坂を登って
サーム
第1話
「うわっ! すごい坂ね! ほんとに神戸って、坂道ばっかりね。」
君は、帰って来るたびにそう言う。
「そうなんや、坂ばっかりや、山と海が近いからな、坂道に街ができてるんや。住んでた時は、なんにも思わんかったけどな。たまに帰ってくると、ほんま坂ばっかりやな。」
僕は、聞かれるたびに同じように答える。
この街に住むオカンは、何回も同じことを聞き、そして、同じことを話すようになった。そして、オトンは、鼻に管を付けて寝ている、そうしないと生きていられなくなった。
この街を出て、もう何年になるのか? 最初の会社に就職して、大阪で3年、その後転勤になって、東京で5年一人暮らしをして、結婚して転職して埼玉で25年、ということは33年も経つのか。
銀行にお金振り込んで、晩飯買ってくるから、と言うと、「ええで、私行くから。」というオカンをなんとか制止して、「えらい悪いなあ。」と言うオトンに、銀行の場所を確認して、実家を出た。 こうして一人で歩いてると、なーんにも変わらんように感じるけど、当然ながら、街並みはかなり変わっている。昔のまま残ってる家やビルよりも無くなったものの方が多いかもしれない。でも、何故か昔のまんまのような気がする。この細い路地を過ぎて、左に曲がると、ほら、小学校の校庭の横や、近道なんだよな、ここ。それから一段と急な坂道を下って行くと、商店街のアーケードがあって、うわっ! なんやここの商店街ほとんど店閉まってるやん。通り過ぎると、あっ! あいつの家このへんやったよな? いつまでも覚えてのは、なんでやろ? あいつとも33年以上会ってないわけやし、生きてるのか死んでるのかも知らんのに。
それにしてもこの公園、こんなに狭かったんや! こんな狭いとこで野球したり、鬼ごっこしたりしてたんだよな。あの頃はここで、こんな狭いところで、嬉しくて喜んだり、悔しくて泣いたりしてたんやな。皆んな今どこでどうやって生きてんのやろ? 何人かは年賀状のやり取りはあったけど、何年か前からそれも無くなった。
ただひたすら坂を下って、銀行に着いた。用事を済ませて、帰りにコンビニで晩飯買って帰る。帰りは逆にひたすら登り坂や。
「自転車なんか乗れないよね? こんな坂登るの大変だよね?」
君に言われて、なんか大切なもんにケチつけられたみたいな気持ちになって、
「何言うとんねん! あのなあ、僕は、ワイルドセブンの"世界"の役やったんやで! 小学校の時は、自転車でこの辺走り回ってたんやで!」と僕は、ムキになって言い返す。
「ワイルドセブンって何?」って聞かれて、「ワイルドセブンはなぁ、オートバイ乗って悪もんやっつける7人組の話や、オートバイの代わりに自転車...」 必死で説明したけど、君は、途中から聞いていない。
コンビニ探しながら坂をひたすら登る。すると、通っていた中学校が見えた。校門に繋がる最後の道が、ここも一段ときつい坂になっている。この坂を何回も登ったんやな、でも、何故か、今でも思い出すのは、あの日。必死で駆け下りて、家まで走ったんや。猪木対アリ! どうなるんや! どっちが勝つかな? やっぱり猪木やろ! あんなにワクワクしたんは、生まれて初めてやった。今でも、なんかこの坂見てたらワクワクしてきてしもうたわ。
中学校の校庭を横切って、また、坂道に出た。たぶんこの坂の上にコンビニあったはずやと思って、坂を登る。それにしても、すごい坂や、あの頃とは違って堪えるわ。あー、やっぱり神戸は坂道でできてるんや。
どっこいしょ、よいこらせ、どっこいしょ、もうちょっと、がんばれオカン! がんばれオトン! がんばれ自分!
あー、やっと登り切ったで! もうちょっと行ったらコンビニあったはず...。あっ、あった!
晩飯買い込んで、家に急ぐ。僕は、この33年で何をしたんやろ? ちょっとは、成長したんかな? 誰かを幸せにできたんかな? まぁ、世界を変えることは、できんかったけど、君のことは、少しは幸せにできたんかもね。「えっ? どこが?」って言うかな? 「そうね!」って言って欲しいけど...。
さあ、最後の坂や! もうすぐやで!
どっこいしょ、よいこらせ、どっこいしょ、もうちょっと、がんばれオカン! がんばれオトン! がんばれ自分!
坂を登って。
振り返ってみたら、海が見えた。夕陽に照らされてキラキラ光ってる。カモメが飛んでるのも、ポートタワーも見えないけど、見えたような気がする。海の、潮の香りがしてくる。
海風で、汗が乾いていく。気持ちええ。
やっぱり、僕は、この街が、神戸が大好きだ!
さあ、オカンもオトンも君もお待ちかねや。おうちに帰るで。
坂を登って サーム @sarm1416
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