彩雲

「鎌倉公方めの首を獲らんと勇んで沼田まで来てみれば、もぬけの殻とは。すくたれ者めが」

 電撃的な進軍速度で沼田入りした上杉越後守は、信貴姫の顔を嘲り笑いに歪めた。

「追撃を?」

 彼に侍るのは飛び加藤こと加藤段蔵。

 稲田六兵衛に斬られ、癒えない足を迅雷甲冑の補助で無理矢理動かしている。

 それでも並の忍に比してまるで隙の無い体捌きだったが、流石に常より精彩を欠く。

「止めておこう。如意瘴気の生産も即座という訳にはいかん。軍勢を覆うほども展開するには、十分な石英粉と水を用意し、黙々と数刻も彩雲の表部より霧を出し続けることが必要だ。しかも霧には寿命があり、風にも流されやすいし、歩みも自走車などより遥かに遅い。深追いは禁物ということだのう」

「拙者にはおよそ無敵の力に見えますがな」

「敵を一度霧に取り込んでしまえばそりゃ無敵だ。即応性に劣ると、それだけの話だよ。軍勢を率い国を攻めるにはこれ以上の迅雷奥義は無いだろう。多分」

 多分と付け加えたのは、他の三管七頭の迅雷奥義がほとんど不明瞭だからだった。

「不徳の至り。拙者も探ってはおるのですが、何分畠山主馬頭の『冥王』以外目立たぬように秘匿されておりまして」

「畠山のアレか。確かに秘匿しようもない迅雷甲冑で、相性でいえば私とは五分といったところだが……冥王は紀伊国から出ることが出来んだろう」

「然り。関東を治めるにおいては障害になりませぬ」

 関東管領たる上杉が狙うのはあくまで東国のみ。三国を治める伊勢を下せば、甲斐の武田氏や陸奥の伊達氏などが主だった敵となるが、この彩雲ならば相手にはならないだろう。

「して、目下の敵は伊勢左京大夫だ。例えばあのすくたれ者が相模にまで逃げ帰り、小田原の城になど籠られては厄介だ。もう一つ、如意瘴気には弱点があるからのう。対処され切らない内に手を打っておきたい」

「暗殺ですな」

「然り、殺せ。関東平野に出る前に片を付けよ。渋川あたりが相応しかろう。薄いが霧は流してやる。敵の目は十全に機能できまい」

「御意」

 加藤は消えた。

 一人、憲美のみが残される。

 は、と何かを思いついたように顔を上げた。

 少女の美貌に、下卑た笑いが浮かぶ。

「ここで兵站を整えるにあたり、乱取など始まっておる頃合いか。どれ、杉下権左衛門の出番であるかな」



 藍色に輝く装甲、紫筋威しいとおどし烏帽子形兜も見事な迅雷甲冑、彩雲を身に纏って沼田近郊の村に現れたのは、誰あろう総大将上杉越後守憲美その人だった。

 傍らには小型の迅雷甲冑を着込んだ少年、長尾虎太郎を侍らせている。

「た、太守さ――いえ、杉下権左衛門さまではねえでしたか!」

 米俵を抱え、百姓の女房の髪を引きずる足軽が呼びかけた。

 越後は春日山城下から従軍してきた者だろう。太守の奇行にも慣れている。

「おうさ、杉下権左衛門見参! どこぞに器量良しの娘などおらんか。犯してくれよう」

「げははは、権左衛門さまもお好きでしたの! おい、器量良しの娘だ! 俺は今からお前を犯すが、この方はもっと器量の良い娘をご所望だ!」

 足軽は女房に怒鳴り散らし、未婚で村一番の器量良しという娘の居所を聞き出した。

「おう、ご苦労。励めよ足軽の旦那!」

 冗談めかして立ち去っていく憲美。杉下権左衛門とは、時折こうして雑兵どもの乱取に交じり興じる際に彼が使う偽名だった。

 育ちの良い長尾虎太郎は、眼前の光景に目を白黒させている。

 糧秣となる米を奪い、後はめいめい好き勝手に目についた女など犯している。こういった細々とした褒美なくば、雑兵ども――ひいてはその上の侍も大将に従わない。

 兵站の確保と士気の向上といった一挙両得があるのが乱取という行為だった。

「お、お屋形様には奥方様もいらっしゃるのに……」

「なに、興よ。珍奇好き故、時折こうして下賎の女でも犯さねば飽きが来るというもの。気持ちの良いものだぞ、『何をしても良い』というのは」

 青冷める虎太郎も意に介さず、歩みを進める。

 そして先の女房の吐いた家に着いた。

「邪魔するぞ」

 中には、四十ほどの夫婦が二人。

 娘と呼べるような者はいない。

「ひいっ、武者がなんで!」

 驚愕に目を見開き、後ずさる。

「命ばかりはお助けを! 家にあるもんだったら何でも持ってってくだせえ!」

「何でもか。じゃ、お前の娘を寄こせ」

 気軽な口調で憲美は言った。

「む、娘なんざいねえです! 俺ら二人だけの夫婦で!」

「虎太郎、床を剥げ」

「ひいっ! ご容赦を!」

 夫婦の制止も無視して、虎太郎が床板を剥がす。

 少年とはいえ迅雷甲冑の補助があればこの程度は容易い。

 果たして、その中には娘がいた。

「確かに器量は良いが、若すぎるな。十一、十二と言ったところか」

 憲美の言の通りの、まだあどけない村娘が震えて二人の武者を睨んでいる。

 彼女の眼に溜まっていた涙が、憲美の嗜虐心を刺激した。

「隠し立てした故、お前たちは殺す」

 瞬時に太刀を抜き放ち、一息に夫婦の首を飛ばした。

「あああああ! 父ちゃん! 母ちゃん!」

 娘が叫んだ。

 憲美は意に介さず虎太郎に話しかける。

「お前には丁度良い歳じゃないか? お前、まだ女を知らんだろう。犯してやれ」

 それは主命だった。侍の子である虎太郎に抵抗できるはずもない。

「お、お屋形様……」

「下を脱げ。心配無用、私が見張っていてやるわ。この私に女犯の見張りをさせるなど、贅沢者だぞ、くくく」

 言われた通りに、皮も剥け切らない少年の陰茎を露出する。

「勃ちませぬ……。出来ませぬ……」

 震える少年のものは、情けなく縮んでいる。この血生臭い場に呑まれてしまったのか。

「仕方ないのう」

 憲美はその顎部装甲を少々ずらすと、虎太郎の陰茎を口に含んだ。

 すると見る見る少年のものが屹立していく。

 小姓として伽をするにあたり、こうなるように仕込んだ結果だった。

「ほれ、手伝ってやる」

 彩雲の装甲が、その名の通りに虹色に光る。

 迅雷奥義発動の兆しだった。

 その皮膚、毛穴に該当する無数の小孔より霧が噴き出す。

 水と石英を原料とした小型機械が、狭い百姓の家に充満した。

 霧は娘の口より無理矢理に侵入し、その身体を操る。

 娘は自ら四つん這いになり、自らの手でその秘部を露にした。

「な、なんでオレ……。いやあ……」

 最早、虎太郎に抵抗の意思は無い。

 まだ毛も生えそろわぬ秘所に陰茎を当てがい、犯し始める。

 憲美は、初めての酒に酔ってしまった稚児を愛でるような目でその様子を眺めていた。

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