雪待ちの人
達見ゆう
初雪の季節に君を思う
カレンダーはいつの間にか師走となっていた。さすがにコートもウールでは寒いのでそろそろダウンコートに切り替えないとならない。
そんなことを考えて、仕事帰りに夕飯と肉まんを買った帰り道、緑道のベンチに
(ゴスロリって結構重たいというから厚着みたいなものだろうけど、こんな真冬の夜中にベンチに座って、晒したいってどんだけ変態なんだろ)と頭によぎったが、一応今はメイクの師匠だ。声をかけることにした。
「はす……瑠璃子先輩。どうしたのですか? 風邪引きますよ」
「雪が降りそうだから、降らないかなと待ってるの」
は? 雪? 確かに寒いし、予報でも「もしかしたら雪になるかもしれません」と言っていた。でも、わざわざ外で待つものなのだろうか?
「わざわざ外で初雪を待ってるのですか?」
「そう。妹が雪が好きだったから思い出してね」
だった? 過去形ということは亡くなったのか? とりあえず黙って聞くことにした。
「雪が降るとはしゃいで、早く積もらないかって外に出てずっと眺めていてね。『 風邪をひくから早く家に入りなさい』と親が注意しても入らなくって。どうせなら雪国に生まれた方が良かったのじゃないかしら」
子供あるあるだ。私も、子供の時は雪が降ると雪だるまが作れないかと、積もっていくのを眺めるのが楽しかった。関東でも南部だから直ぐに止んでしまうし、無理に作っても泥混じりの雪だるまになったものだ。
「でも、そのせいて風邪をひいて寝込んでしまったの。拗らせて肺炎になってね」
……これは悲しい話フラグのような。顔つきも憂いを帯びていく。それがまた妙に色っぽい。やはり私は変態なのだろうか、いや、今はそれどころではない。そのまま私は静かに聞くことにした。
「その日も雪が……正確にはみぞれだったけど降っていて、『お兄ちゃん、雪が食べたい』と言うから欠けたお茶碗持って……」
「待った!」
私は
「それ、宮沢賢治の『永訣の朝』のくだりですよね。騙そうとしてもダメですよ 」
「あら、似たようなことがあるのね。とにかく高熱だったけどアイス買うお金無くて。恥ずかしいけど、うちは生活保護で子供の医療費無料だったけど、アイスなんて買う余裕無かった」
おっと、実話と言うのか。確かに話の辻褄は合っている。このまま聞いていてやろう。
「本当は雨や雪は汚いからだめと言うけどね。妹は喜んで食べてたな。シロップなんてないから砂糖をかけてね」
「苦労されたのですね。それで妹さんはどうなったのですか?」
私が問いかけた時、後ろから声が聞こえてきた。
「兄貴、またうろついてるのか? 風邪ひくぜ」
アニキ? この格好を一発で男性と見抜くとは身内だろう。弟かしら? 振り向くとツンツン頭のロングコートの青年がいた。
「あら、佳輝。今、仕事の帰り?」
「おうよ、おふくろ達の様子見も兼ねて立ち寄ったんだ。兄貴ん家にも寄ったけど留守だからここへ来たのだけど。何? 隣の子は彼女? 女装して彼女って百合? いや、違うな」
ドキッとしたが、黙っていることにした。口を挟むとややこしい。
「もう、佳輝ったら。初雪待ってたのよ」
「ああ、まだ兄貴は引きずってんのか」
「ええ……」
一言だけ返事すると瑠璃子先輩は俯いてしまった。妹の身に何かあって過去形になって話している。その雪が原因で亡くなってしまったのか?
「俺が雪食って腹壊したのは兄貴の責任じゃねーよ。胃腸風邪だったんだからよ」
「でも、やっぱり……」
ん? 今、なんて言った?俺が雪食って腹壊した?? だって高熱で雪を食べたのは妹では? また騙された?
「佳輝はね、以前の名前は『佳美』だったの。性同一性障害で男性になったから今は弟」
……情報量が多すぎて脳みそがいろいろバグりそうだが、女装趣味の兄と元女性の弟、いや妹か。
「そ、そうなんですか。は、初めまして。先輩にはお世話になってます」
「いやあ、隠さなくていいんだぜ。兄貴の性癖を理解しているってことは彼女なんだろ?」
え、いや、えーと、春夏の変態には付いてけないが、秋冬のこの美女にはちょっとときめき……やはり考えるのは止めよう。
「あら! 雪だわ! 初雪よ!」
瑠璃子先輩がそう声を上げるので街灯の方を見ると確かにふわりふわりと雪がチラついている。
「思い出すわね。佳輝、あの時は本当にごめんなさいね」
「だから、子ども時代のことを引きずるなよ」
美しい兄弟愛を見ながら、どうやってここから離脱しようか悩んでいた。なんだか離れにくい、しかし、コンビニの夕飯冷めちゃったし何よりも腹が減った。
(いつか荒川の魚のエサになってもらうと言いたいが、この場合は、春になったら荒川の魚のエサになってもらうのかいいのだろうか。エサと考えるから余計に腹が減ってきた)
空腹を抱えながら、厄介な人間関係に巻き込まれ、厄介な感情を抱えている自分に頭を抱えるのであった。
雪待ちの人 達見ゆう @tatsumi-12
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