第4話

 我が名はカイロス。正確には、カイロスとは人に名乗る時の役職名だ。

 チャンスの神を担う事となった際、カイロスと名乗るようになった。


 人間と比べると極々少数の神族、人間の住まう大地の遥か上に我々の国がある。

 雲の上に聳え立つ神の国、神族が住まい人間の世界へ僅かな干渉をして世界を見守る。


 あの日も定常通り、チャンスを与えるに相応しい者へと、授けに行ったのだ。




 第一印象はなんと間抜けな顔をしている者か思った。

 余程平和ボケした世界で育ったのか。私は人の暮らしに極力関わらないようにしている為、あまり人間の営みに詳しくはない。

 私の言葉を理解出来ぬのか、ポカンと口を開けて此方を見上げる様は間抜けだった。


 授けるチャンスは平等ではない、己の望みぐらい即座に言えぬのか。言えぬなら、此方で適当に次の人生を与えてやるだけだ。神だからといって、皆が皆、慈悲深いと思うな。


 そう立ち去ろうとして、私は思いがけぬ反撃をくらったのだ。




 本来ならば、人間如きが神である私に触れる事すら出来ぬ筈。それがどうしてか、あの娘には私を掴む事が出来た。

 あの屈辱は忘れぬ。チャンスの神を担う事となった日に、決して、二度と、己の頭部を晒さぬと固く決めたというのに。


 そう、名も無き神族であった私が、次代のチャンスの神を担ったその日に起きた悲劇。

 己の頭髪が前髪を残して全て抜け落ちた時の衝撃。

 前任のチャンスの神は、私に役目を押し付け……譲った直後に彼女を作って結婚した。幸せそうな彼の笑顔を見ていると、やはり辞退しますと突き返す事も出来なかったのだ。





 取り敢えず転生した娘は、望み通りに異世界にて順調に生きていた。私とて、その間も忙しく己の職務をこなしていたのだ。

 そうして、転生した娘の残りの望みを叶える為に再び会いに行った。

 ……決して、己の頭部を晒されたショックで二つの願いを叶え忘れていた訳では無い。その、あれだ、娘がじっくりと願いを考える時間を与えてやったのだ。


 娘は、多種言語の習得を願った。中々良い選択だ。私が叶えるには具体的な願いでなければいけない。人間以外の全ての言語を理解したいという願いは、具体的かつ汎用性が高いだろう。

 三つ目の願いを忘れかけた阿呆な娘だったが、最後の願いで私は驚愕した。



 娘は、私の為に願った。それも、私の一番の望みを理解していた。


 かつての豊かな頭髪を取り戻したいという、願いを。



 私はチャンスの神として役目を負ってから、目の当たりにしてきた。人間は強欲だ。

 願いを叶えるというと、如何に己だけが利益を得られるか知恵を絞る。それ自体は悪いと言わない。与えられたモノを最大限に有効活用するのは賢い選択だ。

 だが三つというと、必ずみなその願いを増やそうと願う。


 この娘とてそうだ、最初は世界一の魔法使いにしてほしいと願った。

 己の魔法で、いくらでも望みを叶えられるようにと思ったのか? 愚かな。

 

 それが何故か、三つ目の願いは、迷いなく私の為のもの。

 最後に見たあの娘の表情は、とても満足そうな嬉しそうな笑顔だった。



 何故だ。何故そんな風に笑っていられるのだ。貴重なチャンスを一つ無為にしてしまったのだぞ?



 私には理解出来なかった。

 そうして、私はチャンスの神としての役目を次代に譲る事となった。本来ならば後継がしっかり育ってから譲るものだが、今回は特別に急ぎ引継いだ。

 何故かと? チャンスの神は後ろ髪があってはならないのだ。そういうものだ。


 役目を終えた私は、神族として悠々自適に生きる事も出来た。が、転生する事にした。

 そう、あの娘の生きる世界へ。


 あの笑顔が忘れられず、この胸に居座り続けるあの娘にもう一度会う為に。


 娘が10歳の時に転生を願った。丁度出産間近だった新たな命で、我の器と成り得る命。私は娘の住まう国の第二王子として誕生した。


 元は神族の私が転生した為、魔力は膨大で前世の知識も記憶も引き継いで神童などと謳われた。

 ははは、当然だ、元は神なのだからな。


 通常ならば王族とはいえお披露目は10歳になってからだが、特別に私は5歳でお披露目パーティを開く事になった。

 5歳にして10歳並み以上の立ち居振る舞いや教養を身に着けていたからという理由だが、当然だ。



 パーティ会場で、上手い事護衛騎士をまいて彼女を見つけた。

 美しく着飾った姿に、神だった頃の私の瞳と同じ色、碧の耳飾りが揺れるのを見て胸が高鳴った。


 何故その色を選んだ? 碧から青に変わる石の耳飾りは、まるでかつての私の瞳と今の彼女の瞳が交わったように見える。私の想いと彼女の想いが絡まって溶け合ったような、同じように想ってくれているのかと錯覚した。


 彼女は幼い私の姿に、かつて出会った私だと全く気付かなかった。

 ……当然だ、もしや瞳を見た瞬間に気付くかもしれないなどと、何故そんな妄想に悶えたのか、馬鹿な事だ。


 想像よりも美しく成長していた姿に動揺したが、しっかりと思いを告げた。

 あの時に向けてくれた優しさを、この生でもう一度、私へ向けてくれないかと。


 場の雰囲気にのまれたのかもしれない。王子として転生した私の身分に断れなかったのかもしれない。形振りなんぞ構わない。


 だって、そうだろう? チャンスの神は前髪しか無いのだ。どんな状況であれ、チャンスだと思ったら迷わず掴まなければ。

 己の望みを叶える為に、自ら行動する者にしかチャンスは捕まえられない。


 ほんのり頬を染めて頷く彼女の手を宝物のようにそっと取り、これからの共に過ごす人生で互いの想いを育んでいきたいと希う。

 この手を、決して手放す気は無い。ああ、手放しなどするものか。

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チャンスの神様は前髪しか無いから…… ちょこっと @tyokotto

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