第14話

 外を見ると、いつのまにかあたりは夕暮れの色に染まっています。僕は行かないでくれと、のど元まで出かかった言葉を飲み込みました。

「そうですね、じゃ、駅までお送りしましょう。」

「いいえ、大丈夫です。もう道を覚えましたから。」

 そう言って僕の目を見つめた彼女の表情は、またどこかしら微妙に違っていました。あの写真の表情でもなく、会った時の彼女の表情でもなく、両方が入り混じったように見えました。

 思わず見つめあうと、彼女のほほにほのかな赤みがさしました。ちょっとはにかんだように微笑んだその表情があまりに魅力的だったので、僕は思わず

「行かないでくれ。」

と大声で叫びそうになってしまいました。でも、実際には、僕はやっと、こう呟いただけでした。

「もう会えないんですね。」

ところが、彼女はゆっくりと首を振りました。

「私、夢の中でおばあちゃんにあなたのことをよろしくって頼まれました。だから、時々はあなたがちゃんと約束を守っているかどうか、確かめに来てもいいでしょう?」

 そう言うと、彼女は少しの間うつむいていましたが、やがて小さな声で言いました。

「本当は、それだけでもないんです。初めてあの遺言を読んだ時から、あなたがどんな人かって、ずっと思ってました。だから、おばあちゃんが好きになったあなたのことを、私、もう少し知りたいんです。

 私はおばあちゃんの代わりなんてできませんし、するつもりもありません。でも・・・。」


 一瞬あのひとの姿が、彼女にだぶって見えたような気がしました。そして、あのひとの、このの人生はこののものという言葉が頭の中に浮かんできました。

 そうです。彼女があのひとの生まれかわりだなんてことは、僕だけが知っていればいいことです。僕を好きになってくれるかどうかは、今の彼女次第なんです。

「ありがとう。僕みたいなのでよかったら、また会ってください。もうずっと前から知りあっているような気がしているけど、よく考えたら、今日初めて知りあったばかりなんだ。僕は、まだ君の名前さえ知らないんだよ。」

彼女は僕を見て、いたずらっぽく微笑みました。

「あなたは、もう知っているわ。だって私は、おばあちゃんの名前をもらったんだから。」


 あの電話は、今でも壁にかかっています。あの暖かい感じも、以前と変わりません。でも、あのベルが鳴ることは二度とないと思います。そのかわりに、今では毎日のように、新しい方の電話のベルが鳴って、たわいもないけれど楽しいおしゃべりが始まりますから。

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古い電話 OZさん @odisan

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