文芸部の暇つぶし
桜餅爆ぜる
第1話
「暇ね」
パタン、と本を閉じた一人の少女がため息混じりに呟く。
外では部活に励んでいる生徒たちの声や、金属バットがボールを打った甲高い音が聞こえてくる。
青春を謳歌している生徒たちとは裏腹に、この部屋にいる目の前の少女と俺はダラダラと読書に勤しんでいた。
だけど、それも長くは続かず少女は暇そうに欠伸をしてから俺をチラッと見つめる。
「暇ね」
「聞こえてるって」
「だったら無視しないでくれるかしら?」
繰り返し暇だと言う少女に、俺も読んでいた本を閉じてやれやれと受け答えすると、少女は不満げに眉を上げた。
正直、返事をしたくなかった。理由は単純で、このやりとりはもう数えるのが億劫なほどあったからだ。
ここは文芸部で、読書をするのが部活みたいなものなのに、テーブルを挟んで目の前に座る少女は一時間も持たずに本を読むのをやめて、こうやって暇だと俺にちょっかいをかけてくる。
だけど、無視するともっと不機嫌になってダル絡みしてくるから、仕方なく少女の相手をすることにした。
「で、今日は何をしたいんだ?」
「あら? 話が早くて助かるわね」
「いいから早くしろよ」
「話が早いのはいいけど、せっかちなのは嫌われるわよ?」
クスクスと笑いながら言う少女。ちなみに言うと、少女は見た目はかなりの美少女だ。
長い黒髪に整った顔立ち。スタイルも良く、性格も落ち着いていて同じ高校生だと思えないほど大人びている。
だけど、どうしてか分からないけど少女は俺と二人きりだと大人っぽい雰囲気が鳴りを潜め、まるでチャシャ猫のように悪戯好きな子供のようになる。
対する俺はごくごく一般的な普通の男子高校生だ。一般的と言うには、少しばかり目つきが悪いことは自覚しているけど。
少しでも目つきの悪さを誤魔化すためにかけている伊達メガネを外して、俺は少女をジトッと見つめる。
一方は誰もが認める美少女、もう一方は普通の目つきの悪い男子。
どうしてこんなそうそう関わらなそうな二人が、この狭い部室にいるのか。それは俺自身も聞きたいところだ。
ともかく、今はこの少女の暇つぶしに付き合うしかない。
少女は顎に指を置いて何をするのか考えると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そうね、なら二人で交互に物語を作りましょう」
「どういうことだ?」
「一人が作った物語を、もう一人が続けて作っていく……簡単に言えば、リレー小説みたいなものね」
「あぁ、そういう奴か。まぁ、いいぞ」
「じゃあ、決まりね。最初は私からでいいかしら?」
頷くと少女は「さて、最初はどうしようかしら?」と考え始める。
その仕草はどこか色気があり、本性を知らなければ惚れてしまうかもしれない。
まぁ、そんなことはありえないが。こいつを付き合うとなると、心労が溜まって爆発しそうだ。
そんなことを考えていると、少女は思い付いた物語を語り始めた。
「まずは、シンプルに。昔々あるところに、一人の少年がいました」
「まぁ、定番だな」
「その少年は目つきが悪く、誤解されやすい少年でした」
「……なんで俺を見ながら言う?」
「他意はないわよ? 続けるわね……少年はある日、王様に呼ばれました。そして、王様は少年に魔王を倒す勇者になれと命じました」
「ファンタジーものか」
「このぐらいでパスするわね。続きをどうぞ?」
王様に勇者になれと命じられたところで、少女は俺にバトンを渡す。
さて、どうするか。腕組みして考えてから、物語の続きを口に出した。
「そうだな、どうもその少年が俺に似ている気がするから……少年は王様の命令に従うフリをして、適当に旅をすることにしました」
「あら、捻くれてるわね。誰かさんにそっくり」
「うるせぇ。少年は旅の支度をして、旅を始めました。そこで一人の少女に出会います。その少女は少年が住むところでは有名な、性悪女でした」
「あらあら。それはそれは、大層美少女なんでしょうね」
意趣返しをしようとしたけど、少女は気にした様子もなく勝手に美少女設定にしてくる。
皮肉のつもりだったのに、と悔しい思いをしながら「ここで終わりだ。パス」とバトンを少女に渡した。
少女は「そうなると……」と少しばかり思案してから口角を上げる。
「その少女は魔法使い。誰もが羨む美貌と卓越した魔法の使い手でした」
「自己評価が高いな」
「なんのことかしら? 魔法使いの少女は少年に言いました。あなたの旅にお供します。一緒に魔王を倒しましょう」
「うわぁ、断りてぇな」
「少年は嬉しそうに鼻の下の伸ばしながら了承しました」
「おい、少年。断れよ」
「少女の美貌に目を奪われながら、少年は魔王を倒すために旅を始めました。ここでパスするわ」
嫌なところでパスしやがって。この流れだともう少女と旅をすることは決定じゃないか。
仕方ない、とにかくどんどん物語を進めて終わらせよう。
「旅をする二人はこの辺りで一番大きな街に立ち寄りました」
「いいわね。ファンタジーな街って言うと、中世ヨーロッパのような街並みかしら?」
「まぁ、それでいい。イメージしやすいからな。で、二人は街の酒場で情報を集めることにしました」
「定番ね。ありきたりとも言うけど」
「ほっとけ。酒場は多くの客であふれ、賑やかでした。少年は酒場の店主に話しかけました。魔王について何か知ってることはありませんか、と」
「ふんっ、ここは酒場だ。酒を頼まない客に話すことなんてないね。出直しな、坊主」
「……おい。勝手にセリフを言うなよ」
「でも、こう言われると思わない?」
俺の番なのに勝手に酒場の店主のセリフを少女は言う。
でも、たしかに言われそうだ。仕方ない、この流れのまま続けるか。
「……そう言われてしまった少年は渋々酒場から出ようとしました。その時、一人の男が少年に声をかけました。おい、坊主。魔王について知りたいんだって? 酒を奢ってくれたら、口が軽くなりそうだなぁ」
「フフッ、ありがちね」
「うるさいっての。少年は男に酒を奢ると、男は嬉しそうに情報を話し始めました。じゃ、ここでパス」
「あら、ひどいところでパスしたわね。そうね……」
困るだろうなってところでパスしてやると、少女は「うーん」と悩む。
これは長くなるかな、と思って本に手を伸ばそうとすると、少女はさせないとばかりに続きを話し始めた。
「魔王のことを知りたかったら、この街の外れに暮らしている魔女のところに行きな。そいつなら、色々知ってるだろうぜ?」
「魔女が出てきたか」
「少年は美少女魔法使いと一緒に、その魔女のところへ向かいました」
「美少女って表現、必要か?」
「当然よ。魔女の家にたどり着いた二人。少年はドアをノックして声をかけます。す、すすす、すいません、あの、魔女さんは、い、いらっしゃいますか?」
「おい、吃りすぎだろ。俺はそんなコミュ障じゃないぞ」
「別に少年はあなたじゃないわよ? ドアが開かれると、そこから一人の老婆が顔を出しました。なんだい坊や、ここはあんたみたいな坊やが来るところじゃない。すぐにそこの誰もが羨む美少女と一緒に去りな、と」
「だから、自己評価高くない? その表現いらなくない?」
「他意はないわ。それじゃ、ここでパスするわ」
また面倒なところでパスしたな。
腕組みしたまま頭を悩ませ、とりあえず続きを話す。
「元々、魔王退治に積極的じゃなかった少年は……分かりました。それでは、と魔女の家から去ることにしました」
「ですが、そこで美少女は口を挟みます。お願いします、私に免じてお話をさせてくれませんか?」
「だから、どうして割り込む? 今は俺の番だろ?」
「こうでもしないと物語が進まないでしょう? ほら、続き続き」
「この……はぁ、まぁいいや。少女の言葉に魔女は仕方ないとばかりに家に招き入れました」
「うんうん、それでそれで?」
「魔女に魔王のことを聞くと、魔女は語り始めます。かの魔王はここから遠く離れた、海を渡った先にある大陸にいる。険しい旅になるが、その覚悟はあるか?」
「いいわね。それで?」
「……ここでパス」
「えぇー? いいところなのに……」
正直、ここからの展開が思いつかない。
不満げにしていた少女は少し考えてから、物語を続けた。
「少年はビクビクしながら頷くと、魔女はその大陸まで行く方法を教えてくれました」
「どうしてビクビクしてるんだよ」
「他人と話すことに慣れてないんじゃないかしら? 誰かさんに似て」
「別に俺は……」
「大陸には船で行くしかない。ここから離れたところにある港町に立ち寄るといい。魔女の言葉を受け、コミュ障の少年と美少女魔法使いはその港町に向かいました」
「無視するなよ」
「街を出た二人が港町に向かっていると、道中でモンスターが現れました。戦闘ね」
「もういいや。ファンタジーの世界観なら、モンスターぐらいいるわな」
「じゃあ、ここでパス。熱い戦闘シーンをお願いするわ」
マジか。ここでパスするのか。
戦闘、モンスターか……。
「モンスターは何がいい?」
「そうね、定番だとスライムとかかしら?」
「意外とスライムって強いモンスターじゃないか? あいつ、剣だと太刀打ち出来ないだろ」
「それもそうね。私……じゃなくて、美少女魔法使いなら魔法で倒せそうだけど。コミュ障のあなたじゃ倒せないわね」
「おい、とうとう言ったな? 少年が俺で、魔法使いが自分だと認めたな?」
「で、どうするのかしら?」
俺の指摘を聞かないフリをする少女に、俺はぐぬぬと唸る。
考えた結果、一つの案を思いついた。
「二人がスライムと戦おうとすると、一人の女戦士が剣でスライムを軽々と倒しました」
「あら、新キャラ」
「女戦士はスタイル抜群で、大人の雰囲気を醸し出した色気ムンムンの戦士でした」
「…………へぇ?」
少女は慎ましい胸元に手を置きながら、冷ややかな目で俺を睨んでくる。
ソッと目を逸らしながら、物語を続けた。
「助けられた二人はお礼を言うと、女戦士は二人旅は危険だ。私が目的地まで同行しようと提案してきました」
「ですが、少年のいやらしい視線に気付いて女戦士は逃げるように去って行きました」
「おい」
「何?」
「あ、いえ……なんでもありません。続きをどうぞ」
また勝手に物語を進めた少女に文句を言おうとして、ギロッと睨まれてしまう。ちょっと怖くてパスした。
少女はフンッと鼻を鳴らしてから、物語を進めた。
「そうね……二人はモンスターを倒しながら旅を続け、ようやく港町に辿り着きました」
「はしょったな」
「間延びしそうだったから、道中は想像にお任せするわ」
「妄想なのに……まぁ、いいか。それで?」
「えっと、二人は船に乗り、大陸に向かって船旅を始めました」
「そこもカットするのか」
「いいのよ。そして、二人はとうとう魔王がいる大陸へと足を踏み込みました。ここでパスするわね」
適当に旅をするはずが、魔王がいる大陸まで来ちゃったな。
こうなったら、魔王のところまですっ飛ばすか。
「激闘を繰り返して、二人はようやく魔王が住む城の前まで来ました」
「あなたもだいぶすっ飛ばしてるじゃない」
「いいだろ、別に。旅の中で少年は成長し、立派な青年になりました」
「美少女は美女になってるわね」
「あぁ、はいはい。それでいいぞ。青年は旅の中で勇者としての自覚を持ち、手に持った聖剣を掲げて城へと乗り込みました」
「カッコ良すぎないかしら?」
「勇者だからな。ここでパス」
適当だった少年が旅を通じて、勇者として立派な青年に成長する。物語としては王道で熱い展開じゃないか?
そう思って物語を進めてからパスする。少女は天井を見上げながら考え、口を開いた。
「襲いかかる敵を倒していく二人は、魔王がいる王座の前まで来ました」
「お、ようやくラストバトルだな」
「王座の扉を開くと、そこには誰もいませんでした」
「ん? 魔王がいないのか?」
「フフフ……」
突然、少女は笑い出す。
そして、立ち上がると両腕を広げてニヤリと口角を歪ませた。
「魔法使いの美女はいきなり笑い出すと、マントを広げて少年……今は青年だったわね。青年に言いました。よくぞここまで来た、勇者よ! 誰もが羨望の眼差しを向けるほどの美女の正体は、お前が探していた魔王だったのだ!」
「えぇ!? 何、その急展開!?」
まさかの最初から一緒にいた魔法使いが、実は魔王だったっていう設定に驚く。
少女は魔王を演じながら、話を続ける。
「お前の成長をずっと近くで見ていた。最初は適当だったお前が、勇者として成長していく様は実に感慨深いものだった」
演技に熱が入っていく少女は、俺をチラチラッと見てくる。
これは、あれか。勇者役をやれってことか。
ここは演劇部じゃないんだけどなぁ、と思いつつ演技に付き合うことにする。
「そ、そんな。どうして……ずっと俺を騙していたのか?」
「クックック……あぁ、そうだ。仲間だと思っていた美女が魔王だと知った時のお前の絶望する姿を見たかったのだ。実に愉快だ」
「性格悪ッ!」
「こら、ちゃんと演技しなさい」
思わず演技をやめて口に出すと、少女は不満げに注意してきた。
そんなに本気でやらなきゃいけないのかよ。仕方なく、渋々演技を続ける。
「えっと、許さないぞ魔王。ずっと仲間だと思っていたのに、許さない」
「もっと本気でやりなさい」
「ぐぬ……ゆ、許さないぞ魔王! ずっと仲間だと思っていたのに、許さない!」
棒読みで演技していると、指導が入ってしまった。
恥ずかしさを覚えながら必死に勇者役をやると、少女は魔王のように不敵に笑いながら物語を進めていく。
「フハハハハッ! ならば、我と戦え勇者よ! お前はそのためにここまで旅をしてきたのだろう!? お前の敵は目の前にいるぞ! さぁ、我と戦え! 血湧き肉躍る激闘を繰り広げようじゃないか!」
マジで魔王に見えてきたな。熱演する少女に俺も演技に熱が入っていく。
「お前の悪行はこの旅の中で見てきた! 苦しむ人々を守るため、お前を倒す! この聖剣で!」
「いいだろう! かかってこい!」
そう言って少女はテーブルに置いてあった紙を丸めて剣のように構えた。
俺も同じように紙を丸めて剣を作り、軽く振り下ろす。
「てぁ!」
「むぅ! さすがは勇者だ!」
そのまま俺たちはチャンバラを始めた。
テーブルを挟んだまま紙の剣をぶつけ合い、勇者と魔王の戦いを演じる。
「これでも喰らえ!」
「あいた!?」
少女はいきなり消しゴムを投げてきた。消しゴムは真っ直ぐに俺の額に当たる。
「我が魔法、
「消しゴムに変なフリガナ振るなよ……」
「ハッハッハ! 燃え尽きろ!」
「あーもう……ぐあぁぁぁぁぁッ!」
すると、少女はクックックと含み笑い。
「どうだ、勇者よ。我との実力差が分かっただろう?」
「く、ちくしょう……強い……ッ!」
「フハハハ! どうだ、勇者よ。我と共に世界を征服しないか? お前となら、この世界を手中に収めるのも簡単だ!」
うわ、ありがちな提案してきた。
世界の半分をやるから軍門に下れってことか。
その問いに対して、俺は__。
「__断る! 俺は勇者だ! 魔王の仲間になどならない!」
はっきりと断る。勇者ならそうするはずだ。
すると、少女は少し目を丸くしてからニヤリと笑う。
「それでこそ勇者だ! だが、仲間にならぬと言うなら……」
そして、少女は手にシャーペンを持って振り被った。
「ここで死ぬといい! 勇者よ!」
「おいおい、待て待て! それを投げるつもりか!?」
そのままシャーペンを投げようとする少女を止めようとするけど、少女は魔王役に入り込んでいて聞く耳を持たない。
投げ放たれたシャーペンは真っ直ぐに俺に向かってくる。
「危なッ!?」
慌てて紙の剣でシャーペンを叩き落とす。
こいつ! そっちがその気なら……ッ!
「これでも喰らえ!」
「きゃ!?」
テーブルから身を乗り出して、少女の頭に紙の剣を振り下ろした。
ペシンッと叩くと少女は小さく悲鳴を上げて頭を手で抑える。
「あ、悪い」
思わず結構強めに叩いてしまった。
慌てて謝ると少女は恨めしげに俺を見ながら、頬を膨らませる。
「美少女相手に思いっきり叩くって……このDV男」
「DVって……そっちがシャーペン投げてくるのが悪いだろ」
「後で覚えておきなさい。ぐあぁぁぁぁぁぁッ!」
ボソッと呟いてから、少女は悲鳴を上げた。どうやら今の一撃で魔王は倒せたらしい。
少女はバタッとテーブルに突っ伏すと、ワナワナと震えながら手を俺に伸ばしてくる。
「私の、負けね……さすがよ、勇者」
「お前……」
魔王だった姿から今まで旅をしてきた魔法使いの少女へと戻ると、儚げに笑みをこぼしていた。
伸ばされた手を掴むと、少女は嬉しそうに頬を緩ませる。
「ありがとう、あなたのおかげで私は魔王を辞めることが出来るわ」
「まさかお前、止めて欲しかったのか?」
「そうよ。最初は魔王としてこの世界に復讐しようとしていたわ。勇者のあなたが苦しむ姿を間近で見たくて、美少女魔法使いとしてあなたに近づいた。でも、旅の中であなたが勇者として成長する姿を見て、私は考えが変わっていった」
少女はポツリポツリと過去を語った。
今にも消え入りそうな儚げな姿で、少女は俺を見つめる。
「あなたのおかげよ。私は、魔王になる前の私に戻ることが出来た。でも、今までやってきたことの罪は償わないといけない」
「お前……」
「私はこのまま、この城と一緒に死ぬことにする。あなたは勇者として、国に戻りなさい。輝かしい未来を生きなさい」
少女はゆっくりと部室の扉の方へと歩いていく。
そして、俺の方を振り返ると優しく笑った。
「さようなら、愛しい人。今まで楽しかったわ」
「おい、待てよ!」
「バイバイ」
そう言い残して、少女はカバンを持って部室から出て行った。おそらく城と一緒にその命を散らしたことだろう。
取り残された俺は、がっくりと膝を着いて項垂れる。
「そんな……俺を残していくなよ。まだ俺は、お前に伝えてないって言うのに……ッ!」
旅の中で、勇者は少女に惹かれた。
淡く切ない恋心を抱いたまま、少女は帰らぬ人になってしまった。
勇者としての責務は果たした。だが、少年としての自分に残ったのは、悲しみだけ。
これから先、少年は魔王を倒した英雄として輝かしい未来を生きていくことになるんだろう。
だけどそこには、一番大事な人がいない。
それが果たして輝かしい未来と言えるのだろうか?
その答えは__誰も教えてくれない。
「俺は……俺は……ッ!」
心に残された悲しみに打ちひしがれた少年は、拳を床に押し付ける。
すると、項垂れている少年の目の前に誰かが立ち、ポンッと肩を叩いた。
ゆっくりと顔を上げた少年の前に立っていたのは__。
「お前、何やってるんだ?」
ゴリラ顔の男だった。
「……へ?」
一気に現実に引き戻される。
目の前にいたのは、ジャージ姿のゴリラ顔で有名な体育教師だ。
教師はドン引きしながら俺を見つめる。
「もう放課後だって言うのに、一人で何やってるんだお前は?」
「え、あ、いや、その……」
「とっとと帰れよ? まったく、一人遊びがしたいなら家でやれ家で」
なんか、妄想しながら一人遊びしていることにされているようだ。
待ってくれ、別に俺はそんな……と答えようとして、気付いた。
__部室の扉の向こうで、こっそりと様子を伺っている少女の姿を。
少女はニヤニヤと笑いながら教師に説教されている俺を見て、楽しげにしている。
「お、お前……ッ!」
「聞いてるのか、おい。妄想したくなる気持ちは分からんでもないがな、人目があるところでやるのはどうかと思うぞ? いい歳にもなって恥ずかしいとは思わないのか?」
少女に文句を言いたくても、目の前にいる教師が邪魔だった。
そのまま少女は手を振ってから、去っていく。よく見たらカバンを持って帰り支度万全の状態だった。
取り残された俺は、教師の可哀想な視線を受けながら説教を聞くことになった。
「もう二度と、あいつの暇つぶしには付き合わねぇ……ッ!」
そう心に決めて、俺はペコペコと教師に謝るのだった。
文芸部の暇つぶし 桜餅爆ぜる @sakramoti
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