第9話 微睡む魚

翡翠と月路はカウチで二人、狭く抱き合うようにして微睡んでいた。温室の温かさに汗ばみ、触れる肌は溶け合うようだったことを覚えている。

「ねえ、翡翠ー…。」

「何?」

「今日、満月ですごく明るいね。物陰がね、すごく濃い。」

「そうだねえ。」

月路の髪の毛を一束すくい、翡翠は指にくるくると巻いて弄ぶ。それを月路は甘んじて受け、うとうととしていた。

「今、何時?」

翡翠に問われ、月路はスマートホンを確認する。

「今?えーと、夜の2時過ぎだよ。」

「そう…。もうそんな時間か。」

「夜更けだねえ。」

月路は翡翠の眠そうな声を聞いて、くすくすと笑った。翡翠も、ふふ、と吐息を漏らす。

「もうこのまま、寝ちゃおうか。」

ごそ、と体勢を変えるように、翡翠は身じろぎをして月路に提案した。

「それも…、いいかな。」

身体の痺れは甘やかで、その波は穏やかに寄せては返すようだった。眠気は徐々に深くなり、やがて抗えない欲となる。


その日の夜、月路は夢を見た。水の中だったと思う。昔から空を飛ぶ夢は見ないが、水中で呼吸ができる夢を何度も見てきた。恐らく、前世は魚だったんだと思う。

ゆらりと揺れる光の白い筋の狭間を泳ぎ、指先でなぞり底の砂を舞いあげる。とても静かな世界で自分の呼吸する音や心臓の鼓動以外、何も聞こえなかった。


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トータ・プルクラ・エス・マリア 真崎いみ @alio0717

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