第9話

 手芸部の部室の扉を開けた俺の目に飛び込んできたのはフリフリのピンク色のドレスを着た港塚だった。


 やはり女の子だったか。俺が間違えている訳ではなく世界が間違っているわけだな。


 満足感を感じていた俺に女生徒が掴みかかってきた。


「ちょっと! あなた何? うちの姫を見たからにはただじゃおかないから!」


「姫……。姫って言われてるのか。港塚」


「あ、アハハ。そうなんだ。辞めてって言ってるんだけど困っちゃうよね。えへへへ」


 港塚は愛想笑いしながら少しずつ後ろに下がりそのまま手芸準備室に引き篭もっていしまった。


 だが今の港塚の姿は俺の脳内フォルダーに保存されている。いつでもどこでも記憶から引き出せる。俺の勝ちだな。ハハハ。


「ちょっと! 姫が恥ずかしがって帰っちゃったじゃない! せっかく今から写真撮影会しようとしてたのに」


 なんだそれ。俺も参加していいですか? じゃなかった。仕事しないと。


「生徒会です。部活動の実態調査に来ました」


「ああ、生徒会ね。今年の生徒会は仕事するんだ。良かった。じゃあ文化祭とかイベント増やしてくれるのかな? 去年は教員主催のイベントしか無かったんだけど。今年は生徒主催のイベントもあると嬉しいな」


「みんなそう言いますね。そんなに前年度の生徒会は酷かったんですか?」


「そうね。もうずっとこんな感じらしいわよ? そもそも生徒会だけでも仕事内容が多いのに委員会と兼任させようとしているのが無理あるのよね。生徒会の人が部活やってたらもうまともに機能なんてしないし」


 やはりそう言うことらしい。今年の生徒会は人数は少ないがみんな部活動はやっていない。ギリギリ回せるだろう。イベントの時期は分からないが。


「取り敢えず生徒主催のイベントの件は分かりました。話してみます」


「ホント? 嬉しいわ。楽しみにしとく」


「ええ、ではここで」


 最初は突っ掛かってきていた部長さんが柔軟な対応になった所でサラリと帰らせてもらうことにした。


 こういう状況でサラリと帰るのは俺の得意分野だ。調子に乗って帰還魔法とか名付けてしまおう。


「ちょっと待って」


 部室の扉を半分開けた所で俺の腕を部長さんが掴んだ。帰還魔法破れたり。


 恐る恐る腕を掴んだ部長さんの方を振り返った。


「な、何でしょうか?」


「貴方からは何かシンパシーを感じるわ。姫の撮影会参加しない?」


「良いんですか!?」


 おっと思わず反応してしまった。だがとても魅力的だ。


 俺もスマホを取り出し港塚が出てくるのをウキウキと待っているとディスコで睦月から連絡が入ってきた。


『何してるの? みんな終わったよ? はよはよ(^O^)』


「ぐっ……」


「どうしたの? 姫を見たいの分かるけどちょっと待っててね。今連れ出すから」


「いえ、生徒会の仕事が入りました。どうすれば良いんだ。すごく港塚が見たい。」


「今年の生徒会は本当に真面目なのね。良いわ。私が貴方に写真送ってあげる。RIME教えてくれる?」


「分かりました」


 という訳で、この学校に入って初めてのRIMEでの連絡先を獲得した。名前も知らない先輩だが……。


 RIMEの連絡先を交換して俺は港塚のフリフリドレス衣装を見れることに満足して部室を出て生徒会室に向かった。


 その間も睦月からのディスコの連絡がポンポンときた。


『はよはよ(^O^)』


『ちょっと待て今向かってるから』


『霜月くんには少なめに仕事振ったのにそう言えば昨日委員会とか生徒会が初めてとか言っていたけど負担多かった?』


『いや、少し。同士が出来ただけだ。もう着く』


 ここまで打ち終わると目の前に生徒会室が見えてきた。


 扉を開けると睦月が待ち伏せていた。


「おかえりー。おつかれ。もう結構遅いね。どうする? 中等部の生徒会に挨拶行く? 同じ敷地内だし行こうと思えばいけるけど」


 メンドクサ。もう帰りたいんだけど。帰って港塚の写真をじっくり見るからもう帰っていいかな。


「その男、表情から行きたくないオーラを全開に漂わせているのだけど」


「ホントだ。じゃあ行こっか」


「なんでそうなったんだよ。俺が行きたくないのは顔見たら分かるんじゃないのかよ」


「だからよ。貴方の腐った性根をこの生徒会で叩き直すから覚悟しなさい」


 俺に救いはないのか……。仕方がない。星月に睨まれるくらいなら中等部に行った方がいくらかマシだ。


 俺が折れたのでさっさと中等部に行こうということになった。


「何気に初めてだな。中等部」


「そっか。二人共外部入学だもんね。私が案内してあげるよ!」


「「いや、いい」」


 何故か星月と俺の言葉がハモった。こいつもめんどくさがり屋なのだろうか? 仕事以外に興味無さそうだしな。


「なんでよ! うそでしょ。霜月君はともかく星月さんも拒否するの!?」


「「面倒くさい」」


 またまたハモった。これが以心伝心だろうか? いや違うな。普通に同じこと考えてるだけだ。


「あぁ。二人共そっくり。兄妹なんじゃないの?」


「失礼ね。こんなゲーム馬鹿と一緒にされるくらいなら死んだほうがマシよ」


 ソレハ、イイスギナノデハ。


 星月の何気ない一言がオレの心を大きく抉った。ここは一発一泡吹かせるしか無いようだな。


「そんな事ないだろ。俺達は兄妹みたいなもんだろ。考えてみろここまで言葉がハモるなんてなかなかないぞ。同じことを考えているから起きたことだ。もう兄妹みたいなものだと思わないか?」


「なっ……。自殺場所はここかしら」


 星月は一瞬驚いたように目を見開いたが次の瞬間、廊下の窓を開け身を乗り出し窓の縁に腰掛けた。


「落ち着け。冗談だよ。真に受けるなよ」


「ふふっ。私も冗談よ。こんなくだらないことで自殺する訳無いでしょ」


「よ、よかったぁ。本当に飛ぶのかと思った。危ないしそこ早く降りたほうが良いよ」


「そうね」


 そう言った次の瞬間窓の縁に掛けていた手を滑らせ、バランスを崩した星月が窓の向こうに落ちていった。


「星月!」


 星月の悲鳴が聞こえる中、無我夢中で俺も窓の縁に手をかけ身を乗り出して手を伸ばした。


「あっぶねぇ」


 ギリギリ星月の足を掴んだ。申し訳ないが星月は今逆さ吊りなので外からも俺からもパンツが丸見えだ。


「ちょ、助けてくれたのはありがたいけどスカートが」


 必死で星月ガスカートを抑えているが俺も腕が限界でプルプルしてきた。


「はわはわ。どどどど、どうすれば、警察、交番? 救急車、いや、消防車?」


 睦月が俺の後ろで慌てて右往左往している。


「睦月! 慌ててないで手伝ってくれ。マジ腕がヤバいから。こんな事ならもっと筋トレしとけば」


「泣き言は良いから何とかして誰かが見る前に何とかして」


 下の方から星月の泣きそうな声が聞こえる。逆さ吊りで怖い上にスカートの中全開では誰だって泣くだろう。


「今助ける!」


 睦月も窓枠から身を乗り出し星月の足を掴んだ。そしてそのまま一気に引き上げた。


「はぁはぁ。まじでやばかった。明日は腕筋肉痛だぞこれ」


「ご、ごめんさない。昨日の雨で窓枠が濡れてて滑りやすかったみたい。バカみたいな事はするものじゃないわね」


 星月は床に座り込み震える体を抑えている。そして睦月が星月に近づいた。


「大丈夫? 今日はもう帰ったほうが良いんじゃない?」


「ええ、申し訳ないけどそうさせて頂くわ。でも申し訳ないから二人は中等部に行って」


「そ、そんな事できないよ。ちゃんと駅まで連れてくから」


「いえ、す、スカート全開でその男にもはっきり見られてしまったし。一人で帰りたいの」


「そ、そっか。分かったよ。私と霜月組んで中等部に行くね」


「ええ。お願い」


 そのまま星月は震える体を抑えながら帰っていった。


「睦月は大丈夫か? 俺、結構腕きつかったんだけど」


「うん。大丈夫。私はそんなに支えてる時間も多くなかったしね」


「ところで俺、明日あいつにパンツ見た罰とか言って俺のことをボコボコにするんじゃないか?」


「そ、ソレはないと思うけど。だって文字通り命の恩人なわけだし」


 そうだよな。大丈夫だよな。


「じゃあ気持ち切り替えていこうか。このまま暗い感じで中等部の生徒会に行ってもなんだ? こいつとか思われそうだしな」


「そうだね! 切り替えていこう。そう言えば昨日寝れた? 昨日は朝まで一緒に居たし」


「おい、一緒に夜を共にしたみたいな言い方するな」


「なんでよ。一緒に夜を共にしたじゃん」


「オンラインでしかもゲームしながらな! しかもなんでそんなノリノリなんだよ。否定しろよ」


「え? 面白いから……。霜月くん冗談が通じるタイプだって分かったからガンガン冗談言っていこうと思って?」


 完全に玩具じゃねーか。


 そのまましばらく雑談しながら俺達は中等部の校舎に入った。1~2ヶ月前まで俺も中学生だったのに全くの別世界のように感じる。


 一方睦月は平然とした顔で中等部校舎に入り込んだ。まぁこいつは数ヶ月前までこの校舎に通っていたからな。


「こっちだよ。生徒会室」


 睦月に付いていくと中等部の生徒会室にたどり着いた。


 睦月は数回ノックした後、扉を開けた。その扉の先には地べたに転がり込んで絵を書いている男子生徒とソレを椅子に座って眺めている女子生徒がいた。なんだこれ?

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