第52話 NiZi

 まるでハリウッド映画に出てくるカジノの中にでも入り込んだような、カラフルな眩い光と、心臓を直接叩くようなドラムロールが会場中に響き渡った。

 俺は胸の辺りで腕を組んで、立ち尽くす人並みの奥に見えるステージをじっと見た。

 こんな派手な演出を用意したんだ。きっとピエロのような陽気な性格をした人がこの場を取り仕切るのだろう。数多のラノベ作家たちはワクワクを隠しきれない様子だ。


「さぁー、始まったぞ! 長らくの間みんなのことを待たせて悪かったねぇ! オイラは全身がレインボーなことでお馴染み、日本小説協会ライトノベル部門のマスコットキャラクター……NiZiだ!」


 そして、その時は突然訪れた。暗転したステージがパッと照らされると、そこには全身が虹色の服を着た小さな子供? 大人? が立っていたのだ。体躯が小さいのでその正体はまだわからない。

 自身のことをNiZiと名乗った彼は、その言葉をファンタジーなBGMに合わせて叫ぶと、最後にはビシッとヒーローじみたポーズを決めた。マジシャンのようなハットをかぶっていることもあって、どこか様になっているような気がする。

 それから一瞬の静寂が訪れたが、会場はドカンと沸きに沸いて、当初の喧騒とテンションを一気に取り戻したのだった。

 ラノベ作家たちは「本物か!?」だの、「テレビで見たのと一緒だ」などと言っているが、当の俺はと言うと、そもそも彼が誰で一体何なのかどうかすら知らなかったので、かなり困惑していた。


「なあ、愛梨さん。この……にじ? ってのは結構有名なのか?」


 俺は隣でキラキラとした瞳でステージを眺める愛梨さんにひっそりと聞いた。


「あら? ニールくんは知らないのかしら? 彼はライトノベルを広めるために生まれたマスコットキャラクターなのよ。マスコットといってもリアリティーがあって、噂によると演者はまだ小学生らしいわね。それと、彼が有名な理由はよくわからないわ。三年くらい前に流行ったリンゴの妖精『リンゴリくん』と一緒の類ね。ラノベの推進を差し置いて彼単体が有名になったのよ」


 愛梨さんはオタク特有の早口とでも言おうか。そんなスピード感あふれる口調で俺に教えてくれた。おそらく、NiZiのファンなのだろう。

 中身が小学生というのは到底信じられないが、体躯的にはその辺りの年代と程近いのかもしれない。

 それにしても、どこかで見覚えのある背丈と雰囲気な気がするな……。


「ほー、そうなのか」


 リンゴリくんが何なのかはわからなかったが、取り敢えず返事をした。


「おっとおっと、冷めやらぬ喧騒というのは、いつ聞いても最高だ。なぜなら、オイラの気分を高めてくれるからね。まあ、そんなことはさておいて、今宵のパーティーのラストに待つビッグイベントを紹介するよ」


 そんな話をしているうちに、NiZiは口元をにっこりと歪ませると、パンパンと手を叩いて何かを呼んだ。

 目元を覆う仮面をつけているので表情が窺いにくいが、その口調はとても楽しそうだ。


「さあ、みんなにはこれが何かわかるかな?」


 ステージ袖から大きな車輪付きの長机が運び込まれ、その上のモノを隠すようにして白い布が被せられていた。


「なんだありゃ」

「最後のイベントだ。相当なものだろうよ」

「突起の形からして……トロフィーか何かか?」


 NiZiはニヤニヤと笑いながら、各々が予想している光景をステージ上から見下ろしていた。


「答えは……これだ!」


 NiZiは不敵な笑みをこぼしてから白い布を一気に取り去った。

 そこには左から大中小と順に並べられた三つのトロフィーがあり、トロフィーのすぐ前には、10、5、1という数字が書いてある。


「ふふふ……もうわかっている人も多いと思うけど、今から発表するとあるランキングで上位に食い込んだ三人には、トロフィーと賞金を授与するよ。ちなみにこれを用意したのはオイラのおじ……北国副会長だよ」


 そんなNiZiの言葉に一同はざわついたが、NiZiは右手の人差し指をピンと立てると、チッチッチッと舌を鳴らして、そのざわつきを制した。

 が、しかし、俺はNiZiの言葉の節々に疑問を持っていた。

 その体躯と微かに感じる気配。そして、言葉に詰まったようにうまく濁した最後の発言。

 もしかすると、NiZiというのは……いや、食欲旺盛で年相応の子供といった風貌のあの子がNiZiなわけがないか。


「君たちはそれだけ期待されているってことさ。ラノベに留まらず、多方面で活躍する人も多くいるし、稀代の才能を宿した新人作家だっている。今から発表するのはそんな者たちを称えるものだ。早速発表に取り掛かるからドラムロールをお願い!」


 再び、会場中にドラムロールが響き渡った。

 まるで皆の興奮した高鳴る鼓動を表現しているようにも聞こえる。

 俺は一旦無駄な邪推は控えて、目の前の発表に注目することにした。

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出戻り勇者の空白期間〜元勇者25歳男独身は魔法を駆使して現代世界でサクサクと成り上がる〜 チドリ正明 @cheweapon

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