反撃の焔

 二日後、河越城は如意瘴気の霧に包まれた。

 上杉方の総数、およそ八万。対する伊勢方は支城に置いた兵を含めても三万。

 夜間、ついに上杉方が動いた。

 通信の区別は出来ても、自走車などの子細な人雷機械は無差別に機能停止させてしまう。

 故に、敵方も徒歩にて攻める。

 徒歩とは言え、電磁砲の狙いは濃霧に阻まれ定まらず、敵方は夜闇と濃霧にも関わらず電報装置で一方的な連携を取る。

 不利を覆すための作戦は、前時代的な法螺貝によって為された。

 まず迅雷甲冑の獅子面を脱ぎ、電磁頭巾の下から法螺貝を口に当てる総大将、伊勢左京大夫自らがが令を発す。

 魔を払う法螺の音が河越の夜に響くと、呼応してあちらこちらで火の手が上がった。

 麦が、野菜が育つ田畑もお構いなしに、煌々と撒き散らされた油が燃える。

 水で出来た微小機械は蒸発し、あるいは気流によって流され機能を失った。

 上杉越後守は、この戦が始まって初めて息を呑んだ。

「無駄なことを。このような策、一度が限度。再び我が霧に包まれればたちまち落ちるというに」

 憎々しげに吐き捨て、きらびやかな装飾の施された重量級の自走車を転進させる。

 自走車には、長尾虎太郎もまた乗っていた。

「お屋形様!」

 虎太郎が叫ぶ。電気を用いた文明が発達しようとも、火は獣たる人にとって根源的恐怖の象徴だった。

「仔細無い。一度本陣まで退けば安泰じゃ。電報装置は未だまともに使えんし、考えなしに上げよった炎で大軍を動かすに不都合。しかもこの夜闇では追って来れようはずもない。伊勢の馬鹿が、あたら民どもの食い扶持を燃やしよって」

 微小機械の霧と炎の黒煙が入り混じる中、撤退する上杉の軍勢。

 総大将越後守憲美の乗った自走車には戦車の護衛すらも付いている。

 何の問題もない筈だったが。

「ぬうっ!」

 左右に林を望む道。爆音とともに、前方を行く戦車が宙に浮いた。

「対戦車地雷か!」

 行きにも用いた道だ。わずかの間に、こちらの退路を読み設置したらしい。

「悪運の強い連中だ。しかし、不運でもある。ここで全員犬死するのだから」

 水と石英を烏帽子兜の迅雷甲冑、彩雲より取り込み、霧を生み始める。

「川田半太郎見参! 覚悟せよ越後守!」

 伊勢方の兵が、爆雷を括り付けた槍を担いで憲美の車に突っ込んできた。

 自爆覚悟の突撃だった。

 硬質ヒヒイロカネの胴巻きに、電磁覆面と白襷のみを付けている。

「迅雷甲冑も持たぬ雑兵が!」

 当然、上杉軍の砲術兵の的になり、全身に無数の風穴が開く。

 しかし、それでも兵は歩みを止めない。

「相州が侍の意地、御覧じろ!」

 見上げた武者だ。蜂の巣になってまで憲美に迫る。

 迅雷甲冑を持たないところから推定するに、身分は半農の地侍といったところか。地侍風情に留めておくには惜しい男だったが、ここで死ぬ。犬死だ。

 霧を操り、傷口から体内に侵入させる。

 そして川田何某の身体を傀儡とし、全身を捻じ切った。

 五体バラバラの死体が車輪の下に転がり、爆槍が千切れた手から落ちる。

 敵はそれで終わりではなかった。

 硬質ヒヒイロカネの盾を持った伊勢方の兵が、我武者羅に砲を放ちつつ四方八方の茂みより押し寄せる。

 その数、九十余名。

 迅雷甲冑を装着した武者もいれば、付けぬ雑兵もいる。

 一名を除き全員、白襷を付けた決死隊だった。

「待ち伏せだと……電報通信は不可能、目も使えぬ筈。ではどこから……」

 周囲の侍従を砲によって失いながら、堅牢な専用自走車の下で思案する上杉は、即座に結論に至った。

「段蔵めがしくじりおったか! 手塩にかけてやれば恩を仇で返しよって!」

 怒りを露にし叫ぶ。そして、思い至った原因を手に取った槍で取り除いた。

 長尾虎太郎の両目を、槍の穂先が切り裂いた。

「あああああ!」

 虎太郎の悲鳴を背に自走車より脱出、戦車の装甲に隠れつつ、待ち伏せていた伊勢方の兵を霧越しに感知する。

「ものの数ではない。たかが百にも満たぬ雑兵で何ができる。こちらは百倍以上も上回り、戦車も砲も十全じゃ。……飛び加藤め、小姓の目に仕掛けをし、この私にすら悟られんとは」

 状況を冷静に把握しつつ、この状況の原因となったかつての忍の棟梁に悪態をつく。間違いなく強力な忍だったが、それ故に主にすら明かさぬ秘密の多い男だった。

「かかれ!」

 決死隊が盾を外に構え、上杉憲美を孤立させた。

 憲美本人よりも、外の敵を相手にし、彼を出さないようにする布陣だ。

「これは……」

 霧の中、まっすぐ己の方向に歩いてくる影を見た。

 赤筋威あかいとおどしに剣の兜の迅雷甲冑。

 憲美の方からは見えないが、背には『七生崩国』の一字が刻まれている。

「我が迅雷甲冑、崩国丸――松永信貴」

 名乗った。知っている。この彩雲の素となった生き素材の娘だ。己の身体を取り戻しに、地獄から迷い出たか。

「我が迅雷甲冑、彩雲――上杉越後守憲美」

 礼儀として名乗り返す。一騎打ちを所望と、そういうことらしい。

「伝えるべきことは既にあらかた伝えた。これよりお前は苦しんで死ぬ」

 信貴姫が、長刀を向けて

「死にぞこないの小娘が。僅かに残ったその脳髄、わざわざ担いで馳せ参じるとはご苦労なことだ」

 最早これ以上の言葉は不要。後に残るは殺し合いのみ。

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