1-3 説明してよ女神さま
原理としては、彼女の決めたセリフがトリガーとなり、俺に付与されている術式が発動。それが俺の両手(セリフを変えれば足でも頭でも)に、触れただけで相手に超超強烈なダメージを与える謎の力を宿らせるのだという。
そしてモンスターは魔力の塊みたいなものなので、倒しても死体は残らないらしい。
「ふぐううぅぅぅ……うううぅぅぅ……」
「なに情けない声出してるのよ。もう痛みは与えてないでしょう?」
ごめん寝ポーズで嘆く俺の後ろから、ため息交じりで言う彼女。
恐らくでかいしっぽが天に向かって立っていることだろう。情けない姿だが、今はそんなこと気にしてられない。
一時でも、恥を捨て、プライドを折ってしまったことへの後悔が、痛覚攻撃を乗り越えた俺を蝕んでいるのだ。
俺はさっき言ってしまった。
あの恥ずかしいセリフを言ってしまった。
それがショックすぎてたまらない。
涙は出ずとも、嘆き悲しむことは出来る。
というか恥ずかしくて消えたい。今すぐ消えたい。俺の黒歴史がひとつ増えた。時々思い出して、そのたびに死にたくなるんだよマジで。
「…………まったく」
ふん、と鼻を鳴らした自称女神の足音が森の方へ移動する。
「〝ツェイン〟」
なぞのことばが聞こえた途端、俺の視界いっぱいに広がるぺちゃんこになった花たちが――まるで逆再生のようにひょっこり起き上がり、閉じられない俺の眼に向かってくる!
「ぶわぁっ!」
びっくりして身を起こして、気付いた。辺りの花々すべてが、先程の戦い、もしくは俺の転がりで潰される前の状態にまで戻っている。
「え……? あ? え?」
尻もちをついて茫然とする俺の前に立ち、自称女神は思案顔を作った。
「うーん……」
これはさすがに、今起こったことの説明をしてくれるのでは――
「作った時はいいと思ったけれど、さっきのモンスターと似たような色って考えるとすっごく嫌だわ。色変えましょう」
デスヨネー。
「か、変えるって……俺の?」
「それ以外にあると思うの? だとしたら低能すぎるわね」
歯に衣を着せるとか、人に気を使った優しい言い方とか出来ないんか。もはや怒る気にもならん……
自称女神はしばし悩み、視線を彷徨わせ――
ふと、ある一点に目を留める。
「あぁ、あれがいいわ」
見ているのは、薄いピンク色の花びらを持つ小さな花。
続いて俺を指差して、
「〝ロウルィスティンサー〟」
聞くのは二度目の呪文を唱え、またしても俺の周りに光る八芒星が現れ消える。
そして気付けば俺の体――もとい、ぬいぐるみの布地の色が、茶色から薄ピンク色へと変わっていた。但し、腹の白い楕円はそのまま。
あー……ファンシーさが倍増した……
「さ、行くわよユキノン。早くしないとまたモンスターが来るわ。
それに、日が暮れる前には見つけたいし」
一方的に言い捨てて、すたすたと崖の縁を歩いていく。
俺は慌てて立ちあがり、生き返った花畑を避けて彼女の後を追いかけた。数歩後ろを歩きつつ、崖下と森の奥とを交互に見る。見える範囲はすべて木と土、たまに花。
「あの、め、女神さま」
おずおずと声をかけると、彼女はぴたっと足を止め、振り向いて俺にジト目を向けた。というか彼女、この不愛想な顔からぜんぜん変わらない。
「……さっきも思ったけれど、そう呼ぶのはやめなさい。
人間に向かって〝人間様〟って呼ぶのと同じようなものよ、それ」
「え、そうなの?」
「女神というのは相称だもの。万物それぞれに神がいるけれど、その中で性別があるもので、さらに女性をまとめた呼び方になるわね」
「な、なるほど……
でも、じゃあなんて呼べば――」
「クロエルフィア」
…………今のって……名前? いや、またなんかの呪文か?
「く、くろえる……? また魔法ですか?」
「わたしの名よ。長ければ『クロエ様』か『クロエル様』とでも呼びなさい」
誇らしげに胸を反らして言うと、くるりと反転して再び歩を進める。
俺は少し驚いた。
名前はあっさり教えてくれるのか、と。
俺も再び歩きだして、
「じ、じゃあ……クロエ様」
「何よ?」
つっけんどんな言い方だが、さっきまでとは声音が違う。気のせいかもしれないが、ちょっとだけ声が柔らかくなった。
もしや今機嫌がいい? なんで?
「その……日暮れまでに見つけたいって、何をですか?」
「決まってるじゃない。人間の住処よ」
「町……ってこと? そこで何するんです?
あ! もしかして、仲間を探すんですか? それか、宿を取るとか? その前に、女神って人と同じように寝たり食べたりするんですか?」
「そんなわけないでしょう。わたしたちは生き物ではないのよ。まぁ、趣味で飲食したり眠ったりする者もいるけれど。
それと、人間を引き連れて何の意味があるの。ただの足手まといじゃない」
相変わらず言い方がひどい。
「じゃあ何の目的で?」
「人間の住処を探すのが一番手っ取り早いのよ。情報を集めるには」
「え、情報?」
俺は少し考えて、
「魔王の……弱点、とか?」
「あなたやっぱりバカなのね。そんなもの人間が知っているわけないでしょう」
呆れたように応えながら、三メートルはある段差を軽やかにジャンプして飛び降りて、スマートに着地する彼女。
対する俺はというと、周り道が出来ないか辺りを見て、ここが一番マシな段差だったので、仕方なくおそるおそる足を踏み出し、なんとかでっぱりを使って降りようとして、結果すべってころころ転げ落ちた。
そんなみっともない姿を肩越しに見た女神さまは、
「…………」
なんも反応せずに顔を前に戻して歩きだした。
くっ……笑われるより心にくる。体は痛くないけど心が痛い。
超恥ずかしい。
頭を抱えてうずくまりたい気持ちを抑え、彼女を追いかける。
「わたしが知りたいのは魔王城の場所よ」
「……え。女神なのに知らないの?」
「残念ながら、そこまで万能ではないの。というか、万能だったらこんなどこかもわからない場所に降りないで、魔王城前に降りるわよ」
どういうことかわからなかったので詳しく聞いたら、なんと素直に説明してくれた。やっぱり今は機嫌がいいようだ。
曰く。
女神たちの住む天上世界から地上に移動することは可能なのだが、どこに門を出すかは選べないらしい。さらに、同じ世界内に門を出すことも出来ないらしい。
つまり、移動自体は天界を跨げば出来るけど、行き先は完全にランダムだということだ。なんという不便さ。すごいのに不便。
そういうわけで、魔王城の場所を突き止めることが今後しばらくの目的になるんだと。
「その辺をうろついている雑魚たちが言語を理解すれば苦労しないのだけど……そんなモンスターほとんどいないのよね。幹部レベルなら話は変わるけれど、数が少ない上に個人行動をする輩が多いから、魔王城を探すのと同じくらい見つけるの大変だし。
それに比べて、人間は国だの町だのと、大人数で集まって暮らすでしょう?
気配が集中するし、目立つ建築物を作る場合も多い。だから比較的見つけやすい。そのうえ被害にも遭いやすいから、モンスターが来た方角だったり魔王のことだったり、何かしらの情報を得ている可能性が少しだけある。
――ここまで言えば、合理的だとわかるでしょう?」
「あ……はい。でもその言い方だと、被害に遭ってる方がいいって聞こえるんですが……」
「襲われたことのない人間が、魔王やらモンスターやらの情報を持っているわけがないでしょう?
但し一つ訂正なさい。情報は欲しいけれど、そのために被害に遭え、とまでは言っていないわ。あくまで情報を得てそうな住処を探す、ということよ」
それを聞いて、俺は即座に心の中で謝罪した。
このひとはクズじゃないかと。魔王さえ倒せれば他はどうでもいいと思ってるんじゃないかと。人を助ける気なんて本当はないんじゃないかと。
一瞬でも、そう思ってしまった。
さすがにこれは反省。早とちりをするところだった。
「まぁ所詮人間なんて無力で哀れな生き物。大して期待はしていないけれど」
…………
こーゆーさぁ……舐めまくった態度っつーか……完全な上から目線で言うからさぁ……
クズだとか人でなしとかって思っちゃうのもさぁ……仕方ない気もするんだよなぁ……
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