6話:のばらの告白

 それから数ヶ月。

 水蓮のファン達は、最初こそ美桜のことを目の敵にしていたが、マリアが水蓮の気持ちをファン仲間に代弁し美桜を庇ったことにより、美桜を悪く言う人間はほとんど居なくなった。一人も居なくなったわけではないが、彼女を悪く言う生徒を見つけるたびにマリアが注意してくれるようになったのだ。水蓮に言われて今までのことを反省したらしい。


 のばらは、仲良くなっていく美桜と水蓮を見て、美桜があのままマリアに嫌がらせをされて水蓮から離れて居ればよかったのにと、黒い感情を抱いていた。そして、そんな醜い自分の感情に頭を抱えており、少しずつ、水蓮を避けるようになっていった。

 水蓮ものばらの様子がおかしくなっていっていることには気付いていたが、理由には心当たりはなかった。彼女が自分に対して恋心を抱いているなど、思いもしていなかった。


「ねぇのばら、最近ちょっと変だよ。どうして私を避けるの」


 ある日の放課後、水蓮はついに耐えきれなくなり、さっさと下校しようとするのばらを捕まえ、誰も居ない空き教室に連れ込み詰め寄った。


「避けてなどいません」


「避けてるじゃない」


「避けてません」


「避けてるよ。…ねぇ…私何かした?」


「何もしてません」


「ならなんで避けるの」


「避けていません」


「避けてるよ」


「いいえ。避けていません」


 目を合わさずに同じ言葉を繰り返すのばら。水蓮はため息を吐き「私の目を見なさい」と強めの口調で指示をする。のばらは恐る恐る彼女の目を見るが、すぐに逸らしてしまった。


「…私に言えない悩みがあるんだね?」


「…はい」


「…そう。…それは、ももとか、他の誰かには相談しているの?」


「…はい」


「…分かった。じゃあその件に関しては聞かない。…でも、避ける理由は教えてほしい」


「…胸が痛いのです」


「胸が痛い?」


「…貴女が榊原さんと仲良くしている姿を見ていると、胸が痛むのです」


「私と美桜ちゃんが仲良くなるのが嫌ってこと?」


 何故?と首を傾げる水蓮。もう、言ってしまうべきだなとのばらは諦めのため息を吐き、俯いたまま胸に秘めていた想いを吐露する。


「私は、貴女をお慕いしているのです」


「お慕いって…」


「…好きです。水蓮様。貴女が好きです」


 同性から愛の告白をされることは今まで何度もあった。しかし、のばらが自分に対してそういう感情を抱いているとは全く気付いていなかった水蓮は言葉を失ってしまう。


「…お願い…嫌いにならないで…私を避けないでください…」


 のばらは震える声で呟き、水蓮に縋り付く。

 いつもより大きく早い鼓動が水蓮に伝わる。腕を彼女の背中に回そうとして水蓮は躊躇い、腕を下ろした。


「嫌いになんてなるわけないだろ…君は私の大切な友人の一人だ。…けどごめん…友人より上には…してあげられない…。できないけど…君には…そばにいて欲しい。今までと変わらず。…なんてごめん、こんなの…わがままだよな…」


「…いいえ。…友人以上の関係になれないと言われることは覚悟しておりました。…貴女は…榊原さんのことがお好きなのでしょう」


「…榊原さんって…えっ、美桜ちゃん!?なんでそうなるの!?」


 のばらの言葉に水蓮は驚きの声を上げる。しかし「違うのですか?」というのばらの問いに対して「違う」と即答することは出来なかった。


(私が…美桜ちゃんを好きって…そんなこと…)


 確かに美桜に対して好意はある。しかし、その好意がのばらの思う好意なのかは、水蓮には判断がつかなかった。水蓮は恋の経験がなかったのだ。


「の、のばらは…私に恋してるんだよね…」


「…はい」


「で…私が…美桜ちゃんに恋してると…思っていると…」


「…はい」


「…なんで…そう思うの?」


「…最近の貴女は彼女の話ばかりしますし、榊原さんと一緒にいる貴女は幸せそうですから」


「幸せそう…」


「…水蓮様、榊原さんに恋人が出来た時のことを考えてみてください」


「美桜ちゃんに…恋人…?」


 いずれはそういう日が来るのだろう。その時は友人としては祝福すべきなのだが、水蓮は想像を途中でかき消してしまう。


(恋人が出来たら私から離れてしまうかもしれない…)


 しかし、その気持ちはももやのばらに対しても同じだった。


「…確かに嫌だけど、美桜ちゃんだけが特別なわけじゃないと思う。君やももに対しても同じ気持ちだから。…これは…ただの独占欲じゃないかな」


「…そうですか。榊原さんと付き合いたいという気持ちはないのですね」


「付き合う…美桜ちゃんと私が…」


 それは考えていなかった。付き合うということはつまり、恋人同士になるということだ。

 想像すると、密着しているのばらに伝わるほど鼓動が高鳴る。


(あ、あれ…のばらの…心臓の音…?違う…私の…?)


 のばらが水蓮を離し、一歩下がる。それでも心臓の音は鳴り止まない。


(ドキドキしてるのは私だ…)


 胸に手を当てる水蓮。それを見てのばらは悲しげな顔で微笑んだ。


「…私は、貴女に幸せになってほしい。…出来るなら、私の隣で。私が貴女を幸せにしたかった。…だけど…きっと、貴女には私より、榊原さんの方が相応しいと思います」


 言いながらのばらは半歩後ろに下がる。


「…私は、貴女を対等な人間だと、心の底から思えない。貴女は私にとって友人であると同時に、敬愛するお嬢様ですから。…付き合いたいと望むなどおこがましいと思ってしまうほどに」


「…のばら…」


「…気持ちを受け止めていただいただけで、私はもう、充分なのです。…そばに居てくれという言葉だけで…充分すぎるのです」


 水蓮の顔は見ずに、俯いたまま言葉を紡ぐ。彼女が涙と共にこぼしたその言葉は本心だった。


「…私を愛してくれてありがとう。のばら」


「…もったいない…お言葉です…」


「…前言撤回するね。私は…美桜ちゃんに対して、特別な感情を抱いているらしい」


「…気付いておりました」


「…うん。気づかせてくれてありがとう」


 二人の間にほの暗い、だけど温かな空気が流れる。その微妙な空気はガラガラという教室の開く音とともに外へと流れていった。


「おーい、二人と…も…」


 ノックもせずに入ってきたももは二人を見て何かあったことを察して、すぐに中に入って扉を閉める。


「…のばら、言ったのか」


「…はい」


「…聞いたよ。それで、今返事をしたところ。…最近二人でよく話していたのはこのことだったんだね」


「うん。そう。…のばら、お疲れ様。失恋記念に飯でも食いに行くか。奢ってやるよ。やけ食いしに行くぞ。水蓮、こいつのことは私に任せて先に帰ってて」


「ちょっ…もも…!貴女、自分がお腹空いただけでしょう!」


「ははっ。じゃあな、水蓮。また明日」


 無理矢理のばらを連れて教室を出ていくもも。教室には水蓮が一人取り残された。


 水蓮も帰ろうと教室を出ると、たまたま美桜が目の前を通りかかった。


「あ、水蓮さん。今、姫野先輩がものすごい勢いで菊井先輩を連れ去っていきましたけど…追いかけなくていいんですか?」


「…うん。今日はいいの。二人で行くところがあるみたいだから。…美桜ちゃんは今から帰るところ?」


「はい」


「そっか。…じゃあ、一緒に帰ろうか」


「はい。といっても、校門からは逆方向ですけどね」


「そうだね。…あ、じゃあバス停まで送ってあげようか?」


「いえ、そんな。むしろ私がおうちまで送りますよ」


「えー?私の家まで着いてきて大丈夫?帰り、迷子にならない?」


「…どうでしょう」


「あははっ!大丈夫だよ。私の家、校門を出て曲がったらあとは真っ直ぐだから」


 美桜と共に通学路を歩く。それだけなのに、水蓮の心は踊っていた。

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