1-2 性格わるいよ女神さま

「さて。名前も決まったし、出発したいところだけど――

 あなたがちんたらしているから、来ちゃったじゃないの」


 傷心中の俺に『ちんたら』とか言う思いやり無し女が、森の奥を見て不満げに言った。


「来たって……ま、まさか」


 嫌な予感が脳裏をよぎり、俺はすぐさま立ち上がる。自称女神と同じ方を見れば、


「……あ、かわいい」


 遠くの木々の合間からまっすぐこちらを覗いているのは、サルをかわいくデフォルメしたような生物。数は三体。大きさはいまいちよくわからないが、多分中型犬くらい。


 サルたちは俺と目が合う(実際に合っているかは不明)と、ひょこっ、ひょこっ、と少しずつ近付いてくる。


「この世界の動物かな? 異世界にも似たような生き物がいるんだな」


「あれはモンスターよ」


「え、あれが?」


 もしやこの世界はファンシーで構成されているのでは。それなら勇者がぬいぐるみってのも、まぁ有りかもしれない。自分がそれなのは嫌だけど。


「あんなかわいいのがモンスターな……の……」


 笑い飛ばそうとした声が、驚愕で勝手に消えていく。


 かわいいサルたちは瞬時に変化した。


 図体が今の俺よりでかくなり、全体的な印象はほぼゴリラ。顔も凶悪でしかない。腕は細いままだが足がやたら太く、片方でもごつい大男が収まるんじゃないかというほど。手には長く鋭い爪が四本ずつ。あだ名は下半身筋肉だるまで決まりだ。


「油断させるために擬態するやつもいるのよ。覚えておきなさい」


 自称女神が淡々と解説している間に、足太ゴリラたちは強靭な脚力を見せつけるようにスピードアップし、行く手を阻む草木を粗く削りながら迫り来る。



 選択肢は三つ。


 一、逃げる。

 二、勇者ポジションのはずの俺が頑張って戦う。

 三、出番ですぞ女神さま。





 俺は迷わず三を選んだ。


 ずさっと大きく後ずさり、自称女神から距離を取る。そして両手をさっと足太ゴリラたちに向け、全身で『どうぞどうぞ』ジェスチャー。


 自称女神はそんな俺にジト目を向け、


「戦うのはあなただって言ったでしょう。行きなさい、ユキノン」


「冗談だよな女神さま⁉ アレ! アレ見える⁉ このやわらかボディを容易く引き裂けそうなあの爪とか! どう考えてもぬいぐるみの出番はな……なんでぇぇぇぇぇっ⁉」


 なぜだか足太ゴリラたちは自称女神には目もくれず、俺に向かってジャンピングタックルをかましてくる。咄嗟に横っ飛びで避ける俺。よく避けた俺、すごいぞ俺。


 ってかなんで全員俺狙い⁉

 すぐそこに麗しい美少女がいるだろ美少女が!

 あれか⁉ 似たような色してるからか⁉


「あばっばばばあああああっ!」


 変な叫びを発しつつ、俺にしては素晴らしい動き(決して奇妙な踊りではない)で、足太ゴリラたちが次々と繰り出してくるパンチやキックをなんとか避ける。


「あ、そうそう。あなたには敵を引き付ける効果を付与したから、ある程度近付いたモンスターは優先的にあなたを狙うわよ。その方が戦いやすいでしょ」


「ざっけんなあほぉぉぉぉっ!」


 思わず本音がポロリ。


 飛び込んだり、木を盾にしたりして、頑張って避けている俺に対し、なんたる非情なカミングアウト。


 正直、自称女神こんちきしょーに思いっきりぶちかましをかけたいところだが、残念なことに今の俺にそんな余裕はない。


「しっ! しぬっ! こんなの死ぬって――――あ」


 終わった――


 足太ゴリラAの突進を避けた瞬間、その後ろにいたBのジャンピングパンチがモロに決まった。それも胸に、腕が半分埋まるほどに深々と。


 いや、むしろよくこれだけ避けた……俺すごい……

 しかしこれで第二の人生も終わりか……短かったな……

 さすがに胸を貫かれたら――いや待て。今の俺ぬいぐるみだったわ。心臓とか無いわ。一瞬自分が生身だと思ったわ。


 俺が尻もちをつくまでの短い間に、足太ゴリラBが弾けるように後方に跳んだ。ギャオギャオ鳴くBの右腕は長さが半分になっていた。なぜに?


 シュインッ

 謎の小さな音が鳴る。


「……?」


 胸に開いたはずの穴が無い。わけがわからない。


 呆けて動かなくなった俺に、足太ゴリラAとCのパンチやキックが打ち込まれる。


 シュインッシュインッ

 謎の音が鳴り続ける。


 気を持ち直したゴリラBもタコ殴りに参加。


 崖の方に吹っ飛ばされそうになり、慌てて近くにあった切り株にしがみつく。現在進行形でサンドバッグの如くボコボコに攻撃されているのだが、痛みはゼロだし衝撃もそよ風に当たる程度。その上、ゴリラたちが視界の中で必死に暴れているのに、俺の体はなぜかボロボロにならない。爪で裂かれても抉られても、腕や足がもげても、すぐに元通りになる。


 一秒ごとに鳴る『シュインッ』という小さな音とともに。


「…………女神さまー。どーなってるんですかこれ?」


 周りの音に負けないよう、大声で問いかける。ぼすぼす殴られ続けているが、俺の声が震えたりとか、声が出しにくかったりとかはまったく無し。


「どうなってるもなにも……

 あなたの体が常に最高品質――作り立てほやほやの初期状態を維持するように設定してあるだけよ。一秒経過するごとに初期状態まで復元されるの。つまり、いつまでも綺麗で清潔な新品のままってこと。うるさいから普段はその音消してるけど、戦闘時くらいは出ててもいいからそのままにしたのよ。因みに、あなたの体内に入った〝異物〟は復元の邪魔だから消滅するようにしたわ」


 などということをあっさりはっきり答える女神さま。


 どうやら、俺は思い違いをしていたらしい。

 この女神さまはとてもすごいお方だったようだ。


「血も通ってないその体が、傷付いたり穴が空いたりしただけで死ぬと思ってたの?

 愚かね。あなたはこのわたしが丹精込めて作り出した下僕。そう簡単に死ぬわけないじゃない。

 わたしが存在している限りあなたが死ぬことはないから、安心なさい」


 ……マジか。ってことは実質、今の俺って不死身……? マジでか。


「そんなことより、早く倒しなさい。ゴゴリラなんて初級モンスターよ。

 初めての戦闘だから今日は許してあげるけど、そんな雑魚に時間をかけるだなんて、今後は絶対に許さないから」


 偉そうな物言いは、今ばかりはスルーするとして。

 なんかすげー単純なネーミングが聞こえたぞ。


「ゴゴリラってー、こいつらのことですかー?」


「そうよ」


 なんて覚えやすい名前……


 俺たちの会話に一切興味を持たず、俺をボコり続けているところを見るに、恐らく知能は高くない。だが力が強い。少なくとも攻撃され続けている間は動けそうにない。


「でもそのー、倒せって言われても困るんですよー。俺ケンカもしたことないんですよーマジでー。今だってー、立つことも出来ないんですけどー」


「……まったく、しょうがないわね」


 女神さまはでーっかい溜め息を吐くと、優雅に腕を組んだ。


「〝フラワーシールド〟と唱えなさい」


「……ふらわーしーるど?」


 思わずおうむ返しで訊くと、なんと驚き。


 ぶわーっと、足元から現れたたくさんの黄色い花びらたちが、俺を囲むように舞い踊る。それらはキレイなだけでなく、ゴゴリラたちの攻撃すべてを完璧に弾き返している。まるで見えない壁が出来たかのようだ。


 それでもゴゴリラたちは、なんとか当てたい、とでも考えているのか攻撃の手を休めたりはしない。横から見ると多分パントマイム大会になってると思う。


 そして女神さまは次に、とんでもないことを言いやがる。


「必殺技は〝もふもふ、キューティーパンチ〟よ。可愛らしく唱えながら殴りなさい」




 もふもふ、きゅーてぃーぱんち。

 もふもふ、きゅーてぃーぱんち。




「なんだそれ⁉ ばっかじゃねぇの⁉」


 ことばを理解した瞬間、気付いたら怒声を上げていた。


「男だぞ俺は! そんなの言えるか! ってか女でもきっついわ! 小さい子ならいいだろうけど!」


「何を言ってるの。今のあなたはぬいぐるみなのよ。性別なんてあるわけないじゃない。

 あなたの思っている体は過去のものよ。すでに焼却されて土の下なの。

 生まれ変わったのだから、前世のことなんて忘れなさい」


 呆れ全開で、非情で冷淡なセリフを吐く人でなし女。少しは敬おうと思った俺の純粋な気持ちを返せ。


「それより早く。普通に殴るだけだと、見た目通り威力はないからね。ちゃんと唱えないと倒せないわよ」


 そんな男のプライドを切り刻む恥ずかしいセリフを言ったところで倒せる気がしないのだが、人でなし女の鋭い目が、俺に選択権など無いことを物語っている。


 言うしか…………言うしかないのか……


 俺はゆっくり立ち上がった。


 がんばれ俺がんばれ俺がんばれ俺がんばれ俺がんばれ俺……




 よし! 後で泣こう!


「もふもふ! キューティーパンチ!」


 覚悟を決めてプライドをへし折り、恥ずかしいセリフとともにゴゴリラAの腹に右ストレートをぽふっと打ち込む。


 途端。ゴゴリラAは声も無く、風船の如く爆発四散した。


 …………ファッ?


 続いて、びっくりしたらしく身を引くBとCにもパンチを当てる。ぽふん、と軽く当たっただけなのに、どちらもAと同じく爆発四散した。死体は微塵も残らない。


「…………えーと……」


 呆けている間に花びらたちが宙に溶けて消える。

 しばらく続いた戦いが終わり、辺りには静寂が戻った。


「ふむ」


 人でなし女の声がして、無意識にそちらを向く。

 彼女は顎に手を当て黙考し、


「〝もふもふ、キューティーパンチ〟だと微妙ね。

 次からは〝もっふりんりん、フェアリーパンチ〟にしましょう。あともっと可愛く言って」


「はっ倒すぞ⁉

 ――あ、いたいいたいいたいいたいごめんなさい嘘です冗談です!」


 再びやられた痛覚攻撃に為す術もなく、俺は地面を転がり回った。

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