飛び加藤
三国街道、上野国渋川を伊勢の軍が行く。
総大将伊勢氏国は一戦も交えずに沼田の城を放棄した。
いずれの将も兵卒も、消沈した顔をしている。
雑兵に至るまで全員、電磁砲の動力箱から繋いだ簡易的な電磁覆面を付けているところを見ると、如意瘴気の弱点は早くも看破されてしまったようだ。
電磁石を通すことにより、霧を形成する微小機械を破壊、これでは体内に入れて操ることが出来なくなった。
相も変わらず通信など不可能であるし、上杉憲美公が念じるだけで人雷機械を狂わせる。自走車に頼るわけにはいかない。
馬と徒歩。
人雷機械の普及率は、民においてはさほど高くは無い。動力箱の入手や充電など敷居の高さが問題だった。
故にこそ、道行く者や民百姓から荷受用の馬を借り受けることができた。借り受けるとはいうものの、実のところ強奪に近い。抵抗するものがあらば遠慮なく斬れと命令されている。
敗軍の歩みを、百姓に化けた加藤段蔵はおよそ二十町先より観察する。
通常の長筒で迅雷甲冑の目や首の隙間を狙える限界がその距離だった。
機鷹による周囲の警戒もできぬ軍だが、全員が全員節穴という訳ではない。
特にあの信貴姫の崩国丸は得体が知れなかった。
鍬に偽装してはいるが、彼が担いでいるのは狙撃砲である。
ここぞという場所で待ち構え、伊勢氏国を射殺する。
無論、阿呆のように伏して狙撃砲など構えれば如何なる反撃に逢うか知れたものではない。
飛び加藤は忍者だ。暗殺には忍術を使う。
丁度よい放牧場を見つけ、接近する。
何ということも無い小屋の背に隠れ、口を大開きにした。
喉奥より引きずり出したのは、茶色の薄皮。
化学反応により空気が充填されると、ありふれた牛が瞬く間に現れた。
これぞ忍法呑牛。
飛び加藤が誇る神出鬼没の偽装術。
さらに多くの薄皮を呑むことにより、分身や、可燃性の気体を充填した自爆戦術を計ることも可能。
この薄皮の中に潜り込めば、最早ただの牛にしか見えない。
牛の群れに混ざり、鼻の孔より迅雷甲冑の望遠機能を用いて狙いを定める。
馬に乗りて往く、とりわけ派手な迅雷甲冑こそ、総大将伊勢氏国だろう。
あれではいい的だが、士気を維持するためにはやむなしということか。
狙撃砲を構える。
砲床を肩付けにして、引き金に指を当て、遊びを絞る。
僅かな力でいつでも撃てる。
だが、ここで加藤ははたと気付いた。
(あからさまに過ぎる)
顔まで迅雷甲冑に覆われていては誰が誰だか分るまい。
列を見渡す。
(やはり)
伊勢左京大夫氏国は、何ということも無い槍持の扮装をして徒歩で歩いていた。
電磁覆面越しでも顔が割れていれば見間違うはずもない。
標的を変更し、引き金を引いた。
音速を超えた弾丸が、伊勢左京のこめかみを抉る。
(仕遂げた!)
大首を取った歓喜に震えるもつかの間、騒動になる敵の戦列を尻目に即座の逃走を図る。
忍の面目躍如といったところか、素早い。
だが――その逃走を追いかけるものがいる。
「伊勢の追手か? しかし――」
早い。
並の武者ではない。
忍か――否、忍の速度ですらない。
まるで、小田原で、三俣で見たあの迅雷甲冑の様な。
振り返る。
そこに、こめかみに血の跡を滲ませた伊勢左京――違う。
「松永信貴姫!」
信貴姫は氏国の皮を自ら破いた。
赤筋威の迅雷甲冑、崩国丸は、剣の飾りを付けた兜を装着。ヒヒイロカネ同士が共鳴し接着された。
「頭を撃ち抜いたはずだぞ! なぜ生きている!?」
「かすり傷だわ、下手糞が!」
足の車輪により二十町の距離を瞬く間に走破し、復讐鬼が忍に迫る。
山林を
上杉の忍の元締めは伊達ではなく、気を抜けばあっという間に見失うところだった。
しかし、信貴姫が気を抜くことなどそもそもあり得ない。
仇を全て殺すまで、気の休まる時など一切訪れない。
砲を用いなかったのは、遠距離で迅雷甲冑を着込んだ忍に命中させるのが至難の業だったからだ。
背には掛金で固定した長刀。接近戦で確実に倒す。
追い付いた。
解放した長刀で唐竹割に斬りかかる。硬質装甲で防ごうとも脳髄を揺さぶり、良くて失神、悪くて頸椎脱臼で死ぬ威力だった。
「ちっ!」
忍者刀を抜刀した段蔵が、後ろ手に防いだ。
「小田原で見た折より腕を上げたな!」
「寸評などする余裕があるとはな。痛めつけられ芋虫のように転がっても同じ態度でいられるか」
最早観念したか、飛び加藤は正面より信貴姫に向かい合った。
右手に忍者刀。左手には苦無を四本、扇のように広げている。
砲と見まごう速度で信貴姫の顔を狙い苦無を投げた。
所詮目くらましに過ぎない。苦無に目を移らせ、別の術を仕込む心算だ。
「児戯だな」
信貴姫は段蔵より目を離さず、霞に構えた長刀を回し弾く。
飛び加藤は右横の木を垂直に駆け上り、太陽を背にした。
迅雷甲冑の視覚装置の自動調整が入るまで、一瞬段蔵の姿が消える。
「児戯に敗るるお主はさしずめ赤子よ!」
さらに苦無の投擲で退路を防ぎつつ、再び木を利用しての三角飛びを試みる。跳躍の勢いで一気に仕留める構えだ。しかし、
「木が!」
段蔵の両足は空を切った。
「飛び上がる直前、周囲の木を同時に斬った。倒れつつある木で踏み込みなど出来まいが。ましてその負傷した足ではな!」
「ぬぅ!」
段蔵の着地場所には、信貴姫が待ち構えており。
しかし、上杉最強の忍は未だ万策尽きることなく。
「これで終わりと思うたが最期よ! 飛び加藤が忍法、その目に焼き付けい!」
忍法呑牛。段蔵はその口内より、薄皮人形を三体吐き出す。
瞬時に膨らんだ人形に充填されたのは、自己反応性の気体だった。
爆発程度で迅雷甲冑の武者に致命傷を与えることなど不可能だ。
しかし、その衝撃は視聴覚を確実に奪い致命的な隙を作る。
爆裂に怯まぬ生物などいない。
迅雷甲冑の閾値をあらかじめ調整し、かつ特殊な訓練を経た飛び加藤を例外とすればだが。
空中で蹴り飛ばした傀儡が爆発。
段蔵は躊躇わず信貴姫の位置に空中二段跳躍し突っ込む。
爆炎の中の信貴姫はしかし微動だにしていなかった。
長刀の石突を地面に差し、不動の姿勢で轟爆に耐える。
その目は真っ直ぐ、飛び加藤を睨む。
「熱いと言うと思うたか! 眩いと言うと思うたか! 生憎わたくしの肌も目も耳も、今は凶獣共の手の中だ!」
「信貴姫! 松永信貴姫!」
だが、段蔵にまだ勝ちの目は潰えていない。
即座に刀を突き込めば、勝機は五分と五分。
忍にして尋常なる勝負。
忍者刀は崩国丸の頸部に放たれた。首を動かすため、装甲の薄い部分だ。飛び加藤の名に恥じぬ、凄烈な一撃だった。
それを、長刀を手放し、短刀を引き抜いた信貴姫が左手でいなす。
忍者刀は空を切った。
代わりに、崩国丸の右手が加藤段蔵の顔面を掴む。
「飛び加藤一生の不覚!」
稲田に斬られた足さえ万全ならば、あるいは最初の狙撃の後で逃げ遂せたやも知れぬ。だが、戦に『あるいは』など無い。
「のたうち回り薄汚い一生を悔いろ、駄忍」
対迅雷甲冑用の電流が、段蔵を焼く。
肉の焦げる臭いが仄かにしたと思えば、飛び加藤の肉体は信貴姫の右手の中でだらりと垂れ下がった。
まだ死んではいない。
幻庵が策に使いたいと申し出たため、生け捕りにした。
二度と下らぬ忍法など使えぬよう片輪にした後で、伊勢の本軍に連行する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます