第26話 魔法と魔術
ゼロスに向けた刃の先が、陽の光を受けて反射する。
綺麗な刀身と妙な形の刃紋。それはゼロスにっとっては今までに見た事も無い形の剣である。
どこか吸い寄せられるような魅力を持つその武器、それにゼロスは一瞬だけ心を奪われた。
「ヴゥゥ…。 変わった剣だが…、そんなものでは我に傷一つ負わせられぬぞ」
ゼロスはそう言うと右手に持った巨大な戦斧を一度大きく振り回し、真っ直ぐにシヴァへと突き付けた。
「へへ、この剣は見た目よりも優秀なんだぜ」
「ほぉ…。それは楽しみだ」
両者はお互いに武器を構え対峙する。
まさに嵐の前のように、静かに相手を窺い。
そして――
最初に動いたシヴァにより、その戦いの火蓋が切られた。
「――!?」
地面を蹴ったシヴァは一瞬にしてゼロスの頭上へと跳び上がる。
そして仰け反るようにして刀を大きく振り上げたシヴァは、真っ直ぐにゼロスの頭頂部へと狙いを定めた。
それはまるで稲妻のように迅く、常人であれば目で追う事も出来ない速度である。ゼロスにおいてもそれは予想を遥かに凌ぐ迅さであり、その為に僅かな反応の遅れが出る。
そのゼロスの隙をシヴァは逃さない。
勢いよく振り下ろされた刃先がゼロスへと襲い掛かり――
次の瞬間、周囲に鈍い金属音を響かせた。
シヴァの刀とゼロスの斧を震わせる、金属同士が衝突する音。
まるで両者の共鳴を物語るかのように、その音はいつまでも響き渡った。
「ヴォゥ…。思ったよりもやりおる」
反応が遅れたとはいえ、なんとかその一太刀を戦斧で受けたゼロス。
しかしその表情には驚きよりも好奇の色が勝っていた。
「防がれちまったがな」
そう言うと、シヴァは刀を肩に当て、傲然な視線をゼロスへと向けた。
「ふっ。我に反撃させなかったのだ、誇るが良い」
「まだまだこれからだぜ。こんなもんで驚いてたら勝負にならねぇぞ」
「ふぁっはっ、それは楽しみだ! 全力で来い、我もそれに応えよう!」
低く籠ったゼロスの声が地鳴りを起こすと、シヴァはにやりと口角を上げ――
「んじゃ、そうさせてもらおうかね」
そう答えながら身を低く構えた。
力を溜めるよう屈みこむシヴァ。
狙いを定めるように、静かにゆっくりと。
そして、シヴァの動きが一瞬止まり…。
次の瞬間――
地を這うようにして飛び出したシヴァは、一気にゼロスの足下へと距離を詰めた。
それは先程をはるかに上回るほどの迅い動きである。瞬きでもするくらいの一瞬の間に、シヴァはゼロスの間合いへと深く潜り込む。
ゼロスの足下へ、そこから斬り上げるように上半身を狙うシヴァ。
しかし、今度はゼロスも反応する。
その巨躯には似つかわしくない素早い動きを見せたゼロスは 戦斧を握りしめ、振り下ろすようにしてそのシヴァを迎え撃つ。
間合いに潜り込んだ勢いのまま攻撃を仕掛けるシヴァ、そこに巨大な戦斧の刃が迫ってくる。
「おっと!」
「――!?」
両者がいるその周囲に、戦斧が地面を叩きつける音が鳴り響く。
シヴァを捉えたと思ったその戦斧は、シヴァが咄嗟に身を翻した事により直撃する事もなく地面にめり込んだ。それはカウンターを狙う必中のタイミングであったのだが、シヴァの身体能力はそれすらも凌駕したのである。
これにはゼロスもその表情に驚きの色を隠せないでいたが、驚くのはそこだけではなかった。
シヴァはその戦斧の攻撃を躱す際、しっかりとゼロスの足に一太刀浴びせていたのである。
致命傷には至ってはいないが、多少の動揺を感じざるを得ないゼロス。
しかし、攻撃を躱した事で態勢を崩すシヴァを目にし、これを好機とすぐに攻撃に転じた。
「ヴォゥ…。今度はこちらの番だ!」
ゼロスは両腕をいっぱいに広げ、シヴァと目線を合わせるくらいの低い構えをとった。そして頭の角をシヴァへと向けると、そのまま地面を蹴るようにして駆け出した。
まさに猛牛のような突進である。
シヴァの逃げ道を塞ぐように広げられたその両腕。それがゼロス巨躯をさらに威圧的とし、まるで岩山が押し寄せるような圧迫感を与えてくる。
そしてそのゼロスの猛突進が、瞬くの間にシヴァへと迫った。
「ちっ!」
左右には躱せないと覚ったシヴァは、ゼロスを飛び越えるように跳躍した。
しかし、それを読んでいかのようにゼロスも反応する。
「逃がさぬ!」
ゼロスは頭を勢いよく振り上げ、自分の頭上を飛び越えようとするシヴァへと追い打ちをかけた。
自由のきかない空中でゼロスの角が迫る。
「――!?」
身を捩って何とかこれを躱そうとするシヴァ。
しかしその角は的確にシヴァを捉えて狙ってくる。
迫りくるゼロスの角。
「くそっ!!」
直撃する既の所。シヴァは咄嗟に魔法を行使し、自分の周りに風を発生させた。
その周囲に発生した風がシヴァの身体を包む。
風に包まれたシヴァは空中で浮き上がるようにして態勢を変え、そのゼロスの狙いを外す。
しかし――
「――っ!!」
それでも角はシヴァの脇腹をかすり、シヴァは弾かれるようにして飛ばされる事になった。
弾かれたシヴァは空中で何とか態勢を立て直し、脇腹を押さえて着地する。
そしてその押さえる手の隙間からは、血が滴り落ちてきていた。
「へっ、何て力だよ」
「まだまだ!」
傷を負ったシヴァにゼロスは間髪を要れなかった。
再び両腕を広げ、猛牛の突進を開始する。
「んだよ。ちょっとは休ませろよな」
そんな溜息混じりの愚痴を溢すシヴァだが、ゼロスの動きは止まらない。
瞬く間にシヴァへと迫るゼロス。
シヴァはその突進を躱す為に再びゼロスの頭上へと跳躍した。
「ふっ、同じ事だ」
しかしそれは先程と同じように、空中に逃れたシヴァをゼロスの角が襲う。
「そんな同じ手を何度も食うかよ!」
迫りくるゼロスの角に向け、シヴァは魔力を込めながら自身の掌を翳す。
「喰らえ」
「――なっ!?」
強烈な爆発音がゼロスの眼前で起こった。
圧縮させた空気に炎をぶつけ、それを一気に膨張させて爆発に似た現象を起こさせたのである。
爆風の熱と急に視界を奪われたゼロスは思わずその足を止めた。
そして、二歩三歩と後ずさる。
「ヴゥゥ…。こんなもので……」
手を顔に翳してよろめくゼロス。
意表を突かれたとはいえ、その爆発をまともに顔面で受けてしまったのである。そのせいで視界が霞み、シヴァの姿を見失ってしまった。
今度はそこにシヴァが追い打ちをかける。
「もらった!」
ゼロスに出来た隙。
その隙を逃さず、シヴァはゼロスの眉間を目掛けて思い切り刀を振り下ろした。
「――!!」
まるで木を打ち付けたような音が響き渡る。
そして、二人の足下には回転しながら転がるゼロスの角。
「ぬぅ…。我の角を……」
眉間を狙ったシヴァだったが、その気配を察知したゼロスが咄嗟に躱したためにその刃は角に直撃した。今までどんな物をも粉砕してきた自慢の角であったが、シヴァの一振りの前に脆くも両断されてしまったのである。
これにはゼロスの誇りに少なからずの傷を付けた。
「ちっ、角一本か」
落ちた角を見詰めるゼロスを横目に、シヴァは舌打ちをしながら自身の脇腹に回復魔法をかける。
「我の角を折ったのは貴様が初めてだ…。ヴォゥ…。このような強敵とまみえるのはいつ以来か……」
「おいおい、感傷に浸ってる場合じゃないぜ。次は角じゃ済まねぇからな」
「ふっ、もはや手加減はせぬ」
「上等だ」
先手を取るため、先に動いたのはシヴァだった。
一振り、二振りと腕を振り回し、複数のカマイタチをゼロスへと放つ。電光石火の如く放たれたそのカマイタチが、先を取られたゼロスに襲い掛かった。
しかし、ゼロスはこれに素早く反応する。
迫りくるカマイタチに対し、ゼロスは豪快に戦斧を振り回してこれに相対した。人間に対しては強力な威力を発揮したカマイタチであったが、その戦斧の前では敢え無く掻き消され、そして、ゼロスはその勢いに乗りシヴァへの攻撃に転じる。
戦斧を振り回してシヴァへと迫るゼロス。
「――ぬっ!」
しかし、そのシヴァのいたはずの位置には既にシヴァはいなかった。
先程のカマイタチを囮にして、そこから素早く別の攻撃へと移ったのである。
ゼロスの死角からシヴァが狙う。
しかし――
「そこだっ!」
これにはゼロスも気配を読んで反応する。
「くっ!」
思わぬ反撃に意表を突かれたシヴァだったが、これを辛うじて躱し、ゼロスの戦斧は空を切った。
しかし、シヴァの攻撃はそこで一瞬だけ止まってしまった。
そこにゼロスは追撃をかける。
後方に跳び下がったシヴァを追い、ゼロスは執拗なまでに猛攻を繰り返す。
周辺の建物を破壊し、アスファルトを抉りながら、力任せに振り回される戦斧がシヴァを追い立てていく。それはまるで興奮した闘牛が荒ぶるかの様であった。
横へ飛び、後ろへ下がり、防戦一方に回ったシヴァ。
それは一見すれば劣勢に陥ったかのように見えるのだが、しかそのゼロスの戦斧による猛攻はシヴァにはまだ一度も当たらない。
まるで木の葉が舞うように、その攻撃は紙一重という所でシヴァを捉えきれずにいたのである。
「いつまでも避けきれるものではないぞ!」
「へっ、それはどうかな」
「ふっ…。では、これならどうだ!」
ゼロスはそう言うや否や、シヴァの足下に目掛けて戦斧を振り回した。
すかさず反応したシヴァはそれを避けようと飛び上がる。
そこへ――
「ヴオオオォォォ!!!」
強烈な咆哮が周囲に響き渡った。
「――ぬっ!?」
大地が震える程のその声、それと同時に衝撃波のようなものがシヴァを襲ったのだ。
そして次の瞬間。
時間にしてほんの一瞬ではあるが、衝撃波の様な声を浴びたシヴァの身体はその動きが止まってしまったのである。
ゼロスの声に混じった魔力、それがシヴァの鼓膜を通して脳に作用して神経を麻痺させた。その為、この致命的な瞬間に身動きを取る事が出来なくなってしまったのだった。
当然ゼロスはその瞬間を逃さない。
動きの止まったシヴァに狙いを定め、そこにゼロスの攻撃が迫った。
渾身の力で振り回された戦斧は横薙ぎに払われ。
そして――
人間くらいなら軽く真っ二つに切り裂きそうなその戦斧の刃が、シヴァの鳩尾の辺りに直撃したのである。
攻撃を受けたシヴァは吹き飛ばされ、激しい音と共に近くのビルの玄関窓をぶち破った。
「ヴォゥ…。手応えはあった……」
ゼロスはそのシヴァが飛ばされた先に視線を送り、そう呟く。
ビルのエントランスにはガラスの破片が散乱し、ゼロスの位置からではシヴァの姿は確認できない。
「手応えはあったが…、これで終わりとも思えぬ……」
ゼロスの直感がそう告げていた。
あの攻撃を受けて無事に済むはずがない、そう思う反面でそれほど簡単な相手ではない事も肌で感じていたのである。
ゼロスは慎重にビルのエントランスへと足を向けた。
ゆっくりと、一歩ずつ。
歩を進めながら鼻と耳をひくつかせ、静かなそのエントランスの向こうを警戒する。
「――ちっ、油断しねぇか」
ゼロスとビルの距離が縮まってきたとき、その声はビルの奥から聞こえてきた。
ガラスの散乱したその向こう。外からでは見えないが、確かに何かが動く気配がそこにある。ゼロスはそのエントランスの奥から聞こえてくる、ガラスを踏み砕く音に確信を持った。
そして――
「ふっ……」
ゆっくりと姿を現したシヴァにゼロスの口角が少し上がった。
「ふぅ、危ねぇな。危うく死ぬとこだったぞ」
シヴァは平然とした顔でそう言った。
「ヴォゥ…。無傷か……、些か信じられぬが…」
「無傷ってわけじゃないがな」
そう言うと、シヴァは刀を肩に当てて不遜な表情を浮かべる。
「我の知らぬ魔法か……。あるいは、魔術か…」
「へぇ、察しがいいな。これが人間の知恵の力ってやつだ、馬鹿にできないだろ?」
シヴァたちのいた世界での魔術とは、少ない魔力しか持たない人間が魔族に対抗する為に編み出したものである。
人間はその知恵により、術式を組む事で少ない魔力でも魔法と同等の効果を生む事ができる事を発見した。更に、人間の魔術に対する研究はそこでは止まらず、その術式を駆使する事により魔法では不可能な事象を引き起こす事ができるまでに至ったのだ。
この魔術が発明された当初はこれが魔法を凌駕するかに思われ、人間たちは大いに沸き立った。しかし、それは束の間の事。魔術には致命的な欠点がありそうはならなかったのである。それ故、人間と魔族の対立というのは終わりを見る事が出来ずに今日に至っている。
その魔術の致命的な欠点というのは――
「魔術は実戦に向かぬ。予め仕込んでいたか…」
魔術というのは術式を練り上げるのに膨大な時間を必要とするのである。その為、目まぐるしく変わる戦況の中での行使には向かず、戦術的な使用が主となる。
「用心深い質なんでな、多少の備えはしてあるさ」
シヴァは得意げに鼻を鳴らす。
「しかし、我の攻撃を無にする魔術とは……」
「へへ、気になるか? 俺の下に付くんなら種明かししてやってもいいぜ?」
「笑止。ようやく面白くなってきた所だ。ここで終わりにはせぬぞ」
言い終わると、ゼロスは身を低く構えてシヴァを睨みつける。
「ああ、そうかい。じゃあここからは俺の反撃だ、覚悟しろ」
そのゼロスに対峙するシヴァは、その姿勢を変えようとはしない。
そのゼロスの眼光を受け流すように、薄く笑みを浮かべ。
ただ刀を肩に当て、立ち尽くすだけである。
「来い、全て粉砕してくれる」
転移ゴブリンの日本侵略 憑杜九十九 @rok
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