第3話

 私、異世界転生して15歳になりました。

 今夜はついに夜会デビューです。一応貴族の娘ですからね。


 私室にて、これでもかとメイドに飾り立てられた自分を鏡で眺める。

 空色の髪はサイドを少し垂らして、残りは緩く結い上げた。空に一羽の赤鳥が舞う如く、結われた水色の髪に飾られた鮮やかな赤い薔薇が目を引く。

 ドレスはお母様と仕立て屋の方で見立てて貰った。が、どうにも着慣れない。転生してからは常にロングスカートだけど、やっぱり動きにくいと感じる。どうにも、前世の感覚が離れない。

 それでも、鏡に映る姿は私によく似合っていると思う。多分。多分ね。

 濃い藍色のドレスはスカートの横部分に切れ目が入っており、澄んだ海のような青緑のレースと、その下は白いふんわりしたスカートとなっている。

 全体的に真珠や屑宝石が飾られていて、まるで夜の海に波しぶきが輝いているかのよう。光沢を持った淡いクリーム色のストールを纏うと、月明りが海に射したみたいで綺麗だ。

 耳と首元を飾るのは、アズライト。緑から青へ色が淡く変わっていく所が気に入っていて、お父様におねだりした。

 色を入れすぎるのは美しくないと言われたけれど、私は緑色を少しだけ入れたかったのだ。あの尊大で失礼でどこか憎めない神様の瞳の色を。


コンコン


 ドアがノックされて、お兄様に連れられ馬車で夜会へと向かう。

 馬車の中では緊張している私をリラックスさせようと、お兄様が話をしてくれた。


「今夜の夜会は、第二王子殿下の5歳のお披露目もあるからね、そちらに目がいって多少失敗しても誰も見てないさ」


「お兄様ったら、私が失敗すると決めつけていません? 私だって、やれば出来ますわ」


 そう、今だって、このお嬢様口調は本来の口調ではありませんことよホホホ。

 ……疲れる。地を曝け出したいが、それは家族に迷惑をかけてしまうからダメ。郷に入っては郷に従え、子爵家の令嬢に転生したのならば、出来る事は頑張らないとね。


 夜会の会場へ着くと、第二王子のお披露目もするというだけあって豪華な会場に足が震えた。

 映画みたいに煌びやかな世界が、これでもかと豪華絢爛な世界を主張する。気後れした私は金魚の糞よろしく、お兄様に連れられるまま家の繋がりがある挨拶回りやら笑顔で黙ってついてった。

 一通り回った所、少し休憩したいとお兄様に頼み込み、無事壁の花になった。私に飲み物を渡して、お兄様は友人への挨拶に行ってしまった。


 疲れた体に冷たいドリンクが心地良い。少しアルコールが入っているかもしれない。ここでは15から合法だ。体の緊張が溶けていく気がした。


 フロアの曲が変わり、ダンスをする男女が前へ出る。まだ婚約者が決まってない私は一人。子爵家の娘ならとっくに婚約者が居ておかしくないが、私は理由アリなのだ。


 それは、私の特殊能力のせいだ。


 子爵家の娘として育った私、10歳の時に【人間以外の言葉が分かる】能力を得てからは【ソロモンの娘】と呼ばれるようになった。


 と同時に、婚約の話も信じられない程舞い込んできた。兄と両親は大喜びで、より良い条件の方を見極めるべく釣り書きを厳選している。分不相応にも両親が選り好みしまくっているので、まだ決まっていない。

 能力を得た後、動物の言葉が分かるという事を両親に話した為に、何かとこの能力を役立てる機会があった。そうして、私の事は広く知られたのだ。

 

 私としても、前世では32歳まで独身だったし、お兄様がいるから未婚でも家が困る事は無いしと、のんびり構えている。

 なるようになるでしょう。この能力のおかげで、異種族交渉の外務官なんて出来ないかしらと密かな野望もある。


 目の前で音楽に合わせて優雅に舞う人達を眺めつつ、ぼーっとしていたら、隣から咳払いが聞こえた。

 つい癖で隣を見上げるが誰もいない。平均より背が低めな私はいつも見下ろされていて、呼ばれたら少し上を向くのが癖になっていた。


 気のせいだったかしら? 小首を傾げて手にしたグラスを口に付けると、今度は腰のあたりをつつかれた。


 ビックリして視線を下げると、そこにはなんとも愛らしい天使のような美少年が仏頂面して立っていた。

 やだ、なにこの子可愛い。おねーさんに何か用かな?


「こんばんは、私に何か御用ですか?」


 少しかがんで微笑む。まだ夜会デビューの年ではないだろうに、どうしたのかしら。もしや会場の家の子? いやいや、ここは王家の所有する催し事用のお屋敷だもの、ここに住んでいる子はいないわよね。


 微笑む私に、仏頂面を赤くして美少年は口を開く。


「そ、その、君は、何をしているのだ」


 え、壁の花ですけど。なんだろう、迷子? 若干アルコールが回ってフワフワした頭で考える。そんな私に、美少年は更に顔を赤くする。


「し、質問には答えるのが礼儀だぞっ!」


「失礼致しました。少し休憩していたのです、少し疲れてしまったので」


「それなら、座って休める所や庭園にベンチもあるが」


「ふふふ、お坊ちゃんにはまだ早いかもしれませんが、そういう所は大人な理由で使われる方がいらっしゃるのよ。だから、壁にもたれていたの」


 にっこり笑う私に、美少年の表情が強張る。


「そ、そうか、そうだな、君は夜会に出られる年なのだし、そういった事も。婚約者はおらずとも、心に想う相手くらいいるだろう」


 おやや? オマセさんですね。しかし、婚約者がいないのなんで知ってるのかな? 私そんなにモテなそうだった?


「そうですね、想うというか、引っかかって忘れられない人は、いますね」


 そう、最後に見たのが泣き顔だなんて、ちょっと後味も悪いしね。翡翠のように綺麗な碧の瞳が思い起こされる。

 もうぼんやりとしか思い出せない神様の顔が、美少年にダブって見えた。おや、飲みすぎたかな。


「君は迷子かな? 良かったら、ご両親を探すお手伝いをしますわ」


 空いたグラスを手近なウェイターへ渡して、美少年の手を取る。意外と素直に手を取られて、ゆっくり一緒に歩きだした。


「ご両親はどなたなんですの? と言っても、私は今夜が夜会デビューですから、まだ顔を覚えていない方が殆どなんですけれど」


「私の親は……えっと、そうだ! ダンスを踊れば、目立つから見つけて貰えると思うぞ!」


「え? ダンス?」


 突然な事で、思わずその場に立ち止まって美少年を見つめる。

 サラサラの銀髪と翡翠のような緑の瞳。私の腰位の伸長で、たぶん5歳くらいかな。とても仕立ての良い服を着たお坊ちゃんだけど、流石に伸長差がありすぎる。それに、ダンスは男性がリードするのだ。


 困ったように思案する私を見上げ、美少年がぷるぷる震えて瞳には涙が滲んで見えた。

 いかん! こんな天使のような美少年が誘ってくれてるんだから、いいじゃないか、失敗ダンスで笑われたって。


「上手く踊れないかもしれませんが、私でよければ」


 差し出す手を、美少年は大切なものを戴くように、そっと受け取った。


 丁度曲が変わって、単調で難易度の低いダンスが始まった。私達は、手を繋いでくるりくるりと曲に合わせて回ったり近付いては離れてを繰り返すだけの、ダンスの真似事みたいな事をして楽しんでいた。


 周りの目は気にしないで楽しもう、とは思ったものの、踊りだすと思ったよりも周囲がざわめき出したのに気付いた。

 あら? それも、ざわめきはどんどん広がって、しまいにはホールで私と美少年だけが踊り、みんな踊りを止めて波が引くように下がっていく。


 え、ナニコレ。


 微妙に顔が引き攣るも、楽しそうに踊る美少年を前に途中で踊り止める事も出来ず。結局、一曲踊りきってしまった。


「はは、ダンスとは楽しいな!」


 少し息が上がった様子で、美少年がとても嬉しそうに笑った。可愛い、マジ天使。


「そうですわね、あの、一曲踊った事ですし」


「殿下!」


 ちょいと壁際へ行きませんか? と言いかけた私の言葉を遮り、厳つい体格を窮屈そうに正装で包んだ男性が飛び出てきた。帯剣しているし騎士の勲章をしている。騎士は王国に忠誠を誓う。それが殿下って。


「殿下! 突然我らをまいてこんな所に。さぁ、もうお披露目の挨拶が始まります、早くお戻りになって下さい」


「あぁ、すまなかった。どうしても、先に会っておきたかったんだ」


 何かスッキリしたような顔で答える美少年。


「あの、で、では、私はこれで」


 今のうちにサッと逃げようとした私を、小さな手が捕らえて離さない。


「君も来てくれるだろう? 決めたんだ。私と婚約してくれませんか」


 美少年は一旦手を離すと、私の前に跪いて、改めて掲げるように手を伸ばす。


 音楽が止み、広いフロアに沈黙が訪れた。


「あ、えと、私」


 まるで夢でも見ているようで現実味がない。どうしたらいいのか頭がまったく働かないけれど、とにかく、目の前の美少年が真剣な事だけは分かった。


「どうか、私の為に、もう一度貴女の優しさを向けてはくれませんか?」


 うるうるとした眼差しに、もう何も言えなかった。


「はい。私で良ければ」


 その後は、第二王子のお披露目だったはずが、第二王子の婚約お披露目パーティとなった事だけは、ここに記しておく。

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