第13話 海の街、白亜の神殿

 翌朝。宗介とリリィは早くに宿屋を出立した。

 王宮に近いというのは本当らしく、獣人たちの村から海辺の街までの道のりは、今まで通ったどの道よりも整備されていた。

 笑い声を上げる花。甘い蜜が垂れる歪んだ枝の木。モンスターこそでなかったが、異質さでも群を抜いている。

 リリィを“お家”まで送り届ければこの旅も終わる。終わりが見えかけていることなんて宗介もわかっていた。

 名残惜しいと思うのはきっと嘘ではない。しかしだからといって口数が少なくなってしまうのは、宗介のわがままだ。そんなことはわかっていた。気分を盛り上げようにもどうも儘ならない。ただひたすら、光る小石に興味をそそられたふりをして歩き続けた。

 ……だから。だから、遠くに門が見えた時、道の脇に花畑を見つけたリリィがそちらにふらりと引き寄せられて安心してしまったのだ。

 あと少し。

 もう少しだけ、一緒にいたいと。

 この時間を、あと少しだけ。


 クローバーの花畑に座り込んでいるリリィを見る。ふんふんと、鼻歌を歌いながら花冠を作っていた。白い花は手際よく輪っかになっていく。

 そして、唐突に顔を上げて宗介に問うた。まるでふと思い出したかのようだった。

「宗介、女の子だったらお花の冠を喜んでくれたのかなあ?」

 その態度に、なんとなくわかっていたことを声に出して聞いた。本当はずっと聞きたかったことだった。

「……リリィ、ここで、作ったのか?」

 ――って何だ?

 その問いには、彼女はヘラリと笑みを浮かべた。

「…………。なんのこと?」

 そう言うと、リリィはすっくと立ち上がり、側に生えていた百日紅さるすべりに似た木にせっかく作った花冠を引っ掛けた。今度こそ真っ直ぐに海の街へ向かう彼女を、宗介も何も言わずに追いかけた。


 白い門をくぐり抜ければ、どの街よりも立派な街が目の前には広がっていた。しかし賑わいは無い。人はいるが、活気というか生活感が無いのだ。この街自体が大きな神殿のようだと思う。白い道と、建物。そして行き交う人々は異物であるはずの宗介たちに興味など示さず、真っ直ぐに前を向いて歩いているだけだった。

「どこに向かうかは、わかる?」

「うん、大丈夫。こっちだよ」

 海の街は、その名の通り沿岸にへばりつくようにしてある街だ。しばらく行くと海へとたどり着く。三日月を描くようなその海岸は、何かが降臨するためのような場所にも、または消滅するための場所にも見える。細かな砂がチリチリと煌めいていた。

 怖いのはどちらだろうか。気づけば庭の池に飛び込んだ時のように手を繋いでいた。

「ここからね、潜るの。そしたら下に入り口があるから、そこまで一緒に来てくれる?」

「……俺も海に入って大丈夫か?」

「大丈夫ですよ」

 数歩歩いて、海水に浸る。ここから還るのだと本能的に思った。

 とぷんと泳いで深くまで潜る。リリィの先導についてくが、どこまで潜っても視界は明るいままだった。息も苦しくない。歪んだ視界の先には、白亜の神殿が静かに眠っているのが見えた。導かれるようにして、2人の来訪を知っているかのように開いた入り口に向かった。

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