天津風
太平一揆とは、昨今西国を中心に葦原洲を騒がせている騒動の総称である。
民百姓どもが何処からか調達した粗末な電磁砲を担いで発電施設などを占拠。年貢の減免や人雷耕具の所有権を求めて武力行使を行う。
なまじ電磁砲など普及して、武士と民の戦力が拮抗しつつあるために始末に負えない。
誰が武器を提供しているのか。宗教的背景を匂わせる要素はあるものの、寺社勢力との繋がりは曖昧な点が多い。
斯波家が守護を務め、守護代松平氏が治めるこの三河においても、西部を中心に頻発していた。
斯波刑部大輔義瑞は岡崎の城より敵の籠る本證寺を見る。
元来一向宗の寺ではあるが、叛徒どもは太平衆を名乗り発電用の風車を盾に抵抗を続けている。
最も効率的と言われている地熱発電に適さない三河の地では、風車こそ生命線であった。
砲撃は論外。蜻蛉による爆撃の後、寄せ手を突入させ、一気に鎮圧するか。
今、斯波刑部は新式の奥義持ち迅雷甲冑を着用している。
背部を中心に大ぶりな外装の付いた特異な甲冑だった。背の装甲に覆い隠された本体は
「一度迅雷奥義を放てば無双の兵――とはいえ極端に過ぎるな、これは」
一々動作への干渉の大きい装甲、重み――普段より戦場に持ち出すような甲冑ではないとも思われたが、万一に備え最高の道具を用意するに越したことは無い。
特に関東管領、上杉越後守憲美を討ち取ったという謎の武者。無敵と思われた迅雷奥義の霧を突破し、総大将の首を取った正体不明の兵の存在は、三国の主斯波刑部をして警戒させるに十分だった。
あの戦より向こう、全迅雷甲冑に大気中の微小機械を無力化する機構が追加されている。雑兵どもにも簡略化した電磁頭巾が配布され、電磁砲の動力箱と接続することで即座に霧中での特殊戦闘に移行できる手筈が整えられていた。
「戦道具にばかりかまけておる故民どもが不満を募らせるか」
鎌倉倒幕の時代より用いられてきた電気の力。戦さえなければ、電力を用い大気から生成する天肥により、飢饉などほぼ起こりえない世であるにも関わらず、未だそこかしこに困窮する民が生まれる。
「因果な世だが、放雷境がこの葦原洲の統一を阻んでおるのだから仕方あるまい。天下泰平、あるいは応仁の争乱以来の混迷の渦中にあった畿内を押さえつけて見せた『天下人』三好治部さえ生きておらば……」
もしもの話だ。三好治部は最早死んだ。残された三人の遺臣が旧領を治めてはいるが、迅雷奥義を得た京極や細川、赤松に押され気味だった。あれでは三好家滅亡も時間の問題だろう。
「……大和の松永信貴姫か……」
三好領、大和国。この迅雷甲冑『天津風』の生き素材は、かの娘より剥ぎ取られたものだという。
哀れには思うが生きている筈はない――と、見知らぬ姫君のことを考えていると、馬廻より伝令が来た。
火急の儀だ。
「申し上げます! 西南方面より怪しげな霧が発生いたしました! 電報通信、使用不能――件の迅雷奥義と思われます!」
「是非も無し……!」
霧の迅雷奥義は上杉討ち死に後も伊勢方の手により用いられた報告がある。ではあるが、伊勢がこの三河に攻めてくる可能性は低い。というより有り得ない。
では何処かの勢力が迅雷奥義の量産化に成功したのか。
いずれにせよ、こちらも奥義を開陳しないわけにも行くまい。
「迅雷甲冑『天津風』――出陣いたす! 筒を持て!」
自走車の舵を握る信貴姫は、風上より発生させた霧とともに岡崎城に単騎駆けをする。
霧で守られているとはいえ被弾前提の攻城戦。稲田は邪魔になるだけなので置いてきた。
連射砲が落ちた地面が爆ぜ、着弾点で圧縮された空気が破裂音を響かせる。
巻き上げられた土砂と霧が入り混じる視界の中、信貴姫は敵の砲台を睨んだ。
葦原洲の平地の大半は水田。湿地帯であり、場合によっては戦車や自走車よりも歩兵の方が有利に立つことがある。自走車を使える僅かな道に限定して攻撃することはあちらにとって容易な筈だ。とはいえ盲撃ちにも等しい状況。そうそう直撃するものではない。
そして、迅雷奥義の主たる信貴姫にとって、敵城の守備は丸見えだった。
虎撃ち宗光を構え、砲台を破壊していく。
やがて信貴姫の顎が半分吹き飛び、自走車が宙に舞った。
再生しつつ姿勢を制御し、走って曲輪を駆け上がる。
霧は、迅雷奥義を無制限に使用していた上杉憲美程の規模で展開することは出来ない。
彼は濃度を問わねば三里以上も霧の支配下に置くことができていたが、信貴姫では一町が限度だ。
とはいえ、岡崎城はさほど規模の大きい城ではない。砲門を庇う程度の石垣と、土塁によって囲われた簡素な城だった。
「清須に籠っていれば寿命が少々伸びただろうに」
霧のもたらす皮膚感覚を頼り、行く手を阻む兵を斬りつつ斯波刑部を探す。
元は自身の身体だ。霧中に在れば分かる。
「どこだ……。逃げ遂せたか斯波刑部」
迅雷奥義を認めた途端、尻尾を巻いて逃げたか。
城の中央、物見櫓に上る。
一瞬の風が吹き、信貴姫の姿が露になった。その刹那――
「ぐ!」
信貴姫の半身が鮮血を撒き散らし擂り潰された。
この感覚は先の上杉追撃戦で何遍と見た。連射砲が直撃すると、迅雷甲冑を着た人間はこうして爆ぜる。
崩国丸ごと大規模な再生を行い、虎撃ちを砲撃の来た方角に構えた。
しかし、
「真上――敵の能力は狙撃か?」
濃霧の中に逃げる。
岡崎城より上、山手寄りの長長距離狙撃能力こそが敵の迅雷奥義なのか?
違う。
信貴姫は見た。三角錐の形をした飛行機雲を。
信貴姫は聞いた。音の壁を突破した物体が発する大気の破裂音を。
上空、目にも止まらぬ速さで精密攻撃を行い飛び去ったものがいる。
数秒を数える間におよそ三里もの高空に上昇したそれは、流線型をした異形の迅雷甲冑であった。
「超高速高高度飛行――それがお前の迅雷奥義か!」
斯波刑部は、安全圏まで上昇した後で下方を見る。
三河全域どころか、東海一帯が見渡せそうな高空だった。
「天津風の迅雷奥義、斥力とやらによる超音速飛行か。成程、御所様の仰っていた通り単純明快にして無双の力よ」
急降下は一瞬視界が白くなる寸前まで意識を持っていかれる。多用すれば最悪失神。奥義に対して、迅雷甲冑の基礎能力が追い付いていないことを実感する。
超音速での空中戦など生身の人間がするものではない。
それでも、現用の蜻蛉の実用高度がおよそ一里半。対空砲も概ねその域を狙うよう設計されているため、義瑞に傷を付けられる戦力などこの葦原洲のどこにも有りはしない。
「これは強い。動力と弾は有限故、それが数少ない弱点か。飛行状態に特化されすぎているため、地上戦でも役に立たない――が、何の仔細ありや」
弱点など補って余りある性能。武装を充実させ、視覚強化の技術開発も進めばさらなる高みへと至るだろう。先程も城を単騎で攻めてきた蛮勇極まる武者に一斉射を浴びせてやった。
死んだ筈だ。霧に落ちた故確認はしていないが、半身が吹き飛んで生きている者などおるまい。
兵たちが火を焚き始めた。幾分遅い動きだが、これで霧もある程度晴れるだろう。
緩降下し、岡崎城を見る。
敵はそこにいた。
赤筋威の迅雷甲冑。長刀と筒を両手に抱え、防塁を滑るように飛び越える。
「あ奴不死身か……!」
ならば死ぬまで殺せばいい。その為の火力は
信貴姫は悟る。
「今は勝てない……!」
信貴姫が城中にいる限り大した攻撃は出来まいが、城から出れば良い的だ。
霧の固定を外して風の吹くまま逃げ切るのが、唯一の脱出手段だった。
敵の迅雷奥義を拝見出来たのが唯一の収穫か。しかし、こちらも二種全ての迅雷奥義を曝け出してしまった。
「強い」
上杉の様な集団戦で威力を発揮する搦手の強さではない。単純明快な個の強さ。
高度という絶対の守りがある以上、打つ手など無かった。
「逸り過ぎたな。夜に仕掛けるべきだった」
あくまで蜻蛉の場合だが、夜間に空を飛ぶことの出来る人雷機械というものは存在しない。
そもそも航行するための目印が無いし、空間を認識することもできずに上下の区別も無くなる。
夜戦を仕掛ければまず勝てる相手だ。勝てないまでも、お互い打つ手を失い千日手となり得る。
「夜まで城内で抵抗を続けるか……」
それも無謀な話だ。信貴姫の再生能力は無限ではない。迅雷甲冑の拡張機能である以上、動力の続く限りしか再生できない。一回当たりの消費電力も決して少ないものではなく、予備の動力箱を既に二つ使い尽くしている。ここは城なので動力箱を調達するに困らないが、斯波刑部を殺しきれぬと分かった以上長居は無用か。
ではやはり転進だ。業腹だが、機を窺い再度仕掛ける他ない。
「わたくしは松永信貴! 後日必ず斯波義瑞が命頂戴に参る!」
名だけ言い残し踵を返す。
城を飛び出した瞬間、猛烈な砲撃により信貴姫の右足が吹き飛んだ。
さらに左側頭部が爆ぜ割れ、脳漿が飛沫と散る。
航空から加速とともに飛来する弾丸は常よりも威力を増しているようだ。
敵より奪った動力箱を消費しながら風の吹くままに走り、矢作川にに飛び込んだ。
下流の繁みに身を隠し夜を待つ。狸にでもなったかのような気分だった。屈辱的だ。
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