織田鶴法師

「閑散としておりますな」

 稲田の呟く通り、清水港には船こそ停泊していたが賑わいは全く無い。

 船乗りの様な男たちが昼間から路上で酒を飲んでいるだけだった。

「そこの者、遠江より西に行く船を知らんか?」

 稲田は酒をさほど入れておらず、受け答えのしっかりしていそうな男に声をかけた。

「出ねえこたねえずら。ただし、斯波さまの検問が厳しくて、素性の分からん奴なんて乗せたら即お縄ずら。紀伊沿岸も畠山さまに封鎖されとるし、俺たち船乗りは食いっぱぐれずら」

 状況は想像したよりも厳しいようだった。駿河に散らばる伊勢の手の者にも手を回すように電報通信を掛けておいたが、芳しい成果が得られるかどうか。

「お武家さん方、困ってりゃーすか?」

 溌溂とした、声変わりを済ませたばかりの青臭い呼びかけは、駿府で見た少年だった。こちらを一目で武士と看破したのは、稲田の腰にぶら下がった大小の為だろう。傍目には武家の良女と旅のお供にしか見えず、また計り知れぬ陰謀を帯びた刺客という点を除けば、事実その通りでもあった。

 少年は武士のように引き締まった体躯をした付き添いを引き連れ、懐に手を入れながら尊大に微笑む。

「お前は」

 信貴姫は少年を睨み、迅雷奥義の準備をする。不審な動きをすれば即座に人体を操る霧を侵入させ、洗いざらい素性を吐かせる心算だった。

「儂は小幡鶴太郎、尾州で商いを――ん、この名前はやめよう。ちょうこっち来てーな」

 不審な少年は、信貴姫と稲田を人気の無い場所にいざなう。

 信貴姫は無表情で、稲田は怪訝な顔をしながら少年に着いて行った。

「改めて名乗るで。儂は織田鶴法師おだつるほうし。尾張国が勝幡城主、織田信元の嫡男じゃ」

 その名は信貴姫も知っている。標的周辺の下調べは十全に行っていた。

 織田伊豆守信元おだいずのかみのぶもとといえば、斯波の重臣だ。

「松永信貴だ」

「稲田六兵衛と申す」

 名乗り返す。商家の御曹司と思っていたが、立派な武家の子だったことに少々驚いた。

「で、こいつは家臣の森与次郎兼可もりよじろうかねよし

「与次郎だ。宜しくな、お嬢さん方」

 改めて見ると、この森与次郎に限っては商家の下男というには無理があった。纏う雰囲気が余りに殺伐としている。人も十では済まない数を殺しているだろう。

「で、その勝幡城主の倅が何用だ。魚でも売りに来たか」

「姉ちゃん面白い冗談言うにゃー。違わーて。船が入用なんじゃろ? 儂はちょくちょくこうやって諸国巡って買いもんしとるで、港で顔が利きゃーす。船なら都合しちゃるで、儂に任せんか?」

「……何と引き換えだ」

 無論、ただでなどと言うまい。この織田鶴法師、小僧に見えるが相当に頭が切れる。

 信貴姫は、松永の城で過ごしていた頃は箱入りの姫であったし、小田原に身を寄せてからは復讐が全てだった。同じ小大名の子とはいえ、世慣れしている鶴法師と満足に交渉できるかどうか。

「姉ちゃんの背負ってるそれ、筒じゃろ? それも大きさの割には妙に重い。儂、筒には目がにゃーで見せてくれんか?」

 物騒な得物は目立つ。それと分からないように持ち運んでいたつもりだが、一目で中身を看破した鶴法師の眼力と思考力は相当なものだった。

「それが条件か?」

「いやあ、見せるだけじゃ船賃に足らんわ。もし儂がそれに価値を認めたら、少々検分させてもろーたいんだわ」

 値踏みをする、と臆面もなく言っている。

 だが、そこまでやらねば船賃にもならぬと言うのは事実だろう。掛け軸でもあるまいし、じっくりと見定め技術再現の糸口とせねば意味は無い。

「良いのですか、お信貴様」

 それは、世の十年先を行く虎撃ち宗光を託した伊勢への裏切りにならないか、と稲田は言っている。

「構わん。元より奴らとは対等。虎撃ちを秘する義理も無ければ口止めもされてない」

 背の荷を解き、数点の部品に分解された電磁砲を早業で組み立てた。

「こりゃ凄えわ。歩兵筒でありながら、五分口径はありゃーす。加速器も見たこと無い形だわ。性能は……」

「有効射程二里と言ったところだな」

「二里!」

 現行の歩兵筒のおよそ倍。城塞砲にも匹敵する破格の性能だった。

「これ以上は見せん。我らに遠江の土を踏ませれば少し触らせてやるが」

「一目でただ者じゃにゃーと思っとりゃしたが――良し、交渉成立じゃ。武家の倅に二言はにゃーで」

「ふん、武家の倅か」

 鶴法師の差し出した手を無視し、信貴姫は苦々しく吐いた。

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