ソフトクリームサウルス
千住
#家に帰ったら恐竜がいたので
家に帰ったら恐竜がいたのでそっとドアを閉じてコメダに向かった。彼がこの世を去って二ヶ月、ついに気が触れてしまったか。
気がついたらシロノワールを頼んでいた。ソフトクリームの表面がぬめって、傾いていた。何分くらいこうしていたんだろう。集中力を卵だとしたら今は溶き卵にしてスープに入れたときみたいになってる。現実が不定形とでも言おうか。容易に形を変えてしまい、つながってくれない。最近ずっとそうなのだ。
スプーンが皿をこすると轟音がした。今日もずっと雷鳴が聞こえる。夏が近いから仕方がないと思っていたが、冷静に考えたらさすがにおかしい。
「なんで、この壊れかたなんだろう」
小さくつぶやいた。窓の外をみると、帰宅ラッシュの隙間をぬって白い恐竜が私を探していた。
彼は部屋に住んでいるというよりはドラムセット置き場の隙間に寝ているという感じだった。布団からはみだす長身の足先がよくシンバルをなぎ倒していた。
「恐竜と家に帰れば夏が来る笑う雷鳴白い雷鳴」
彼の声はドラムに負けない。歌はぜんぜん売れない。なにを言っているかもよくわからない。別にどうでもよかった。私は音楽に興味がなかったし、彼はちゃんとサラリーマンをしていた。趣味、だと思っていた。
趣味どころか、ちゃんとサラリーマンをしていた、まで誤解だった。今年の冬の終わりに気付いた。
「集中力を卵だとしたら今は溶き卵にしてスープに入れたときみたいになってるんだ。ぜんぜん……簡単な書類もちゃんと作れなくて……」
私は彼の涙をハンカチでとんとん拭いた。
「音楽がずっと心のどこかで鳴っていたのにもう聞こえなくて。壊れてしまってつらいんだ。苦しいんだよ。僕のだいじなものが消えて」
白いハンカチはあっと言う間にびしょ濡れになった。
「死にたい」
私は生まれてこのかたそう思ったことがなくて、もうろくに吸えないハンカチをただ荒れた頬にとんとんしていた。あのときの彼はソフトクリームみたいで、強く拭いたら崩れてしまいそうだったし、ただ放っておくだけで消えてしまいそうだった。
携帯がメールを着信し、我に帰った。べろべろにソフトクリームを吸ったシロノワールがある。
通知白く光るiPhoneが妙に重く感じた。見覚えないアドレスをスワイプする。
『初診のご予約1時間前です。キャンセルのさいは当院までお電話ください』
彼の名前で予約していた精神科だ。すっかり忘れていた。恐竜が後ろの席から首をのばして一緒に液晶を見ていた。
メールを閉じるとひとつまえのメールが目に入った。
『きみはきみらしいままでいてほしい。僕の愛した恐竜』
恐竜がぐるると喉を鳴らした。
私はシロノワールをかきこみ席を立った。タクシー、つかまるといいけれど。
ソフトクリームサウルス 千住 @Senju
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