D.
自分も、若菜と同じように、〝スタジオ〟に
――いや、どうやらそれしか今の自分にはやれること・やるべきことはないらしい。
つまり、〝ワークアウト〟をしましょう、始めましょう、となったワケである。
そう考えている自分を見出したとき、潤平は思わず
それに、一体どうした、と怪しまれることも考えられる。こちらも日ごろ、あれこれ
潤平は、そうした。
昼食を終えようとしている大輔をつかまえて、以上のような文句を耳に入れたのだ。
すると、大輔は
「そうかあ」と感慨深そうに云った。「お前も、ついにやる気になってくれたのか」
そう云って、潤平の肩に両手をおいたが、
「……そ、その代わりさ」
と行き当たりばったりのことを口にした。大輔は、
「うん? なんだ?」
そこで、
「ウ、ウォークマン買ってくれるなら、高校に行くよ」
と天然自然で口先に出たことを云った。大輔は、
「なに、ウォークマンだと?」と少し
潤平は顔を上げた。
「なあに?」
「大学まで行ってくれ。学費はちゃんと出せるから」
「ううん」と考え、「
「どうしてだね?」
潤平はわずかに口先をとがらせて、
「だってさぁ、入りたい人間はいても、ぼくのことを入れてくれる大学があるかどうか、そこがわからないもの」
と
「大丈夫、お前は元来優秀なんだ。中学までお前の偏差値は最低でも総合で63をキープしていたの、覚えてるぞ」
と安心させるように云い、語調を改めて、
「さあ、早速お母さんにも知らせないとなあ。
と嬉しそうな
潤平は部屋で独りになると、ごろりとベッドに身体を横たえ、静寂の中で打っている自分の胸の鼓動に耳を傾けた。変なことにならなきゃいいけど……、と潤平は心の中でそっとつぶやいた。けれど、潤平とて元々は〝フツーの〟、常識ある学生の端くれだったし、どのように行動するのが一番正しい身の振り方なのか、ということに就いては自分でよく認識しているはずだったのだ。ただ、これまでの約八ヶ月間は、その潤平にしては珍しく脱線した期間だったのだが、潤平としてはその間に学べたことも少しはあったと思う。潤平も
「潤平、通うのはいいけど、どの学校にするか決めたの?」
夕食の席で千鶴子が問うた。
「まだ」
潤平は
「いろいろあるんでしょ? 私立公立、学費やキャンパスとか…」
潤平は揚げ出し豆腐を口に運びながら、
「……らしいね」
と答える。
「スクーリングというのは、学校によって違うのか?」
「……うん」
「どうなのよ潤平、ハッキリしたこと言わないけど。何とか
「ちょっと待ってよ」潤平は言うた。「……まだ、こっちもいろいろ整理をつけなきゃいけないことがいろいろあるんだってばあ」
「ああ、そう。それならいいのよ」
千鶴子も大輔もようやく黙ってくれた。だが、この沈黙もどうも気に入らない。
そこで、潤平は二、三度咳払いをして、
「……ぼくも、トレーニング始めることにしたから」
ぼそりと言った。
「ああ、お父さんから聞いた。やる気なんだってね」
「まあ、ハード・ロックよりは身体にいいだろ」
大輔は笑ったが、満更でもなさそうだ。
「ウェアとか揃えないと」
「ああ、それならうちに余ってるのがあるはずだから、それ使いなさい。いつからでも好きなときに始めていいぞ」
「……うん」
「よくやる気になったな」
「うん」照れ隠しに味噌汁をすすった。「……けどさ」
「うん?」
「ぼくみたく、神経質な人間でもできるのかな」
大輔も千鶴子も笑った。
「お前な、ボディビルはふだん
と大輔は断言した。
「……そうかなあ」
「そうさ。
潤平はお菜である鮭のチャンチャン焼きをつついた。大輔はビールのグラスを傾けて、
「まあ、まだ大会に出るとかそういう話ではない、取り敢えず健康を考えて……、そうだな、保体の授業の代わりにするつもりでいればいいさ。気楽に考えなさい」
と云った。その言葉は
夕食を終えた潤平が、自分の部屋でスティーリー・ダンの『エイジャ』を聴いていると、ドアにノックの音がした。
「はい」
と雑誌を読みながらの生返事をしたが、ドアは開かない。
「どうぞ」
もう一と声かけると、控え目にそっとドアは開いた。そこにいたのは、誰あろう宮下若菜であった。潤平は悪いことをしているところを見とがめられたような、或いは善行をしている自分の
「な、なんだ、
「悪かったね」若菜は悪びれず、「ちょっと、おじゃましていい?」
「――どぞ」
若菜は部屋に
「ねっ、お母さんに聞いたけど」小声で、「やるんだって?」
潤平はちょっと戸惑って、
「うん、――うん」
「あたしが、コーチ役をいい
「ええっ!?」頭の中が白くなる。「マジでぇっ?」
「うん、本気」
潤平はベッドの上で不意に脱力して、クッションにしなだれかかった。
「うひい」
若菜はつかつかと潤平に近寄り、
「これから、あたしにはキミに、いっぱい教えることがあります」
と宣言した。
「……はあ」
潤平はマタタビを嗅いだ猫のように力が入らない。
「だから、ひとつ心して」と潤平の様子をみて、「あれ?」
「…………」
「どったの? 潤平くん?」
「んまあいいけどさ」と口の端の
「いいえ、ビシバシいきますっ」
「……参るなァ、もう……」
「地方大会で優勝が狙えるだけでなく、アメリカでミスター・オリンピアの座も
「……は、はいはい」
「返辞は一つッ!」
「はいッ!!」
「よろしい」若菜は部屋の中で円を描いて歩きながら、「まずキミには、筋肉の解剖図を、つまりどこに何という筋肉があるか、という図だね、それを覚えてもらいたい。それから運動生理学についてもざっと。そして勿論、実技」と時計をみて、「おっと、もうこんな時間だ。今夜はゆっくり休むように。明朝、会いましょう」
じゃっ、お休みっ、といい残して若菜は去って行った。潤平はあとに一人残されて、毛布の端をかんでいた。まったくお袋は、余計なことばかりするんだから。これじゃあぼくがどんどん
潤平は呟くと、ブラック・フラッグの『マイ・ウォー』をターンテーブルに載せた。速いテンポのリフにのって、ヘンリー・ロリンズが歌い出す。
シャワーなど浴びる気にならず、潤平はその
眠って、潤平は夢をみた。
夢の中で、潤平はダム湖のほとりにいた。傍でだれか女の声がする――、知らない女だった。その女は潤平に、みてごらん、と話しかけた。潤平にはその姿を認めることはできないのだが、女が潤平に向かって話しかけているのは確実だったので、潤平はみた。みるものとは云っても、湖しかない。湖を潤平は眺めた。すると女は、もっとよくみてごらん、と言った。そこで潤平は水の中をよくみつめた――、と、水の中では一切が静かだった。なにも動いているものはなかった。
死んでいる。そうだった、湖の中では全てが死んでいた。水草を食べるハヤいっぴきの姿もなく、水面では卵を産むトンボの姿も一切みえない。
いい、あなた? と女は潤平に云った。これが死の水なんだよ。よく覚えておきなさい。潤平は素直に頷いて、覚えておこう、と考える。これが死の水なんだ……。
と、背後から女が潤平の肩に手をおいた。それは悪くない感触だった。女性的なまろみを帯びた感じ、そこには情愛や温もりも含まれていて、潤平はその手に触れようと思って手を伸ばした。だが、その手指に触れるのは自分の肩の肉だけで、
潤平が眼を醒ますと、ディスクはもう停止していて、窓の外はあいかわらず真っ暗だったが、かぶりを振って潤平は眠気を払い落とした。
――夢、か。
潤平はほっと吐息を洩らし、ベッドの上で起き直ってあぐらをかくと、両手をみつめ、
階下、
どおん
という重く太い音が響いたのだ。潤平は一瞬、固まった。こいつは何だ天災の類か、それとも何かおいてあるものが倒れるでもしたのか、あの音を聞いたのに他のやつはいないのかぼくだけなのか、それにしてもちょっと妙な音だったな、一体全体マジであの音は何だ。
と思う間もなく、
どおん
第二波がきた。部屋の中ではかたことかたことと何か金属片どうしを打ち鳴らすような音が続いていたが、やがてそれは止んだ。それはいいが、潤平はもうすっかり肝をつぶしてしまっていて、ベッドにすっ飛んで行くと布団をひっ
が、五分ほど経つと、恐ろしいハヤブサやハイエナの爪牙を
と潤平は非常な速さで〝
潤平が二度目に眼を醒ますと、日はすでに高く、時計は午前六時四〇分をまわっていたので、手グシで
眼をこすりながら一階の食堂に降りると、千鶴子がいたが、潤平の顔をみて、
「お早う。これがあるから、使いなさい」
といって一冊のノートブックを手渡した。表紙には、
「容易な人生を願うな。人生の
という
「それは、このジムの日誌だよ。今日はどういうメニューを、それぞれ何レップ(回)、それを何セット繰り返したのか、完遂できたのか或いは途中でつぶれたのか、それを毎日書いていってだね、昨日は何を何回できたから、今日は何回にして、明日は何回にしよう、という計画を立てるためのノートだよ。いってみれば、過去を未来に反映させるノートだね」
ということだった。へへえ、と潤平は思った。こりゃ、ぼくはいよいよここのジムで新入りの立場になるのか。
「これ、だれの言葉?」
「ブルース・リーだよ」
ふうん、これまで知らなかったけど、いろいろと
「あんた、それはいいけど、通信制の高校のことは調べたのかい?」
と問うた。
「うん、二、三思い当たる学校があったから、資料請求しておいた」
今朝寝るまえにウェブで申し込みをしておいたのだ。尤も、
潤平は座って食べ始めた。と、横にひとの気配がして、
「おっす、新入りくん。
宮下若菜である。
「ああ」気まずさを押し殺して、「ども」
「どーですか、気分は?」
若菜はいきなり潤平の背中をどしどしとどやしつけた。
「いたた、あいたた」潤平は身をよじる。「気分は悪くないっす」
「高校は決めました?」
「――まだ、って関係ねえだろ、おたくには」
「そういう言い方することもないでしょ、これからあなたのコーチを務めることになってんだからさ」
「……一応、幾つか絞り込んで、これから決めるとこですよ」
「ああそう、最初からそう云えばいいのにさ。まったく素直じゃないんだから」若菜は珈琲を一と口飲んで、「あのね、新入りくんは、毎朝スタジオの掃除するんだよ」
「えええーっ」潤平は渋い顔をした。「ぼくもォ?」
救いを求めて母親の姿を探すと、千鶴子も近くにおり、腰のくぼみに手を当てて、
「当たり前です」
とけんもほろろに云う。
「マジですかァ?」
「マジだよ、新米くん」若菜は冷ややかに云うた。「ちょうどいいじゃん、他のメンバーとも顔見知りになれるいいチャンスだよ。あんたここのひとのこと、誰も知らないんでしょ?」
「そりゃあ、ねえ」じっさい、昨日までは
「そりゃあ、よくないよ」
「…けど、どうしておたく、そんなこと知ってるの?」
「うん、だってあたしら研修生のあいだでも、潤平くんのことウワサになるもん。〝謎の住人X〟とかってさ」
潤平は思わず
「やめてくれよォ」
「だって、ほんとなんだもん。――さ、早く食べちゃってよ。掃除は八時から開始だよ。てきぱきやらないと、先輩にどやしつけられるんだから」
「仕方ねえなぁ」
潤平は
一旦部屋にさがってもらったばかりのウェアに着替えると、潤平はおそるおそる〝スタジオ〟へ出向いた。まだ約束の午前八時には十分ほど間がある。が、近づいてみると、ガツーン、ドサッ、ガチャン、ドシッ、ガツン……、とマシンの動作する音やバーベルやダンベルを乱暴に床に落とす音が聞こえてきた。ややためらったが、潤平はやはり約束だから、ということで扉を押して中に
「なんだ、先生じゃねえのか」
「てっきり先生だと思っちゃったぜ」
「さ、また一つ〝ワークアウト〟やろうぜ」
などと唱え、またマシンやフラット・ベンチに戻ってウェイト・トレーニングを再開した。
「おいおい、あれ、掃除はいいの?」
呆れた潤平がいうと、ラット・プル・ダウンのマシンについていた男が、
「掃除? あんなの
と云う。
「でも、それじゃここは汚くなる一方で…」
「いやいや、んなことないって。〝新しい汚れがつけば、古い汚れは去る〟、これが俺らの処世訓、ってとこだなぁ、
「ふうん……」
「ども、お早うございます」
「はい。お早うございます」
若菜に云われた通り、自分も〝ビギナー〟だと自ら任じる潤平は素直に
「あのう、……あなたは、ここの先生のご子息でいらっしゃるのでは……」
男は
「まあ、そうですけど」
「やっぱり!」嬉しそうだ。「ワタシ、黒田と申します。以後よろしくお願いいたします」
とペコリと頭を下げるので、潤平も、
「どうも、よろしく……」と云ったが、
黒田は
「だれだって知ってますよ。有名ですから。〝運動ぎらいの坊ちゃん〟って」
潤平はむっとして赤くなった。
「ぼくはそんな……、〝坊ちゃん〟なんかじゃないよ漱石じゃあるまいし」
「ソーセキだろうがイン
黒田は、自分のことをカタカナで〝ワタシ〟と称する。それは、どこか潤平の気に喰わなかったのだが、潤平は
「……まあいいけどさ。おたくも、ここの研修生? 大分身体は細いようだけど」
すると、黒田は色を変え、潤平の方に向きなおると、やおら力こぶをつくってみせた。潤平は納得し、わかった、わかったから、と云って黒田をなだめ、それから改めてスタジオの中を見回した。あちこちに、例のノートにあった文言のほか、「
この男は、自分がこの笠原家の長男であることを知っている。とすると、定めし高校に通えなくなって中退したことも知っているのだろうな、たぶんあのお喋りな宮下の口からでも聞いているだろう……。
なるたけ、この男の知っていそうもないことを探そう、と思って、潤平は自分の脳髄の中身をシャッフルして
「あのさあ」潤平はできるだけ自分が〝怪しげな〟ひとにみえるような話し方で、口を開いた。「この家ではさあ、時たま、へんなことがあるんだよねぇ」
黒田は聞く耳を立てた。
「へんな? どういうことです?」
潤平は
「うん、
と、潤平の信じられぬことに、黒田はポンと手を打ち合わせたのだった。
「それ、ワタシも聞きましたよ、坊ちゃん。昨夜っていうか…、今朝の未明でしょ? 午前三時前」
「いえねえ、ワタシも、昨夜は何かミョーなことでも起こりそうだよな、思いましてね、なあんとなくこう、寝付きがわるいというか、うとうとしてはまた眼を醒まして…、という
――と、スタジオの戸が開いて、千鶴子が
「ほら、みんな、掃除してる? こらそこ、固まって話なんかしてないで。黒田さんも。こら、潤平! お前が
と口やかましく研修生たちを追い立てたので、みな〝
――と、宮下若菜がまだ眠そうな眼をこすりながら姿を現した。手に何か紙切れのようなものを持っている。
「さっきはどうも、新米くん」と紙を手渡し、「これ、
潤平は黙ってそれを受け取った。ひな形を使ってワープロで打ち出したらしいだのが、そこには、
「笠原潤平 ワークアウト・メニュー」
とあって、下にずらずらと、種目なのだろうか、カタカナ英語の表が出ている。
たとえば、
・シットアップ 25レップ 最低2セット
とか、
・ベンチ・プレス 10レップ 3セット
――といった
そうして困惑の表情をうかべる潤平をみて、若菜はなぜだか嬉しげに、
「〝レップ〟っていうのは、単純に回数のことね。それを一セットとして、一日に何セットやればいいか、ってのがその表のコンテンツね」
「ふん。――まあ、大体わかるけど」潤平は強がった。「でも、何キロでやるのさ?」
「それは、これから〝マックス〟を測って、あと体重も量って決める。――どちらにするかはそのひと次第だけど、あんたは体重を元にした方がよさそうね」
と潤平を頭のてっぺんから足のつま先までじろじろと見やった。
結局、事務室にいた千鶴子とも話した結果、まず体重を測定することになった。
「身長一七九センチ、体重八二キロか」
若菜が大きな声で読み上げた。潤平は若い娘のように真っ赤になって、止めろと云ったのだが、若菜はまた嬉しそうな顔をするのだった。
「ええっと…、まずスタンダードなところから、ベンチ・プレスやってみようか」
「ベンプレくらいわかるよ」
「まあまあ、つべこべ云わず、あたしのいう通りにやるんだよ」
「うん」
「はい、でしょ返辞は」
「…………はい」
「よろしい」
若菜は空いているフラット・ベンチのところに行ってタオルを敷くと、まずバーベルのシャフトをとり、ベンチの上に
そこまで準備が済むと、若菜は、潤平に向かって、さっと手でベンチを指して指示し、
「やってみ?」
と言った。潤平は、どのようなやり方が正しいのか見当もつかずに、おずおずとフラット・ベンチにまたがり、座ると、不器用に寝そべってずり上がり、バーベルの下に
「OK」若菜は言うと、バーベルを片手で軽々とつかみ、潤平の胸のうえに下ろした。「さあ、持ってみて」
潤平は二五キログラムの重量のバーベルを両手でつかんだ。途端にふだんは感じないで済むところの不自然な重量を感じて、手が
「繰り返して」
と指示する。潤平は従った。若菜は、尚も、
「息を吐きながら上げて、吸いながら下ろすの!」
とか、
「バーベルは乳首の上に下ろすんだよ!」
というような指図を出した。潤平はいう通りにした。
八回終えたところで堪え切れなくなり、潤平がバーベルをラックに戻そうとすると、若菜は意地悪い笑みをうかべてそれを押し戻し、
「あと二回だよん」
と言った。何とか十回、無事に済ませると、
「さ、少し休憩しましょ。――はいっ」
と、何か手渡す。みると、エネルゲンのペットボトルだった。
「あ、ども」
潤平はごくごく飲んだ。
「きみね」若菜は傍にあったパイプ椅子に座り、「グリップは、こう握って。親指も一緒に使ってバーベルのシャフトをにぎるの。それから、呼吸はいいけど、そんなにあえがなくていいから。ね? 分かった?」
と
「お、…
と返辞していた。若菜はそれを、微笑とともに受け入れ、時計をみると、
「さ、三分経った。続けてやろ」
と潤平の右肩をぽんと叩いた。
ベンチ・プレスが済むとスクワット、その次はシットアップ(腹筋運動)、更にマシンを使っての背筋運動であるラット・プル・ダウン……、という
「お疲れさま」
若菜は何でもないようににっこりした。潤平は早くも滅多に使わない大胸筋や上腕二頭筋(力こぶの筋肉だ)に重たい気だるさを感じていたが、それは口に出さず、
「ども。お疲れさま。――コーチしてくれて
と
「こっち、こっち」
とスタジオの隅の潤平の知らぬ
「MIYASHITA WAKANA」
とマジック・ペンで大書されている牛乳パックを取り出した。
「なにを……」
と潤平が言いかけると、手で制し、樹脂製の袋から――、目ざとい潤平は、その表に「さらにおいしくなった」という
「はいっ、飲んで!」
と突きだした。潤平は元より、ちょうど腹が減りかけてきたところだったので、
――だが、一と口飲んだだけで、潤平はむせ返ってしまった。バナナ…風の味付けにしてあるのはわかるのだが、あまりに人工的にすぎる味で、中途半端に香料や糖分を加えてあるのも
「こ、これ……」
何スか? と訊こうとしたのだが、口臭まで「ザバス」味になってしまっているのには閉口した。
「マズいよね、それ?」
若菜は仕方なさそうに笑った。潤平はうなずいて、
「こんなマズいもの、久しぶり」
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