神に愛された男
かずシ
神に愛された男
男は神に愛されていた。
といっても宗教の司祭であったわけではない。それどころか敬虔な信者ですらなかった。
神の存在が希薄になった現代に生まれ育ったその男は、他の若者と同じく神の存在の議論すらしたことがなかった。特に熱中する趣味があるわけでもなく、かといって仕事に励むわけでもない。一見すると彼はどこにでもいる現代の若者のように見えた。
しかし、あらゆる神々は彼を選び、愛した。男の一挙手一投足はすべて神々の寵愛を受けていた。
地方都市の隅の方にあるアパートの一室。
一人暮らしにはおあつらえ向きな小さな部屋の中、男は目覚めた。部屋は綺麗に片づけられているが、それゆえ、テーブルの上の雑誌と新聞が目立つ。
いつものように熟睡できた男は、すっきりとした顔で起き上がる。
安眠の神に愛された男は不眠症とは無縁なのだ。
布団の中で軽くのびをした男は枕元の時計を見る。時刻は日曜日の早朝。就寝から数えてきっかり八時間経っている。その男にとって、最も健康的な長さの睡眠時間である。
もっとも、健康の神に愛された男にとっては当たり前のことだった。
男は久々の休日にわくわくしながら窓を開ける。
天気の神様が休日を迎える男の為に用意した、雲一つない晴天。
小鳥がさえずり、爽やかな風が吹く。窓の外で道路沿いの木々がざわざわとざわめいた。
しばらくして、男は身支度をすると外へ出かける。趣味のない男は休日に散歩とジョギングをするのが日課なのだ。
空気の神様に愛されながら、朝のきれいな空気を肺一杯に吸い込む。
実にすがすがしい朝だった。
男は街の景色を楽しみながら近くの公園へと歩き出した。道路沿いに植えられた木々の合間から青く澄んだ空が見える。木漏れ日がキラキラと男に降りそそいだ。
景色の神様はここが腕の見せ所と、日常の風景を絶景へと仕立て上げた。
のんびり歩いてきれいな景色を充分に堪能したのち、男は近くの公園についた。軽くストレッチをすると、いつものようにジョギングを楽しむ。
運動の神様が微笑む中、公園内を軽く三周した男はもちろん怪我無くさっぱりした顔で帰路につく。
帰り道、木々を愛でながら歩みを進めていくと、家の近くの競馬場に大きな人だかりができていた。道行く人々の熱気を帯びたささやきが男の耳に入る。どうやら今日は大きなレースがあるらしい。競馬の経験はなかったが、興味をひかれた男は競馬場へと足を向ける。
賭博に関する神々もゆっくりと男に近づいた。
競馬場は大入りだった。
本日行われる大レースにむけ客たちは目が血走っている。
男はスポーツ新聞を買うと、競馬場内の椅子に腰かけ、さっそくその大きなレースの予想をはじめた。
知能の神様が男を抱擁し、思考速度は普段の何倍にも上昇する。
しかし男は数秒ほど新聞とにらめっこした後、うーん、とうなって消しゴムに数字を書いてサイコロのかわりにした。こういうことはいくら素人が考えてもむだである、と思ったのだ。こうなっては思考の鋭さは関係なくなってしまう。
知能の神様は残念そうな顔をして去っていった。
かわりにやってきたのはギャンブルの神様である。
男にむかって何やら怪しい祈祷をあげると、男の運は極限まで上がる。
消しゴムはコロコロと転がると断然一番人気の馬の番号を示した。男はその番号を新聞で確認すると、その馬券を買い、ドキドキしながらレースを待った。
昼過ぎ、ファンファーレが鳴り響きレースの開始を告げる。熱狂が競馬場を支配している。場内の客たちは口々に応援する馬の名前を叫んだ。
異様な熱気の中、各馬一斉にスタートをきる。男の買った馬は特に最高のスタートをきった。その馬は実力を見せつけるように、他の馬に影も踏ませぬ脚力で引き離していく。
ジョッキーの判断も的確だ。
スポーツの神様が彼に力を貸しているのだ。
頭はさえる。極限まで研ぎ澄まされた感覚で的確なタイミングで鞭をふるう。
あっけなくレースは終わった。
人生初の競馬で当たり馬券を掴んだ男は小さくガッツポーズをした後、さっそく換金に向かう。
勝利の神様に祝福されながら馬券を機械に入れる。
と、その時だった。また別の神々が愛する男にとりついた。
天界とはまた別の次元に存在する神々。すなわち貧乏神と疫病神である。
その神々はいつものようにその力をいかんなく発揮し、他の神様の力を打ち消していく。
結果は元返し。
返ってきたお金を見つめ、筋肉痛で痛みだした足を引きずりながら、誰に聞かせるでもなく男は一人呟いた。
「やれやれ当たったと思ったら元返しか。子供のころからなにをやっても平均ばかり、全くつまらない人生だ。いっそ、神にでも祈ってみれば何か変わるのだろうか。いや、神なんてものは本当はいないのかもしれないな」
神に愛された男 かずシ @kazushi1016
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます