4話:普通のお友達になりたい
その日の夜。水蓮の自室。
「…えいっ」
ベッドの上に転がっていた水蓮は、震える手で通信アプリの送信ボタンを押す。シュポッと音を立てて『榊原さん、こんばんは』という一文が水蓮から美桜に向けて送信された。すぐに『こんばんは』と返ってくる。
「うわっ!返信早い!ど、ちょ、ま、待って待って」
水蓮は返信の早さにパニックになり、何を思ったのか『結城水蓮です』と打ち込んで送信する。『知ってます(笑)』と美桜に返され、赤面する。
「あぁ…穴があったら入りたい…」
失敗に慣れていない水蓮はちょっとした失敗で深く落ち込みやすい。
しかし、美桜はそんなこと一切気にせず『何かありましたか?』と返信をする。悩みに悩み『何もないけど、君のことを知りたくて』と返す。
『口説いてます?』と返され、慌てて『そんなつもりじゃない』と返す。
すると、美桜の方から水蓮に電話をかけてきた。
「は、はい!結城水蓮です!」
「ふ…ふふ…何回名乗るんですか…」
スマホ越しに美桜の笑い声が水蓮の耳に響く。
「文字だけだと感情が伝わりにくいので電話しちゃいましたけど、良かったですか?」
「う、うん。大丈夫」
「先輩、意外と人見知りですか?」
「人見知り…というか…その…私、友達少なくて…」
「えぇ?あんなにも人気者なのに?」
「…君みたいに、私に対して普通に接してくれる人は珍しいんだ。…私は…みんなの王子様だから。本当は普通の女の子として接してほしいのに」
ぽろりと本音を溢してしまう水蓮。
「あ…ご、ごめんね。知り合ったばかりなのにこんな話…」
「いえ。構いませんよ。…私も、先輩のこと知りたいです。なんでも話してください」
美桜から見た水蓮の第一印象は女子校の王子様だった。こんな凄い人現実に居るのかと感心していたが、意外と—言い方は悪いが—ポンコツな一面を見て興味が湧いた。
「…あのね…普通に接してほしいって、私がお願いした時、君は素直に『わかりました』って言ってくれたでしょう?私ね、あれが、凄く嬉しかったんだ。さっきも言ったけど、私に対して普通に接してくれる人は珍しいんだ。ももくらい」
「菊井先輩は?」
「のばらは…彼女の両親が私の両親に仕えていて、その関係で、どうしても昔から私に気を使ってしまうんだ」
「…先輩の家ってもしかして使用人が居るんですか?」
「そんなに驚くこと?」
リーリエ女学園に通う生徒はお金持ちばかりであり、周りも当たり前のように使用人を抱えている。ももも、態度や言葉遣いは荒いがああ見えてお嬢様であり、彼女の家にも使用人が数人。水蓮からしたら家に使用人がいない方が珍しい。
「…私の家には居ませんよ…」
「そうなんだ。珍しいね」
「いやいや…。…先輩、私のこと面白いって言ってましたけど、私からしたら先輩の方が面白いですよ」
「…そう?初めて言われた」
スマホ越しに聞こえる優しい笑い声を聞いているうちに、水蓮の緊張はすっかり消えていた。
「先輩、思っていたより普通の女の子ですね」
優しい笑い声混じりに放たれた言葉で、水蓮の胸が高鳴る。水蓮にとって普通の女の子という言葉は特別だった。ずっと憧れていたものだった。
「…君…やっぱり面白いね。私を普通の女の子なんて言った子は初めてだよ」
「あ…ごめんなさい…気に障りましたか?」
「ううん…逆。凄く嬉しい」
普通の女の子という言葉は、水蓮にとってはこれ以上にない最高の褒め言葉だった。
「…榊原さん」
「はい」
「えっと…美桜ちゃんって…呼んでも良いかな」
「あ、どうぞ」
「…じゃあ…美桜ちゃん。…私のことも、下の名前で呼んでほしいな」
「はい。水蓮さん」
「…うん。ありがとう。…それであの…ね…私には…ファンが…沢山いるんだけど…」
「はい」
「…私が、突然やってきた転入生の君と仲良くしていることを気に入らないファンもきっと居ると思うんだ。…もしかしたら、彼女達が君に迷惑をかけてしまうかもしれない。…だから…学園では、結城先輩って呼んで。…で、なるべく君からは声をかけないでほしい。用があったらまずはスマホで呼び出して——「嫌です」」
美桜は水蓮の言葉を途中で遮り、きっぱりと断る。
「それ、普通に接してほしいっていうお願いと矛盾しちゃいますよ。学園では他人で居てほしいなんて、そんなの全然普通じゃないです」
「でも…」
「大丈夫です。私、メンタル強いですし…空手やってますから。自分の身くらい自分で守れます。それに…私も先輩と、普通のお友達になりたいですから。あ、明日、食堂で一緒にご飯食べませんか?」
「…私、お弁当なんだ」
「どこで食べてますか?」
「…中庭とか、生徒会室とか…。一人になりたい時は生徒会室にこもってる」
「行ってもいいですか?」
水蓮は断りかけるが、昨日のももの言葉が蘇る。
『自由に生きろよ。私みたいに』
(私は…美桜ちゃんと仲良くなりたい。普通の友達がほしい)
深呼吸をし「明日、生徒会室で待ってるね」と言葉を紡ぐ。スマホ越しに「はい」と元気な返事が水蓮の耳に響いた。
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