一章 1-1

 一章


 1-1


 始業式が終わり、戻ってきた教室の空気はどことなく浮ついている。

 この高校は一年ごとにクラス替えがある。一学年の生徒数が四〇〇名近くいるので、殆どが新しい顔ぶれである。

 それなのに、と彼は左隣の席に座る男子生徒に顔を向けた。

「……マジか」

 机の中を探っていた相手は、声が聞こえたようで、ひょいと顔を向けてきた。

「え? 何、せっちゃん」

「見間違いじゃなかったか……」

「おーい。せつくーん。なんか言ったでしょ」

「雪くんはやめろ。―――今年もと同じクラスだなんて」

 隣の席の男子生徒、神倉かみくら壱矢いちやと雪は幼馴染みである。家が近所にあり、母親どうしがふるい友人なので、昔から家族ぐるみの付き合いがある。

 幼稚園、小学校、中学校が同じなのは、学区が一緒なのだから珍しくもない話だが、その間ずっと同じクラスで、その上、高校まで同じ、更に一年、二年と同じクラスとなれば、腐れ縁を通り越して呪いか何かではと疑いたくもなる。

 渋面の雪とは裏腹に、壱矢は眼鏡を押し上げてあっけらかんと笑った。

「今年で……ええと、十四年目? 生まれた子どもも中学生だね」

「改めて数えるとびっくりだな」

「来年、なんの相談もしてないのに選択教科が全部被って、また同じクラスになったら面白いね」

「やめろよ、本当になったらどうしてくれる」

 一年後、クラス分け表を見て呆然としている自分を想像してしまい、雪はげんなりと項垂れた。そのとき、横から唐突に女子生徒が顔を出した。

「やほー、せっちゃーん」

「うわびっくり……日村ひむら?」

 雪が仰け反ると、日村彩葉いろはの後ろに立っていた女子生徒が首をかしげる。

鷹谷たかやって中学生の隠し子がいるの?」

「そんなわけあるか。……え、藤野ふじのも同じ? 凄い確率だな」

 目を丸くする雪を見て、藤野月子つきこは声を立てて笑った。

「そんなに驚くことないでしょ」

 彩葉と月子とは、一年のときも同じクラスだった。社交的ではないので友達が多くない雪の、更に数少ない女友達である。

 彩葉は雪と壱矢に向かって屈託のない笑みを向けた。

「今年も一緒だね。いっちゃんも、よろしくねー」

 壱矢が笑んで同じ調子で返す。

「はーちゃん、月ちゃん、よろしくー」

「あ、先生来たぞ」

 彩葉と月子は雪の指差した先を振り返り、担任の姿を認めて急いで席へ戻って行った。このクラス―――二年一組の担任である男性の数学教師は、出席簿を教卓に置くと教室を見回す。

「はい、静かに。ホームルームを始めます」

 始業式と、このホームルームで今日は終わりだ。午後からは入学式があるので、係になっていない生徒は解放される。

「最初に、転校生を紹介します。入って来なさい」

 言い、教師は黒板に大きく名前を書いた。空いたままの扉からは、見知らぬ男子生徒が入ってくる。彼が教卓の隣に立つのを待って、教師は告げた。

佐瀬さぜゆずるくんだ。東京から転校してきた。佐瀬、何か一言」

 促されて男子生徒が口を開く。

「……初めまして。佐瀬、譲です。東京から来ました。宮城は初めてなので、いろいろ教えてください。よろしくお願いします」

「はい。では、神倉」

 呼ばれた壱矢が返事をして立ち上がる。教師は壱矢の後ろの空いている席を示した。

「佐瀬、彼の後ろが君の席だ」

 佐瀬は頷き、机の間をこちらへ歩いてきた。改めて彼の顔を見て、雪は目を瞬く。

(……ん?)

 見覚えがある気がするが、どこで見たのか思い出せない。じっと顔を見ていると、近付いてきた彼と目が合った。一拍置いて佐瀬が目を開き、唇が僅かに動く。だが、すぐにここが教室だと思い出したのか、佐瀬は雪から視線をもぎ離して席に着いた。

(会ったことがある……?)

 雪の思い違いであれば、佐瀬が雪に反応するはずがない。どこで会ったのだろうと考えている間に教師の話は進み、自己紹介の段になっている。

「初対面も多いだろうから、一人ずつ自己紹介をしてもらおう。その場で立って名前と、一年の時のクラスと……そうだな、部活をしている者は部活と、何か一言。相沢あいざわから」

「はい」

 窓際最前列に座っている女子が立ち上がった。聞き流しながら雪は記憶を探る。

(どこで会ったんだっけ? そんな前のことじゃない気がするんだけど)

 出てきそうで出てこないのをもどかしく思いつつ考えていると、横から腕がつつかれた。

「……っちゃん。せっちゃん」

 小声で呼びながら腕を小突く壱矢の手を、雪は邪魔をするなと払う。

「なんだよ」

「次、せっちゃんだよ」

「何が?」

 顔を正面に戻すと、担任が何か言いたげな顔で雪を見ていた。いつの間にか自己紹介の順番が回ってきていたらしい。教室にいるほぼ全員の視線が自分に集まっており、雪は慌てて立ち上がった。

「あ、えっと、鷹谷、雪です。一年の時は三組でした。部活はやってません。……よろしくお願いします」

 冷や汗をかきながら至極適当な自己紹介を終えて着席し、なんの前触れもなく記憶が蘇って雪は息を飲んだ。

(思い出した!)

 先月末頃、調べ物のために行った市民図書館で、幽霊に絡まれていた少年だ。同い年くらいだろうとは思っていたが、本当に同級生、それも同じクラスに転入してくるとは思わなかった。

 忘れて欲しかったのだが、雪の顔を見たときの反応からして、相手は確実に覚えている。あの時のことを訊かれたらどうやって誤魔化そうかと、雪は文字通り頭を抱えた。

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