5話:普通のお友達?
翌日の昼休み。
「ここが生徒会室だよ」
「ありがとう真里ちゃん」
「じゃ、じゃあ…私はこれで」
「先輩は良いって言ったのに」
「水蓮様がいいとおっしゃっても私が無理なんだよ!だって、あの結城水蓮様だよ!?そんな方と一緒にお食事なんて、緊張で喉が通らないよ!」
「話してみると意外と普通の人だったよ」
「いやいやいやいや…普通じゃない普通じゃない…」
「…そうかなぁ…」
「美桜ちゃんは転入して来たばかりだからあの方の凄さを知らないんだよ…。とにかく、私はこれで失礼します」
「うん。ありがとう」
真里が居なくなったところで美桜は生徒会室の扉をノックしようとする。
「ちょっとお待ちなさいな貴女」
「はい?」
美桜に声をかけて来たのはどこか欧米人のような顔立ちをした、薄く茶色がかったロングヘアの美少女。リボンの色からして、水蓮の同級生だ。
「貴女が例の転入生ね」
「あ、はい。初めまして。榊原美桜です」
「名前なんてどうでもいいのよ。…貴女、水蓮様の何なの?」
「何…と言われましても。ただの後輩です」
「ただの後輩がお弁当持って生徒会室に何の用ですの?」
「お昼ご飯一緒に食べようと思いまして。あ、先輩方もご一緒しますか?」
「な…貴女!あのお方がどなたか分かっていますの!?」
結城水蓮は学園の生徒の憧れの的。そんなことは美桜も既に理解していたが、一緒に食事をすると言うだけでここまで驚かれるとは思わず、きょとんとしてしまう。
「結城水蓮さんですよね?」
「結城水蓮様です!貴女みたいな庶民の転入生が軽々しく近づいていい方ではありませんのよ!」
(仲良くなりたいって言ってきたのは向こうなんだけどなぁ…)
これが、美桜に対して水蓮が『学園では他人のフリをしてほしい』と言ったり、ももが『ファンから目をつけられるから連絡先を交換したことは言わないほうがいい』と言った理由であり、同時に水蓮に友人ができない理由でもあった。しかし、彼女達は水蓮のために正しいことをしていると心の底から思い込んでいる。悪意を持って、彼女を貶めるために突っかかっているわけではないのだ。それがまた厄介なところだ。
特に厄介な
「
騒ぎに気付いた水蓮が生徒会室から出てきて、美桜の前に彼女を庇うように立つ。
「す、水蓮様…」
「…私が、この子と仲良くなりたいって思ったんだ。私の方から彼女に近づいた。…それでも君はこの子に私から離れろって言うの?」
「水蓮様から…?な、何故ですの?そんな転入して来たばかりの庶民に」
「私が誰かと仲良くするのに、理由が必要?」
「ですが…」
「あ、金戸さんも一緒にご飯食べる?それなら文句ないでしょう?お弁当持っておいでよ」
「そ、そんな恐れ多いこと出来ません!わたくしなどが貴女様と一緒に食事をするなど、バチが当たってしまいますわ!」
「…そっか」
悲しそうな顔をする水蓮。
『私に普通に接してくれる人は珍しいんだ』
昨晩の水蓮の言葉が美桜の脳裏に蘇る。
「…金戸先輩…でしたっけ」
「な、なんですの?」
「…私は、罰当たりなことしてますか?水蓮さんが望んだんです。私と仲良くしたいと。それに応えることは、罰当たりでしょうか。むしろ、断る方が罰当たりだと思いませんか?」
「な…」
「貴女は誰のために私と水蓮さんの仲を引き裂こうとしていらっしゃるのかしら。こんなの、ただの醜い嫉妬じゃないですか?」
「あ、貴女…下級生の分際で…!」
マリアが振り上げた手は誰かに止められる。止めたのはのばらだった。
「榊原さん、度胸あんなぁ」
「姫野先輩、菊井先輩」
「…金戸さん、榊原さんの言う通りですよ。貴女のそれはただの醜い嫉妬ではないですか?…水蓮様が誰と仲良くしようと、自由です。…よっぽどでない限り」
「水蓮様本人が仲良くしたいって言ってんだから信者なら黙って応援すべきだろ。信者のくせに教祖様の交友関係に私情を挟んでんじゃねぇよ」
「…」
のばらとももに注意され、マリアは大人しく振り上げた手を下ろし、小さな声で謝罪をして、頭を下げて去って行った。
「み、美桜ちゃん!」
一部始終を隠れて見守っていた真里が駆け寄ってくる。ももとのばらを呼んだのは彼女だった。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫よ」
「ごめん…私…怖くて…」
「まぁ、流石にもうこれで懲りただろ。じゃあな、水蓮」
「…あれ?先輩方はご一緒しないんですか?」
「…私達は今日は別で」
「榊原さんと二人きりがいいんだとよ」
「…えっ」
驚きの声をあげたのは美桜ではなく、真里だった。
「じゃあな、転入生。…のばら、小出さん、行くぞ」
「み、美桜ちゃん、またね」
「失礼いたします」
去って行く三人。
改めて、美桜は水蓮と共に生徒会室に入り、水蓮の隣に座って弁当箱を開ける。
「…美桜ちゃん、ありがとう」
「いえ。…菊井先輩と姫野先輩は良かったんですか?」
「うん。今日は君と二人で。…緊張する?」
「別に」
「ふふ…そっか。…ねぇ、君は、前の学校では友達は居たの?」
「はい。今も連絡取り合ってます。今週土曜日に会う約束してます」
「そうなんだ。…会って、どういうことして遊ぶの?」
「土曜日はコラボカフェに行く予定です」
「コラボ…カフェ…?」
初めて聞く単語に首を傾げる水蓮。
「アニメとコラボしたカフェです。<王子(♀)と姫(♂)>っていう、ラブコメアニメなんですけど」
「王子が女の子で姫が男の子?」
「そうです。女子校の王子と男子校の姫の話です」
「女子校の王子かぁ…」
苦笑いする水蓮。水蓮も王子と呼ばれているが、あまり嬉しい称号ではない。
「…でも、ちょっと気になる作品だなぁ」
「貸しましょうか。漫画あるので」
「…うん。是非」
「今度持ってきます」
「うん。…ふふ。なんかこういうの、すごく普通のお友達っぽい」
「ふふ。あ、おかず交換しますか?」
「えっと、じゃあ…卵焼きどうぞ」
「じゃあ私も、同じものを」
それぞれの弁当箱に入っている卵焼きを交換する二人。
「うわぁ…凄いふわっふわ…。お弁当は誰が作ってるんですか?まさか専属のシェフが?」
「うん。美桜ちゃんのお弁当は誰が?」
「私は自分で作ってます」
「へぇ。そうなんだ。…手作りか…偉いね」
「…水蓮さん、料理苦手そう」
「あははっ。そうでもないよ。明日、作ってくるね」
「遠慮しておきます」
「えぇ!?大丈夫だよ」
「…包丁握ったことあります?」
「あるってば。お嬢様だからどうせ料理とか家事は人任せなんだろうなとか思ってるんでしょう?」
水蓮の指摘は図星なようで、気まずそうに目を逸らす美桜。
「図星だな?そういうのは偏見って言うんだよ」
「…すみません」
「ふふ。いいよ。確かに任せることがほとんどだけど、手伝うようにはしてる。使用人が居ないと何も出来ない大人にはなりたくないからね」
「偉いですね」
「昔から父に言われてるんだ。『お前は神でもなんでもない一人の人間であることを忘れるな。傲慢になるな』って」
「素敵なお父様ですね」
「うん。尊敬してる」
「じゃあ、明日、先輩の手料理楽しみにしてますね。私のお弁当と交換しましょう」
「うん。食べられないものとかある?」
「特に。基本なんでも食べます。アレルギーもありません」
「おー。偉いね。じゃあ、適当に作るね」
「はい。私も適当でいいですか?」
「うん。いいよ」
翌日。約束通り水蓮は美桜のために弁当を作っていた。台所にはもう一人女性がいる。結城家お抱えの料理人の一人である
「〜♪〜♪」
「ごきげんですね。お嬢様」
「ふふ。ももとのばら以外に出来た初めての友達だからね」
「お友達…ですか」
「ん?うん。友達だよ」
「…ふぅん?」
ニヤニヤする橘。
「何?その顔」
「ふふ。なんでもありませんよ」
水蓮は友人と言うが、橘にはその友人に対して何か別の感情があるように見えた。しかし水蓮はまだ、芽生えつつある自身の感情に気付いていないようだ。
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