1-4 女神さま、慈悲とかあります?
「もっふりんりん、フェアリーパンチ」
ゴゴリラたちは爆発四散した。
「心を込めて可愛く言って」
後ろで女神が言った。
「もっふりんりん、フェアリーパンチ!」
盆栽に足が生えたようなきもいモンスター、ウッドレントたちが爆発四散した。
「可愛く言わないと魔法が発動しないようにしようかしら」
後ろでぼそっと女神が言った。
「もっふりんりん♡ フェアリーパンチ♡」
鬼みたいなごつい人型モンスター、メガオーガたちが爆発四散した。
「及第点ってところかしら。もっと精進しなさい」
後ろで偉そうに女神が言った。
◇ ◇ ◇
「うぐぅぅぅぅ……ふぐぅぅぅぅ……」
「……バトルが終わるたびに嘆くのはやめなさい。鬱陶しい」
俺の前を悠然と歩く彼女が、肩越しに呆れた目を向けてくる。
心の底から湧き上がってくる呻き声を発しながら、俯いてふらふら歩く俺。
出発当初、クロエは『日暮れまでに町を見つけたい』と言ったが、丸一日経った今でも町は見つけられていないし、森も抜けられていない。それどころかモンスター以外の生き物もまだ見ていない。
堂々と進む彼女に大人しくついていってたが、実は当てもなくただ歩んでいるだけで、迷子になってたりはしないだろうか。
疑問には思うが、そんな些細なことはどうでもいい。
そんなことより俺のメンタルがやばい。モンスターと遭遇するたびに精神がゴリゴリ削れていく。何度ぼこぼこにされようと、何度ボロボロにされようと、もふもふの体は新品のままだが――心はすでに壊れかけている。
自称女神が少女趣味のせいだ。他人の意思を尊重する、という人として当たり前のことも知らないらしい彼女が、自分の趣味を押し付けて恥ずかしいセリフを強制するせいだ。
世の中には、それくらいなんともない、と言うひともいるだろう。
しかし俺には耐えられない。恥ずかしすぎる。
せめてこれが俺自身の力によるものなら、少しくらい大目に見られるかもしれないが、フラワーシールドも強化魔法も、俺のセリフをトリガーにしているだけ。決して俺が特別なわけじゃないし、俺に特別な力があるわけでもない。
彼女の代わりにセリフを言って、彼女の代わりに戦っているだけである。
「お願いします……どうかお願いします……
セリフを……セリフを変えてください……どうかお願いします……」
ぐすぐす言いながら懇願してみるが、嫌よ、と一蹴されて終わる。
それは今の俺には死刑宣告に等しかった。
とうとうへたり込んだ俺に気付き、足を止めた彼女は振り向いて腕を組んだ。
「ちょっと。なに止まっているの? 早く立ちなさい」
「…………あんたに……あんたに俺の気持ちはわからない……」
呆然と呟き、傍に転がっていた木の枝を取って地面に〝の〟の字を書き始める。
「これでも俺は……普通に生きてきたんだ……
大学生活も普通だったし……多くはないけど友達もいたし……両親とも仲良かったし……姉ちゃんとも仲良かった……
そりゃあさ……ちーっさい後悔はいっぱいあるよ……?
でもきっと、それは他人にとっては些細なことで……
普通に普通の人生だったと思うんだ……
だからさ……世の中つまらないって舐めてたよ……
舐めてたけど……
だからってこれはないだろ……?
ぬいぐるみな上にさ……恥ずかしいセリフ言わなきゃいけないとかさ……
俺男なのに……成人してるのに……」
包み隠すことなく本心をぶちまけた。
後のことはなにも考えていない。
自称女神は最初に『一番従順そうな俺を選んだ』と言っていた。ならきっと、こうやって逆らっている俺を快く思っていないだろう。
自称女神が怒って、このまま置いて行かれるかもしれないし、じゃあいらないわ、と消されるかもしれない。だけど嘆かずにはいられない。
そのまま文字やららくがきやらを書きまくっていると、
「…………」
自称女神が、無言のまま歩み寄って来て。
殴られるのかな、と思った瞬間――
ぽふっ
自称女神が、俺の頭に手を置いた。それからもふもふと撫でられる。
「………………あの、なにを……」
わけがわからず聞いてみれば、彼女は無言のまま少し離れ、腕を組んで見下ろしてくる。
「……あなたの気持ちなんて、わたしには理解出来ないわ」
淡々とそう言って、彼女は短く息を吐いた。
「だってあなた、過去のことしか見ていないんだもの。言ったでしょう、『前世のことは忘れなさい』と」
「…………え?」
思い返せば、確かに言っていた。その時は戦闘中で、パニクってて、深く考えもしていなかったけど……
「人間たちの世界には、人間たちの決まりや誇りがあるでしょう。わたしも少しは知っているわ。でもそれって、今のあなたに何の関係があるの?
今のあなたはわたしの下僕で、すでに人間ではない。
そしてここは、あなたの知っている世界でもない。
あなたは他人の目や常識を気にしているようだけれど……」
彼女が、はっきり言った。
「――あなたの言う〝他人〟って、どこにいるの?」
それは、衝撃でしかなかった。
冷静に考えれば当たり前のことなのに、俺はそんなこと微塵も考えていなかった。
俺の言う〝他人〟は、俺のことを知っているひと。俺が男だと、成人してると知っているひと。ぬいぐるみなのは、少女趣味のセリフを吐くのはおかしいとわかっているひと。
――彼女の言う通りだ。
ここは異世界で、俺はまったく違うものに生まれ変わっていて。
俺を知るひとは、恐らく彼女しかいなくて。
それなのに、一体だれが俺を〝成人した男〟だと見てくれるんだ?
「わーあ! 相変わらず辛辣だねー♪」
突然、若い男の声が降ってきた。
反射的に顔を上げれば、いつの間にそこにいたのか、器用にも木の枝に寝転んだ少年と目が合った。十歳くらいの少年で、薄い緑色の髪と目を持ち、小さな四角い帽子を頭につけ、神官ふうの白い貫頭衣に身を包んでいる。顔立ちも体格も普通の外国人っぽいが、その背には白い大きな翼が生えていた。
にっこにっこ笑っている少年に驚くことなく、クロエは彼に目をやると、
「奇遇ね、ニーヴ。わざわざ茶化しに来たのかしら?」
「そんなわけないでしょー? 君をからかっても良い事なんて一つもないもの。たまたま仕事先が一緒だっただけだよー。そんでたまたま見つけたのー」
「仕事先が一緒……?」
訝る彼女に、少年は片手をひらひら左右に振って、
「この世界に来た魔王がね、ぼくの担当もいじめてるんだよ。でもまさか、クロエルに会えるなんてねー。今回のは大変かなーって思っていたけど、君がいるなら楽勝だね」
言いながら飛び降りる。背中の翼が少しだけ動いて、足音すら立てずに着地した。
どうやらあの翼は服の装飾とかではないらしい。
少年は次に俺の前までてけてけ歩み来ると、
「そんなことより、クロエルが相棒を作ったって本当だったんだね」
「相棒じゃないわ。下僕よ」
即、訂正する自称女神。
そんな彼女を困ったように見やり、
「どっちでもいいよー。でも、これから一緒にいるんでしょー? もっと優しくしなくていいのー?」
「何言ってるの。わたしは十分優しいでしょう?」
「いやぁー、君の優しさはズレてるし……伝わりにくいからなぁ」
少年はぽりぽり頬を掻き、俺に向いてにっこり笑う。
天使……
まさしく天使がここにいる……
荒んでいた俺の心が浄化されていくのを確かに感じる。俺はロリ属性もショタ属性も持ち合わせていないが、彼に対しては好意を超えて崇拝の域にまで達しそうだ。
「目的は同じなんだから、ぼくも一緒に行っていいよね?
というわけで自己紹介!」
クロエの返事も待たずに決定すると、少年は自分を指差した。
「ぼくはニーヴ。〈鳥〉担当の男神だよ。『ブ』じゃなくて『ヴ』だから間違えないでね。まぁ、間違えても気にしないけど。
それで、君の名前は?」
「ユキノン、よ」
俺が答える前にクロエが答えた。
少年は明るく笑い、完全に置いてけぼりにされている俺に抱きついて頬ずりしてくる。
「見た目もかわいいけど、名前もかわいいね! よろしくユキノン♪」
「あ、えっと……よ、よろしく」
戸惑いつつもなんとか返事をすると、クロエは目でニーヴを差し、
「ユキノン。先に教えておくけれど、今あなたに見えているニーヴは本当の姿ではないわ」
「え、どゆこと?」
「そうね、簡単に言えば……神々の姿形はそれぞれ異なるの。人間担当なら人間の姿に、鳥担当なら鳥の姿に。でもそれだと言葉が通じなくて、同じ担当の者同士でしか意思疎通が出来ないから、最高神のお力で担当している種族の姿に〝見える〟ようにしているの。
つまり、あなたは人間担当であるわたしの下僕だから、なんの神であってもどんな姿をしていても、その姿は〝人間にしか見えない〟ってことよ」
「そーう。だからぼくはクロエルが鳥にしか見えないんだよー」
ニーヴが俺から離れて、クロエに向けて片手をぱたぱた振る。
俺はしばし考えて、
「ってことは、もしかして…………ニーヴには、俺は人間に見えてる⁉」
「え? 君、人間だったの?」
わずかな期待は、本人の驚きによって否定された。
思わず、違うんかいっ、とツッコミを入れてしまった。
「あなたの姿は鏡で見たあのままよ。だってあなたは神ではないもの」
心底呆れた様子で補足する彼女。さいですか。
あー……でもそっか、ニーヴが『見た目もかわいい』って言ってたもんな……地味な男(生前)がかわいいわけないもんな……
やっぱり今の俺はぬいぐるみにしか――
「あらー? ユキノン、まぁたしょげてるのー?
クロエルにいじめられたのがよっぽどつらかったんだねー。よしよし」
またまた俺に抱きつき、頬ずりするニーヴ。
ぬいぐるみのせいで表情ひとつ変えられないのに、彼にはわかってしまうらしい。好感度がカンストしそう。
クロエが少しだけ苛立った様子で、ふいっとそっぽを向く。
「別にいじめてないわ。いつまでも過ぎたことばかり考えているから、先のことを考えなさいって親切にも忠告してあげただけよ」
「あぁ、それは大事だね」
上から目線なことばにもニーヴはあっさり納得すると、俺の胸に額を当てた。
「ぼくは人間のことはよく知らないけど――
せっかく生まれ変わったんだから、どうせなら楽しみなよ。
世界は広くて、不思議で、面白くて、美しいんだから」
言うなり離れて、くるりと一回転してにこりと笑う。
「それに、神の相棒になれるだなんて、これ以上名誉なことはないよ。ぼくもだけど、神は普通単独で動くから、相棒を作るのなんてよほどの変わり者だけなんだ。中でもクロエルは、性格と趣味はちょっとおかしいけど、実力は文句なしの超一流だし。
――だから、君はとても運がいい」
◇ ◇ ◇
「……納得いかないわ。わたし、前に同じことを言ったはずよね? このわたしが慰めてあげた時は受け入れなかったのに、どうしてニーヴのことばは受け入れるのよ?」
「人徳の差ってやつだ、高飛車女。ニーヴ様バンザイ」
ニーヴの後ろから、彼女に向けてしっしっと手を振る。
――俺はついに、ぬいぐるみであることを受け入れた。嘆くより、今を受け入れて楽しむ努力をすることに決めた。俺が気にしていたことは、本当に俺だけしか気にしていないことだと理解出来たから。
「俺はもう吹っ切れたもんね。戦うのは別にいいけど、性悪なあんたにへこへこすんのはもうやめる。やめてやる。戦ってほしきゃ誠意を見せるんだな。でないと、まるまって動かないことにするから。セリフも変えないと嫌だから」
「いい度胸ねユキノン。このわたしにそんな態度を取るなんて」
「ふ、ふんっ! 忘れたかもしれないけど、最初から俺はこんな感じだった!」
「なんでもいいけど、ニーヴの後ろに隠れるのはやめなさい。みっともない」
呆れた眼差しを向けてくるクロエ。
反抗してはみたものの、あの痛覚攻撃は恐ろしいのだ。小さい子にしか見えないニーヴの後ろに思わず隠れてしまうほどに。むろん、ほとんど隠れられていないが。
「だって、ニーヴ様の方がいい。俺はニーヴ様についていきたい」
「やー。懐かれるのは嬉しいけど、クロエルから相棒を取る気はないかなー。ぼくは相棒とかいらないし、クロエルに恨まれるのは御免だし。
ここの魔王が厄介だから、今回は手を組もうと思ってるだけなの。これが終わったらさよならするよー」
「いきなり冷たい!」
「ごめんね。でも、クロエルの方が絶対にいいよ。彼女なら負けることはないから」
ニーヴが俺を見上げてにっこり笑う。
「わかってるじゃない、ニーヴ。褒めてあげるわ」
「クロエルに褒められるなんて光栄だなー」
同じ神に対してもこんな態度の彼女に怒るどころか、セリフ通り嬉しそうにくるくる回って踊る彼。
どうやらクロエは、俺が思っているよりも高い地位にいるようだ。高慢でも許容され、敬われるほどの。
――というわけで。
「わたしに逆らって、ただで済むと思ってるの?」
「………………ごめんなさい」
ニーヴが庇ってくれることもなく、パワフルな野郎に全力でげんこつされたような痛みを与えられ、俺は泣く泣く平伏した。技のセリフが変わらなかったことは言うまでもない。
無謀だとしても、いつか彼女に勝ちたいと思いました。がんばろうと思います。
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