからな。


わざわざエマに提出する必要はない。



「でしたら、お願いしますね」



ということで、受け取りました。



「それで、秋斗様はこれからデートでもあるんですか?」


「いやいや、そもそも恋人すらいないよ」


「そうなんですか? さっきのそわそわ具合から察するに、まるで一ヶ月ぶりに恋人と再会する目前で、楽しみを隠しきれない彼氏のような感じでしたけど」


「それはさっき聞きました。んでも、恋人はいませんし、デートの予定もありません」


「ほほう。ですが、人を待っているのは事実のような言い方ですね」


「まぁ、それはそうですけど」


「どんな人なんですか?」


「えっと、なんでそこまで興味津々なんですか?」


「あ、すみません。しつこいですよね」


「いやいや、そういうわけじゃないけど・・・そうだなぁ、そいつの名前は咲って言ってな、俺の幼馴染なんだ」


「咲さんですか」


「昔は家も隣で、お互い自分たちの部屋から窓越しで色々おしゃべりしていたもんだな」


「おぉ、漫画やアニメでしか見たことも聞いたこともないシュチュエーションじゃないですか。まさか実在するとは思いませんでした」


「んでも、マンガやアニメみたいに、仲慎ましいわけでもないけどな」


「慎ましくないということは・・・大胆ということ!?」


「いや、そうはならんだろ」



慎ましいって、確か遠慮深いとか控えめとか、そんな感じの意味もあるんだっけか。


でもそういうことじゃないんだよ。



「でも、現実は小説より奇なりって、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国のバイロン氏も言ってたからね」(アルトナ)


「事実は小説より奇なり ですからね。あと、なんでイギリスを正式名称で言うんですか」(秋斗)


「カッコいいじゃないですか」



ダメだ。この人エマと同じ部類の人間だ。



「というか、バイロン氏が生きていた時代って、その呼び名だったんですかね」


「あ、確かに・・・アイルランドは違うかもね」


「じゃあグレートブリテン王国ということか」



調べたところ、バイロン氏が生まれたのは1788年なのに対し、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国という名称になったのは、1801年のことらしい。


どうでもいいね。



「それで、その咲さんがこれから来るんですね?」


「まぁな」


「楽しみですね。感動の再会で、二人にしか分からない合言葉、そして、告白」


「それこそマンガやアニメでしかないだろ」


「でも、ロマンチックですよね」



これはロマンチストというやつですな。


やっぱ女の子って、そういうロマンチックな情景を好むのかな?


乙女心というのか、そういうのはてんで分からないからなぁ・・・。


最近になって、咲以外の女性と接する機会も増えたし、少しは勉強して、相手を気遣えるようにした方がいいよな。


まぁモテたいとかそういうのじゃなくても、どうせなら好印象の方が気分的にも良いじゃん?


そんなことを考えていると、ドアを勢いよく開ける音がした。



「よっ!」



そう言って入ってくる女性・・・。



「おいエマ、どこをほっつき歩いてたんだ?」



はい、公務をサボっていたエマが帰ってきました。



「エマ様、サボってたんですか?」


「あらアルトナじゃない」


「エマ様、サボってたんですか?」(ニ回目)


「そんなことないわよ。ちょっとトイレに行くついでに、人生とは何かを考えていたのよ」



エマの人生はトイレに行くついでに考えるものなのか。


それと、言うならもっとマシな言い訳を言えよな。



「さすがですエマ様!」



アルトナはエマのゴミみたいな言い訳に絶賛しました。


トイレ行くついでに考えた人生について、どこか絶賛する要素があったのだろうか。



「あぁそうだ。秋斗が待ちわびた人が到着したぞ」


「それって、咲さんじゃないですか!?」


「アルトナも咲のこと知ってたのね」


「さっき秋斗様から聞きました。ぜひ会ってみたいです」



あの野蛮人に会いたいねぇ・・・。


知らぬが仏って、こういうことなんだな。


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