第9話 ファーストキス

(嫌!!触らないで!!聴きたくない!!)


(……?…あ…れ?何も聴こえない…)

「里山さんだよね?俺、バスケ部2年の昼坂永人です。ごめんね。俺が悪いんだ…」

(ごめんね。俺が悪いんだ…)

「え?」

凛の頭には、口にする言葉と同じ声が流れていた。

「俺、知ってたんだ。将司が里山さんを騙してる事や、俺らの仲間が賭けの対象にしてるって事も…。俺…その時止めたんだけど、止めきれなくて…」

(あの時、反対したのが俺一人だったからって、止められなかったなんて言い訳、通用しないのに…ごめんなさい)

「昼坂…先輩は…止めて…くれたんですか…?それとも…今度は、昼坂先輩が私を騙してるんですか?」

「ううん」

(違う…でも、俺も同罪だ…)


その声は、間違いなく、永人の本当の声だった。

それだけは、凛にも分かった。


「うっ…ふ…あぁ…あぁああ――――!!」


凛は、心から泣いた。

永人の”本当”が嬉しくて。

永人の優しさが痛いほど心を包んでくれたから。


永人はへたり込んだ凛を抱きしめて、

そして、涙を流した。


「里山さん、本当にごめん」

(ごめん…ごめん…ごめんね)


永人は、賭けの為に将司が凛を騙している所を、いつも、いつも、遠くから見ていた。

そして、その都度、凛が見せる照れや、素直さ、純粋さを将司を介して、自分でも気付かないうちに、凛に惹かれていた。

しかし、悪夢のバレンタインデーまでに自分の気持ちに気付かず、凛が将司とキスをしている所を見て、初めて、凛が好きだ…と気付いたのだ。


永人は、自分を責めた。

(将司の事、里山さんは本当に好きだったんだな…。本当に信じてたんだろうな…。俺に出来る事があれば良いのに、何も思いつかないや…)

その心の声は凛に届いた。そして、


(好きだよ…。里山さん。好きなのに…里山さんの為に何も出来ないなんて…)

(…!)

「…昼坂先輩…嘘じゃないですよね?」

「え?」

「先輩、今心の中で私の事、好きって言いましたよね?」

「な…んで分かるの?」

永人は、突然自分の気持ちを凛の口から聞き、驚いた。


凛は、自分に不思議な力が宿った事をすべて、永人に話した。

それは、力の証明の様で、将司をどんなに好きだったか…と言う凛の心を吐露した長い物語だった。


うん。うん。うん。


永人はその言葉に、一つ一つを深く頷きながら、

泣いた。


その度、凛の中に入ってくる永人の心の声は、涙声で、優しくて、奇麗で、

嘘なんて何処にもなかった。


それは、その時間は、まるで永人に恋をしているかの様だった。


遠くから見てくれていた事。

こうして抱き締めてくれている事。

聴こえてくる声が、頭に優しく響いている事。

裏表のない、自分を好きでいてくれていると言う何よりの証。


それは、まるで好きな人に告白している様な感覚だった。



すべてを話し終え、凛はようやく我に返った。

「こんな事、信じてもらえませんよね?ごめんなさい…」

「信じるよ。里山さんの言う事だから。里山さんは、本当に良い子だから。本当に…」




その言葉に、凛は、永人の頬に手を当てて、目を閉じ、キスをした。


その瞬間、あれほど溢れていた、頭がぐしゃぐしゃになるほど、回っていた心の声が急に途切れた。



「先輩…今の…ファーストキスだと思って良いですか?」

「…うん。…好きだよ。里山さん」

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