第6話 一日の疲れを癒やそう!

 その夜。宿に戻り、早速入浴した二人の会話はオオカミで持ちきりだった。

「あの灰色の駆ける姿!」

「子オオカミたちの可愛らしさ!」

「狩りと子育ての知恵!」

 思い浮かぶことを次々と言い合って盛り上がる。笑い声が絶えない。

 しかしふと、湯船に浸かりながら、エニスの目は宙を泳いだ。

「でも……わからなかったな」

 隣のコロンがエニスを見る。エニスはその目を見つめ返す。

「コロンちゃんの言った、『なぜ家畜を襲うのか』ということ」

 うん、うん、とコロンはうなずく。

「森の中は豊かで、食べるに困るようには思えないんです」

 実際、今日も鹿の群れを目撃している。

「それに、ヘルパーです。ヘルパーは序列が低く、エサをもらえないことだってあります。でも、あのヘルパーはしっかりエサをもらえていました」

「あの森にはネズミやウサギなどの小動物も多いわ。そう、獲物は豊富にあるの」

 コロンが身を乗り出す。

「ヘルハウンドとの縄張り争いが厳しいんでしょうか?」

「その可能性はあるわね、今、ヘルハウンドは森の外に出るほど活発だし……」

 凶暴なヘルハウンドと戦うよりは、人間相手に家畜を襲ったほうが良い――それはあり得る。しかし、それを見極めるには、彼らの縄張りの境界を探らなければならない。危険だ。

「ねえ、コロンちゃん。私に考えがあるの」

 エニスが少し難しい顔をして言った。

「あの森には、獣人の村もあるのよ。何か情報が得られるかもしれない。明日は、そこに行ってみましょう」

「獣人!」

 コロンの目が輝く。

「楽しみです! そういえばエニスさんはエルフなんですよね? 故郷は遠いんですか?」

「あ、ああ私? 私は変わり者の旅エルフだから」

 と、苦笑する。

「故郷は都なの。都は、いろんな種族が一緒に暮らしてるのよ。そう、エルフも」

 エルフ。エルフのカラダ。コロンの胸に、また「欲望」がわき起こった。

「エニスさん、私を長時間乗せてくれて、疲れませんでした?」

「え? そんな、大丈夫よ。気を遣わせちゃった?」

「いえ、そうじゃないんです。よかったら、疲れをほぐさせてもらえたらって」

 そう言って、コロンはエニスに身を寄せる。

 きめ細やかな白い肌。フィールドワークを主としているとは思えない美しさだ。

「そ、そう? じゃあ、ちょっとやってもらおうかな……」

 何やら照れながら、エニスは承諾する。

「それでは……」

 まずは肩。この辺がツボのはずだ。

「あ……そこ、すごくいい……」

 大正解。ほどよい力加減で、コロンはツボを刺激する。

「私、こういうの得意なんです。覚えてますか? 私の友だちの、飛竜」

「ええ、忘れられないわ」

「あの子にも、『ここがいい!』ってツボがあるんです。そうやって、仲良くなって」

 初めて会う異世界の生き物のツボがわかる、そんなことがありえるのか。しかし実際にあんなに仲良くなっていたのだ。それは、信じるしかない。

「逆に、『ここは触っちゃダメ!』ってところもあって、そこ触ると危ないんです」

 たとえば……そう言って、コロンはエニスの脇腹を指でなぞる。

「あっ!」

 バシャン! エニスが激しく動き、水しぶきが飛ぶ。

「もう!」

 顔を真っ赤にして、エニスがコロンのほうを向く。

「ごめんなさい」

 口ではそう言いながら、コロンは笑っているのだった。そして、その手に残った感触を確かめている。なめらかで柔らかく、弾力のある肌の、その感触を。

(あの耳も触ってみたい)

 エルフと言えば、長い耳だ。エニスもその例に漏れない。

(でもさすがに怒られちゃうよね)

 そこはコロンであっても、わきまえるところだった。そんなことを思っているうちに。

「じゃあ今度は、私の番ね!」

「え?」

 想定外。コロンにとっては、そうだった。何をされるのか、そう思ったとき。

 不意に抱き寄せられた。

「この世界、セレンティニアじゃ、家族はこうして抱きしめるの」

 心地よい、包まれるような感覚。

 幼くして両親を亡くしたコロンには、その感覚は記憶の彼方に消えていたものだった。

(あたたかい)

 コロンもまたぎゅっとつかむ。そのあたたかさを、確かめるように。

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ムツコロンさんは異世界特定外来種 学美ハズム @ii07bi

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