パンの耳

弱腰ペンギン

パンの耳

「今日の……朝ごはん!?」

 高校入学してしばらくたったある日、俺の朝食がパンの耳になった。

 わかるかな。こう、パンの外側のやわらかくない、ちょっと固い奴。あれの焼いたのと揚げたのが出てきた。

「そうよ。なんか文句ある?」

 ウチのファンキーでいかつい母親。自称『マザー』がタバコをふかしながら出てきた。

 50を超えてなおスレンダーなマザーだが、華奢で折れそうというイメージはわかない。

 むしろ尖りすぎて触れた男の心を貫いてしまうような、眼光鋭い母親だ。

「豪華すぎない?」

 アホほどデコレーションされて。

 焼いたのはチョコでコーティングされ、小さくカットされたイチゴが乗っている。

 間を埋めるように色とりどりの小さなチョコが散っている。

 対してあげたのはシンプルにザラメだった。

 ただし。

「フォンデュよ」

 チョコフォンデュだった。というか。

「これチョコ取りすぎじゃね?」

 糖分の過剰摂取で死ぬんでなかろうか。

「余ってんのよ。黙って食べなさい」

 そう言いながらマザーはキッチンに引っ込んでいった。

 低血圧にはたまんない高血圧スイッチをぶち込まれたんだが、これ別の意味で心配だよ。

 いきなり大量の血液が循か……どうでもいいや。

「いただきまーす」

 やべぇ。やべえよ焼きミミ。香ばしく、ちょっと酸っぱいイチゴの香りが口の中に広がるよ。おい、このチョコビターじゃねえか。大人の味じゃねえか。

 っは、だからか!

 ザラメフォンデュを口にすると、甘さが、暴力的な甘さが口の中に広がる。

 そして焼きミミ。落ち着いた甘さと、イチゴの酸っぱさ。チョコの苦さが口の中にあふれる。

 焼きミミでリセット。ザラメフォンデュでスタート。やべぇ、止まんねえよ。

 このままだと一気に100キロ台突破するよ。一気に50キロ以上太れるよ。

「はい、追加」

「なん、だと!?」

 こ、コッペパン……だと!?

 いや違う。普通のコッペパンより細長い! これはまさか……!

「フォンデュ、残す気だったのかい?」

 つけろというのか、この湖に!

 おいおい待て待て。確かに思春期の高校生だ。俺の胃袋だってそりゃぁラーメンに餃子つけるくらいの大きさがある。コロッケだって三個くらい入る。

 でもちょっとくらい物足りない、そんな朝だっていいじゃない。カロリーの化け物だもの。

「ちなみにあたしはダイエット中だから。チョコ、食べないから」

「パティシエが何言ってんだ」

「だからだっつの。太るんだよ。試食で」

「早朝ランニング5キロやってる奴がそう簡単にデブってたまるか」

「ばっかだねぇ。乙女はいくつになっても美しくありたいのさ。男の前ではね?」

 キモチワルっ。

「さ、それ食ったらとっとと学校行ってきな。彼女の一人でも作ってきたらホールケーキで出迎えてやるよ」

「ウチは男子校だっつの」

「そこらで引っ掛けておいでよ。ママがケーキを作ってくれるのっていやぁ、大抵の女子はついてくるだろ?」

「アンタ女子をなんだと思ってんだ」

「カワイイの奴隷」

 真顔で言いやがったよこいつ。

「それに、女子じゃなくたっていいんだよ?」

「は?」

「男を彼女だって紹介してくれても、アタシは構わないって言ってんのさ」

「俺は女子が大好きです!」

「知ってる。しかも巨乳メガネっ子だろ?」

 おいベッドの下には隠してないぞ。

「辞書の中は、父親と一緒だねぇ?」

「行ってきます!」

 コッペパンを一口でほおばると、全速力でその場を逃げ出した。

「行ってらっしゃい」

 その日が、母を見た最後だった。


 翌日。

「あんのババア……」

 パティシエ世界大会とかで優勝するために外国に行きやがった。一人で。

 愛情たっぷりチョコレートフォンデュのレシピを置いて。

 レシピにはアホほど野菜を煮込んでコンソメを作ってから、調理に取り掛かることと書いてあった。

 到底1日で作れるとは思えない。

 そして最後に。

『そのフォンデュ。うまく作れるようになったらアタシのところに来な。雇ってやんよ』

 と書いてあった。

「嫌だね。俺は弁護士になるんだから」

 と、口だけの強がりを言ってみた。

 仕方が無いのでとりあえず野菜を煮込んでみることにしよう。

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パンの耳 弱腰ペンギン @kuwentorow

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