最終話 連絡を待ちながら

 こういう時は何かをして気を紛らわすに限る。

 そんな訳で冷蔵庫と冷凍庫を見てみる。

 メインは冷凍物だけれども肉、野菜ともにストックは充分。

 なら夕食でも作って待っているとするか。

 吉報が来る事を期待しながら。


 中3までは共働き家庭だったので家事もある程度出来る。

 勿論料理もだ。

 ストックの中身と相談した結果、夕食はクリームシチューとポテトサラダ、朝食は塩鯖を焼いたものと味噌汁に決定。

 なお超食分まで作っておくのは万が一の為ではなく以前の習慣。

 共働き時代は夜に全部作っておいて朝それぞれ食べてでかける形だったから。


 ジャガイモは皮付きフライドポテト冷凍、タマネギもスライスされた冷凍品を使用して、他も冷凍ミックス野菜で誤魔化す。

 肉も冷凍の鶏肉唐揚げ用があったからそのまま使用。

 大きめの分厚く深さがあるフライパンに冷凍タマネギとバターをぶち込み、混ぜながら解凍して、しんなりしてきたら他を入れて煮込み、最後に市販のルーを入れるだけ。

 ポテトサラダは冷凍マッシュドポテトと冷凍野菜を解凍してマヨと塩こしょうで和えるだけ。

 つまり料理本や家庭科で教わった事無視の、冷凍市販品を作った手抜きレシピだ。


 飯も炊いて明日の分の魚も焼いておいたが、まだ連絡は無い。

 時計はそろそろ午後6時を過ぎようかという頃だ。

 仕方ないからスマホでニュースを検索する。

 やはり期待したニュースは入っていない。


 父はだいたい帰りが遅い。

 だからもう食べて待っていよう。

 ラーメン丼に御飯を入れて、上からシチューをかけて、上の端にポテトサラダを載せる。

 洗い物節約の為のいい加減盛り付けだ。

 某掲示板やTwitterではシチューライスは邪道とされているのは知っている。

 でも俺は好きなんだ文句あるか!

 そんな訳で夕食を食べようとしたところだった。


 プルルルル、プルルルル。

 家の電話が鳴った。

 ダッシュで取る。


「はいもしもし」

「孝昭? お父さんいる?」

 母だ。


「まだ会社」

 早く用件を言え、遙香なのか。

 そう言いたいのを堪えてそう返答。


「そう。それじゃ帰って来たら私のスマホに電話入れるよう言っておいて」

 わかったから早くしてくれ。

 勿論遙香の名前は出せないけれど。

「わかった。それで急用って何だったの」

 つとめて平静な声で尋ねる。


「そうそう。何とね、遙香ちゃん、生きていたんだって。病院に運ばれた後手違いがあったらしくて別の病院に搬送されていて。それで今、純江おばさんと一緒に田間の病院まで来ているの。遙香ちゃんもあと2時間くらいしたら帰れるみたい。だからお父さんに車を出してもらおうと……」

 良かった。

 全て上手く行ったんだ。

 どうも最近涙もろくて困る。

 でも今は他に誰もいないんだ。

 泣いたっていいだろう。


「……ねえ孝昭、聞いているの」

「聞いている。とりあえずお父さんが帰ったら電話だろ」

 できる限りいつもの声でそう話す。


「そうそう。それでもう遙香ちゃんが生きているってわかって、もう純江おばさんも秀明さんももう……。聞いてる?」

「聞いてる」

 だから何でうちの母の口調はいつも通りなんだ!

 そう怒鳴りたいところだがその辺の理由もわかっている。

 母は何故かそういう反応が人より数テンポ遅れて現れるのだ。

 だから人が冷静さを欠いている時にはいつも通りで、皆が落ち着いた後に1人で騒いだりしている。

 だが今回のような場合はある意味便利だ。

 他が冷静でありえない時にいつも通りでいられるから。


「でもそういう場合なら直接父の携帯電話に連絡した方が早くない。これだけの特殊事情があればそうしても大丈夫だろ」

「ねえ、やっぱりそうかしら」

「絶対そうだから連絡した方がいいって。仕事が多い時は深夜になるんだから」

「わかったわ。それじゃ直接電話するから」

 電話が切れた。

 何だかなと思いながら受話器を戻す。


 さて、これで父が車を取りに帰ってくる筈だ。

 まだ仕事場なら到着まで1時間。

 それまでに飯を食べて遙香を迎えに行く準備をしておこう。


 着る物も多分ろくなのがないだろうから母の運動用ジャージでも持って行くか。

 下着とかは無視で、でもTシャツくらいは持って行こう。

 車もある程度整理しておかないとな。

 一応8人乗りワゴンだけれど、普段は3列目シートは畳んで父のアウトドアグッズを置いてあるから。

 でもその辺は父から電話があってからだな。

 母から電話があったらこっちにもかけてくるだろうし。


 俺は大急ぎで飯をかっこみながらそんな事を考える。

 あと他に必要な装備は何かないだろうか。

 車のナビにはスマホで病院の場所をセットしておいた方がいいだろうか。

 それとも今いるのは警察署の方だろうか。


 ちょうど丼を平らげたところで家電が鳴った。

 今度は少し余裕を持って取る。

「お父さんだ。実は遙香ちゃんが……」

 そうそう、本来はこんな反応が普通だよな。

 そう思いながら返答する。


「お母さんから聞いたよ。それで車を取りに帰ってくるんでしょ」

「そうだ。それで準備を頼む。お母さんより純江さんに聞いた方がいいだろう。変わって貰って」

「わかっているよ。車も全座席乗れるようにしておくし、目的地の病院も待合場所も聞いておくから」

「わかった。頼んだぞ」

 電話が切れた。


 さて、それでは準備をするとしよう。

 でもまずは食器を片付けてからだな。

 多分父が帰るまでそこそこ時間はある筈だから。

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魔法の夏 ~俺と先輩達と追いかけた何か~ 於田縫紀 @otanuki

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