2話:私は結城水蓮

「榊原美桜です。親の都合で引っ越してきて、今日からこの学校に転入することになりました。よろしくお願いします」


 自己紹介をする美桜だが、既に噂になっていた彼女を知らない人は居なかった。


 一限が終わるとクラスメイトに囲まれ、質問攻めに合う。何処からきたのかという質問ではなく、結城水蓮とどういう関係なのか、何故一緒に登校してきたのかという、水蓮との関係に関する質問がほとんどだった。改めて、編入早々とんでもない人と知り合いになってしまったなと、美桜は苦笑いをする。


「こら、転入生ちゃん困ってるでしょ」


 質問攻めにあってたじたじになっている美桜にそう声をかけたボブヘアの女子はクラスの学級委員の小出こいで真里まり


「おいで。学校案内してあげる」


「あ、ありがとう。えっと…小出さん」


「真里でいいよ。私も美桜ちゃんって呼んでいい?」


「はい」


 真里に連れられ、教室を出る。


「王子とは元から知り合いなの?」


「いいえ。道に迷ってしまって、リーリエ女学園の生徒を見かけたから私から声を掛けたの」


「で、それがたまたま王子だったと」


「びっくりしました。女子校の王子様って実在するんだね」


「前の学校は共学だったの?」


「えぇ」


「なんで女子校に?」


「…男の子って、ちょっと苦手なの」


「あー…なるほど。中等部とか高等部から入って来る子は割とそういう子多いよ」


「真里ちゃんはここに通って何年?」


「私は中等部から。大学までエスカレーター式だから楽だなぁと思って」


「なるほど…」


 真里に案内されながら歩いていて、改めてこの学校の敷地は広いなと美桜は感心する。前に通っていた学校の倍はあるかもしれない。幼稚園と初等部、中等部と高等部でそれぞれ敷地が分かれているとはいえ、広い。


「…私、方向音痴なのよね。…移動教室不安かも」


「あはは。私がついてるから大丈夫よ」


「お願いします」


「うん。そろそろ次の授業始まるから、一旦戻ろか。続きは次の休み時間に」


「えぇ」


 教室とは逆方向に歩き出そうとする美桜。慌てて軌道修正させる真里。


「教室はこっち」


「あぁ、ありがとう」


 それから真里は、一日かけて学校を案内した。

 しかし、放課後…


「…真里ちゃん、帰り道どっちがわかる?」


 美桜は校門前で立ち止まってしまう。


「…どうやって来たの?電車?」


「市バス」


「分かった。バス停までご案内します」


「…ごめんなさい」


「王子がたまたま通りかかって良かったね。絶対辿り着けなかったじゃん。あ、この後用事ないなら、ここからバス停まで、道を覚えるまで往復しておく?明日も同じ道通るだろうし」


「本当にありがとう」


「いいよ。私も暇だし、いい運動になるし」


 二人はバス停まで行き、学校に戻る。


「どう?覚えた?」


「えーっと…まずは真っ直ぐ行って…」


「うんうん」


「ここを右…?」


「残念。左です」


「あー…」


 そうして何度も往復していると「何やってるの?」とたまたま校門を通りかかった水蓮に声を掛けられる。


「あ、先輩。明日は道に迷わないように通学路の確認をしてます」


「なるほど。真面目だね、君」


 普通に会話する美桜だが、真里は結城水蓮を目の前にして固まってしまう。水蓮はリーリエ女学園の生徒達の憧れの的であり、真理もまた彼女のファンの一人なのだ。


「小出さんはそれに付き合ってあげてたんだ?」


「!は、はい!そうです!」


「ふふ。優しいね」


「い、いえ、そんな、水蓮様に褒めていただけるなんて、恐縮です」


水蓮様に話しかけられてしまった…と目に涙を浮かべながら呟く真里。


「…と、まぁ、水蓮に対してはこういう反応が普通なんだわ」


 真里を指差し、苦笑いするもも。なるほど、本当に王族みたいだなと美桜も釣られて苦笑いする。


「私は王子なんて呼ばれてるけど、別に王族でも何でもない一人の人間だよ。…できれば、普通の先輩として接してほしいな」


「はい。わかりました」


水蓮の言葉に美桜が素直に返事をすると水蓮とのばらは目を丸くし、ももは「へぇ…」とどこか楽しそうに笑った。


「えっと…」


何かおかしな返事をしてしまっただろうかと美桜が問うと、水蓮は笑って首を振る。


「…榊原さん、面白いね」


「面白い?」


「ふふ。…なんでもない。私はもう行くね。明日は迷子にならないようにね」


「あ、はい。今朝はありがとうございました」


「どういたしまして。また困ったことがあったらいつでも頼ってね」


「はい」


「じゃあな、一年生」


「私たちはこっちなので。失礼します」


 バス停とは逆方向に歩き去って行く三人。姿が見えなくなると、真里が顔を両手で覆って深いため息をつく。


「…水蓮様に褒められた…」


「良かったわね」


「…美桜ちゃん、よくそんな冷静で居られるね。水蓮様を前にして平然を保っていられるのなんてのばら様かもも様くらいだよ。君、肝座ってるね」


「そ、そう…?」


 自分も様付けで呼ばないといけないだろうかと美桜は苦笑いする。


「私、馴れ馴れしかったかしら」


「取り巻きはうるさいかもしれないけど、水蓮様は多分気にしてないよ」


「…ならいいけれど…」





「榊原美桜ちゃん…か」


 家へ向かって歩きながら、彼女の名前をぽつりと呟く水蓮。


「…彼女のことが気になりますか?」


「そりゃ気になるよ。私のこと普通の先輩として接してくれる子なんて初めてだもん」


「一緒にいた子の反応が普通だもんな」


 結城水蓮は昔から特別だった。金持ちの家に生まれ、容姿端麗、文武両道。故に、昔から皆の憧れの的であり、水蓮に対等に接してくれる友人はももとのばらくらいだった。

 のばらも学園では対等だが、家に帰ればお嬢様と使用人。水蓮がわがままを言おうが、強くは出られない。水蓮にとっては実質、ももだけが対等な立場で接してくれる唯一の友人だった。

 結城水蓮を普通の人間として扱う人は珍しいのだ。


「明日、連絡先聞いてみたら?」


 ももが水蓮に提案する。


「…いや…それは…」


 結城水蓮は皆の憧れの的。皆の結城水蓮でなくてはならない。突然やってきた転入生と仲良くすればきっと、彼女は水蓮のファンの嫉妬の対象となる。いや、もしかしたらもうなっているかもしれない。ももも昔、水蓮の信者ファンから嫌がらせを受けたことがあった。もも本人は気にしていないが、水蓮はそのことで深く傷ついた。以来、水蓮はももとのばら以外にはほとんどに心を開かない。二人の前以外では、ファンが求める結城水蓮を演じながら生きてきた。


「自由に生きろよ。私みたいに」


「…私だって出来るならそうしたいよ」


「すれば良いじゃん」


「…出来ない。私は結城水蓮だから。…誰もが君みたいに強くはないんだ。私は誰も傷つけたくない」


「お嬢様、貴女と仲良くした人間が傷つくのは貴女のせいではありませんよ」


 のばらが言う。


「…うん。ありがとう」


「つか、信者共なんてお前が一声かければ嫌がらせやめるよ。私の時もそうだったろ」


「…君は今も陰口叩かれてるじゃない」


「あんなん言わせておけば良いんだよ。お前が気にすることじゃない。お前は優しすぎんだよ。余計なことに勝手に気を使って勝手に傷ついてんじゃねぇよバーカ。これ以上余計なこと考える前に、今日はさっさと飯食って寝ちまえ」


「…ありがとう、もも」


 口が悪い故に誤解されがちだが、ももは水蓮のことを心から心配している。幼少期からずっと、のばらと共に彼女を守ってきた。水蓮が人に心を開けなくなってしまったことをずっと気にしていた。このままでは自分に依存してしまうのではないかと。美桜が彼女の心を開かせるきっかけになるかもしれないことを、密かに期待していた。

 しかしのばらは複雑だった。彼女が美桜と仲良くなることで、自分との距離が遠ざかってしまうのではないかと考えたのだ。のばらもまた、水蓮のファン—いや、水蓮に恋をする人間の一人だった。そのことを二人はまだ知らない。

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