第8話 仕切り直し
ずびずびとしゃくりあげるリリィに、宗介は何もしてあげることはできなかった。
彼女もわかっているのだ。泣いてもどうにもならないことなんて。落としてしまった荷物はもう戻ってこない。いまさら危険を冒して、怪物いるかもしれない方へ戻ることもできない。あの包みは諦めるしかないのだ。
「……っご、ごめんなさいいぃ〜!!」
「もういいよ。ほら、泣き止んで」
「でもおぉ」
幸いなことに逃げるときに道から大きく逸れることはなかったために、すぐに目的の市場にむかう道には戻れた。とりあえず歩いて進んでいく。
リリィはやはり自分のしてしまったことを悔やんでいるようだった。当たり前だが大失態である。宗介の大きい荷物だから持とうかという進言を、自分で持つと言って自信満々に断ったのは、他ならぬリリィなのだから。
もういいとは言ったものの、宗介も正直途方に暮れていた。お金はない。食料もない。もう一度、あのおじいさんのところに戻るかという考えが一瞬浮かびはしたが、実行はできなかった。流石にさっきの荷物を落としたのでもう一つください、なんて厚かましすぎる。
無言で道なりに歩く。リリィの悲しそうなしゃくりあげる声と、どこかしらで鳴いている軽快な鳥の声が、余計に二人の状況の哀愁を誘った。
しばらく行くと、そうやく道の向こうに木製の門のようなものが見えてきた。あまりに気まずかった宗介は、努めて明るい声を出してリリィの方を振り向いた。
「ほら、門が見えてきたよ。とりあえず、中に……」
振り返ってみた宗介は、何かにブン殴られたようなショックを受けた。
なぜ、忘れていたんだろうか。
リリィが未だ大きな金の瞳からぽろぽろとこぼしているのは、大粒の涙なんかではない。真珠だということをすっかり失念していたのだ。
「上等な真珠だね。……光沢も、大きさも申し分ないじゃないか」
門をくぐり、少し探したところに質屋があった。リリィに頑張って泣いてもらって、手持ちの袋に詰めて持っていけば、店主を唸らせるには十分なものであったことが証明された。
眼鏡を光らせながら、壮年の店主は、宗介を睨む。
「こんなにいいものを、どこから持ってきたんだ」
まあ、疑われてもしょうがないよな、と思いつつ用意した返答を述べる。あまり怪しまれず、もう騙されてもいいから多少のお金が欲しいという切実な思いだった。
「親父の箪笥貯金が。金じゃなくて、これで溜め込んでたみたいで」
「ふうん」
店主は低く唸ったが、そこまで疑ってはないようだった。おじいさんが宗介にポンチョのような布をくれたから、あまり服装としても浮いていないのが理由かもしれない。
「いいよ。買い取ろう」
店を出るときには、宗介は金貨が詰められた麻袋を手にしていた。この世界の通貨がどのくらいかはまだよく理解していないが、ついでに店主に尋ねてみたところ、三日程度の旅費は余裕であるとのことだったので、少し安心する。
緊張していたのか、店では一言も喋らなかったリリィは大きなため息をつく。その声で、宗介の緊張もほぐれた。なんとか、金銭面の危機は脱したらしい。
ようやく町を見渡せば、小さな集落のようだった。カラフルな色が塗られた木の窓枠が、ヨーロッパの街並みを彷彿とさせる。町の大きな道は、石畳だ。あちこちに花が植えられていたりと、本当にRPGの街のようだと思った。
道ゆく人の格好も、中世のヨーロッパのような服だ。
(……俺、まじで異世界に来たんだな……)
がやがやと忙しなく働いている人たちを見て、しみじみと思った。木のバケツで水を運ぶ人。馬を引いている人。花のカゴを持つ少女。何か大きな木箱を抱えている子ども。映画の世界に入り込んだようだった。
ぼんやりとしていると、不意に手を握られる。驚いて下を見ると、リリィが不安そうに宗介を見上げていた。
なんとなくおかしくなる。どうして元の世界に戻ってきた彼女が不安そうなのだろうか。この世界にとって異物は間違いなく宗介なのに。
宗介が笑っていることに、リリィも気づいたのだろう。彼女は少し怒った顔をする。
「なんで笑うの」
「ごめんごめん」
息を整えるために、大きく吸うとどこからかパンを焼くような匂いがした。
「はあ。じゃあ行こっか」
仕方ないなあとでもいうように、小さな女の子は言う。
手を解いて小さくスキップで進んでいくリリィを追いかけていき、二人は来た方向とは別の門を潜って街をでた。
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