京極十勇士

 稲田六兵衛は旧敵早川鮎之助と相対していた。京で剣法修行をしていた折、お互い用心棒として一戦交えた過去がある。

 結果は稲田の勝利だった。左腕と右目を斬り、そのまま打ち捨てた。

「懐かしいな、稲田。あの折はお互いに迅雷甲冑も持たぬ無頼の徒。今度は俺が貴様を斬る」

 結果だけを見れば無傷での勝利だが、久方ぶりに冷や汗の流れた立ち合いだった。諏訪神流の妙技は伊達では無い。決して侮れぬ剣豪だ。

 今も数合打ち合ったが、脇腹にかすり傷を負った。

 相手の膝に同様の切れ込みを入れてやったが、実力は今でもほぼ拮抗していると見て良い。

「大言はそこまでにしておけよ、早川。底が知れるぞ」

「大言かどうか、落ちた首で考えを改めることになるぞ」

 早川が剣を構える。

 京六流の脛斬りを警戒しての下段。

 稲田は身を低くしての霞構え。長刀も太刀も、京六流の基本は変わらない。霞で上方の防御を固めつつ、身を低く保ち敵の死角よりあらゆる武器の間合いに入る。

 迅雷甲冑を装備した相手に致命傷を与えるには、基本的に堅牢な硬質ヒヒイロカネの隙間を縫い攻撃しなければならない。兜割の域に達した達人ともなれば真向より硬質装甲を叩き割りもするが、同等の領域にいる相手に大技は通用しない。

 代表的な弱点は頸部、脇腹で、ここに刃を突きこめばまず致命傷を負わせることができる。

 致命傷を与えねば、迅雷甲冑の人工筋肉が動作補助を行い、戦闘続行を可能としてしまう。

 故に、足元への攻撃により姿勢を崩し、致命傷を狙うのが京六流の基本戦術だった。

 稲田が奔る。

 信貴姫のそれと同様、蛇のような足運びだったが、比較するのもおこがましい程に流麗。至極暴力的でありながら、清流の如き静けさも孕む見事な剣技である。

 足を払うかと思われていた稲田の剣は上へ向かう。敵が剣を振れぬほどの極至近距離に密着し、上昇の勢いで首を貫く絶技か。

 早川は剣豪稲田六兵衛の技に見事反応した。古流剣術、諏訪神流の礎とは後の先。落とし、抜け、その後に己の刃を届かせる。

 早川が半身を下がり、その刀で円弧を描く。金属音すら無く、稲田の剣は外に弾かれた。

「ふ」

 極限の緊張の中、稲田は笑む。

 読み通りの太刀だった。

 弾かれたと思われた稲田の剣は、軌道を変えて早川の太刀を握る左手元を狙う。装甲の薄い指を落とし、戦闘力を奪う腹だった。

「稲田六兵衛、破れたり!」

 大喝とともに、早川が二寸程踏み込んだ。

 稲田の剣が早川の左腕に吸い込まれる。それでも尚、腕を斬るという結果には変わりが無い――筈だが。

「やはり義手か!」

 軟質ヒヒイロカネの人工筋肉を斬り破った先、刀を止めるものがある。

 早川はかつての果し合いで斬られた左腕を、硬質ヒヒイロカネを用いた義手に変えていたのだ。

 最早稲田に刀を動かすことは出来ない。早川鮎之助の勝利かと思われたが、

「なんちゅー反動じゃ! 当たったかね!?」

 早川の刀が、根本より折れている。

 真横、織田鶴法師が虎撃ち宗光を構えたまま仰向けに倒れていた。

「あちゃー、武者を狙ったんだがね!」

「拙者に当たるところでしたぞー、鶴法師殿! その筒、洒落にならない威力ですからなー!」

 稲田が刀を義手より引き抜く。

 形勢は一気に稲田の有利となった。

「ち、退くか――」

「いや、逃がさねえって」

 早川の背後、槍を構えた森与次郎が鋭く睨みを利かせている。

「ふ、織田の家老、森兼可か。存在感がない故忘れておったぞ」

「嘘つけ、俺の方にも隙を見せないよう見を払っていただろ。そんぐらい分かりゃーな。鶴様の砲撃は想定外だったようだがね」

 囲まれる早川だったが、尚も余裕を崩さない。

「稲田、俺は最早孤剣の兵法者ではないのだぞ」

 仲間が――山中鹿之助と荒波碇之助が、信貴姫の手を逃れ飛び出してきた。

 荒波の碇の鎖に繋がり、空を飛んでいる。

「面妖にゃ!」

 鶴法師が驚愕に叫んだ。

「退くぞ、捕まりやがれ鮎之助!」

 荒波が叫ぶより早く、空飛ぶ鎖を早川は掴んだ。

「また会おう、稲田! 次は邪魔が入らぬといいがな!」

「その言葉、そっくりそのまま返してくれる!」

 碇は海に飛び込み、飛沫と白い泡を残して見えなくなった。

「姫様!」

 船室に向かう。荷物が転がり切り、裂かれ荒れた室内に、信貴姫が一人立っている。

「姫様、ご無事で!」

「無事なものか。首が飛んだぞ」

 親指で、自らの首を掻くような動作をする信貴姫。

「それは……」

 再生能力。迅雷奥義を敵に見られたということだ。

「一人の犠牲も出さずに重大な情報だけ持ち帰りよった。あの忍、最早許せん」

 京極十勇士、筆頭山中鹿之助――厄介な敵に目を付けられた。



 三河上陸まで、機関室で隠れていた船頭まで総出で見張りをした。

 結局のところ敵の再訪は無かったが、とんだ船旅だった。

 桟橋を下り、二刻振りの陸地に上陸する。

「お信貴の姉ちゃんよ……」

 鶴法師が声をかける信貴姫は、既に元の少女に戻っている。

「何だ」

「噂を聞いたことがあるんだわ。奥義持ちの迅雷甲冑は、人間を材料にしているっちゅー噂じゃ」

「それを訊いてどうする」

「太守様なら今頃西三河一揆の鎮圧に向こうとるでよ」

「……」

 遅かれ早かれ、この三河に潜む風魔の乱破が掴む情報だろう。

 それをわざわざ言った意味を考える。

「姉ちゃんとはまた会うことになりそうじゃ。儂は普段清須のお城で御奉公に出とるでよ」

 清須城とは、標的斯波刑部の居城に他ならない。

「本当は出ちゃいけにゃーんだが、斯波の御嫡男、寿太郎君を言いくるめ、影を立てて抜け出しとるんだわ」

 鶴法師は森与次郎を共に背を向ける。彼はそのまま尾張へ帰る予定だと聞いた。

「那古屋の砲は清須に届くのか?」

 その背に、信貴姫が問う。

「試したことがにゃーで分からんわ」

 織田鶴法師、前髪の小童ながら食えない男だ。

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