第5話 十一日目

「あれっ、」


 彼は気づいた時には足元のアスファルトを見ていた。

 彼は歩いていた足を止めたのか、始めから立ち止まっていたのかわからない。

 そんな彼が目線を上げれば駅にと続く道路があり、右には金属フェンスに囲われた駐輪場。左にはスーパーマーケットだろう建物がある。


「……どこだ、ここ」


 彼は口では景色に見覚えがないと言い、頭の中も記憶にないと言う。

 しかし自分が何者かはわからなくても、景色に見覚えがなくても、彼にはわかることがある。

 いや、心が覚えている、、、、、ことがある。


「あぁ、僕は死んだん、、、、だったな。シロと同じように……」


 彼は決して忘れてはならないと、二度と忘れるものかと、最期の瞬間に自分自身に刻み込んだ。

 黒いモヤに覆われ失くなった右の手首から先と引き換えに、死ぬ以前の自分の記憶と引き換えに、この町で得た知識を忘れないことにした。


 左のつま先、脇腹の辺り、右肘や背中と、一つ夜を越える度に黒いモヤに変わり失くしている身体の分だけの経験を、もう絶対に無くさないと決めた。


 死んだけどこうして何故だか動いている意味を、シロが自分を助けようとした意味を彼は探すことにしたのだ。

 彼は都市伝説の中のようなこの町で、何かしらの目的を持つことに成功した。

 彼はもう昨日までの何もない彼とは違う。


「──大丈夫。そこにきさらぎ駅って駅があって、夜になる前に鍵のかかるところを探すんだろ。マンションの屋上が使えることも覚えてる」


 彼は今も近くにいるような気がするシロに言うように言葉を発する。

 姿はなくてもそんな気がしたから、ちゃんと覚えていると口にする。


「今日は線路がどこにつくのかを辿っていくのもいいかもしれない。それには足があった方がいい。自転車置き場から一台借りよう」


 そして彼はこれまで探索したところは除外し、きさらぎ町というこの場所の、まだ行っていないところに向かおうと行動を始める。


 彼は駐輪場の入り口から中に入り、何台がある自転車から一台拝借しようとするが、自転車には鍵がかかっていることを知りショックを受ける。

 存在する全ての自転車も同様で、やはり歩きしかないのかと思ったが、一台だけダイヤルロックの鍵の自転車があることに気がついた。


「これだけクロスバイクだから鍵が違うんだ。これなら時間があれば開けられる。けど、時間がかかるんじゃ使えない……。そうだ、何をするにしてもまずは時間を見ておいた方がいいよな」


 彼が時間で思い出したのは駅前にある時計。

 唯一動いている時計で、正確な今の時間を確認しようと思ったのだ。

 その彼が鍵を確認するためにしゃがんでいたのを立ち上がり、振り向いたまさにその時だ。


「──まもなく下り列車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください──」


 そんな当たり前のようであり得ない駅のアナウンスが、駐輪場にいる彼のところまで聞こえた……。


 

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きさらぎ町 KZ @KZ_19890609

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