第8話 救世主

その次の日から、凛は人が変わったように、”近づいてくれるな”オーラを放った。

少し不器用でも、挨拶と休み時間を一人で過ごさなくて良い程度の友達を作ったが、そのどの子とも一言も話さず、自分の机以外へは動かなくなった。

お昼も、静と食べるのをやめ、一人教室のベランダで体育座りでお弁当を食べた。


「里山さん、何かあったの?」

「えー知らない。でも、昨日バスケ部の先輩と話してたの見た人居るって」

「あー…あれだ。バレンタインだ。失恋でもしたんじゃない?」

「あ、ありがち」


こそこそと、噂があちこちに飛散していった。最初訳の分からない変貌だと思っていたが、数か月の間、将司とのやり取りを多数の生徒が目撃していたのもあって、凛の変貌は、”失恋”と言う理由で周りは納得した。

が、その内情、もっと細かな情報を、凛を好きだった男子、凛をウザがっていた将司のファンが知りたがった。


「ねぇ、里山さん、どうしたの?元気ないね」

と、挨拶と休み時間を一人で過ごさなくて良い程度に仲良くなった友達が、凛の肩に手をのせ、そう言ってきた。

(本当に根暗。金城先輩こんな子のどこが良かったのかな?ん?あ、そっか。良くなかったから振られたんだよね。ふふっ)

また、凛の頭に心の声が流れ込んで来る。

「触らないで!みんな大嫌い!!」

そう叫ぶと、教室を飛び出した。


(もう誰も信じない。これ以上、傷つきたくない。みんな表面では良い人の顔して、心の中は汚い感情ばかり…)


凛は、もう誰にも触れない。誰とも話さない。そう決めた。


「将司、良かったな。昼からプレステ5もらえるぞ!」

「…あぁ、だな。昼、誤魔化さずちゃんとよこせよ」

「ん?なんか調子わりぃの?将司、反応遅いじゃん」

「別に」


何だか歯切れの悪い将司の態度に、仲間たちは不穏感を抱いた。


その日の放課後、将司はホームルームが終わると、ダッシュで凛のクラスに向かった。


「凛ちゃん!」

「!」

将司は、教室を出る寸前の凛に間に合った。しかし、その呼び声を無視し、凛は急いで玄関へ向かった。

「待って!凛ちゃん!昨日どうして急に帰っちゃったの?何か誤解があるんだよ!ちゃんと話そう!チョコもありがとう!俺、ちゃんと食べたから!すんげー美味しかった!ありがとう!」

その言葉に、思わず歩みが遅くなる凛。

凛を追いかけて来た将司に、二の腕を握られると、否が応でも凛には、聴こえてしまう…。

(一度落ちたもんなんか食うかよ。一応賭けは俺の勝ちだけど、完全には堕とせてない。完全に堕としてこそ、俺の勝利だからな!)

凛は、震え、泣いた。

「凛ちゃん?」

「もう放っておいて!!」

将司の手を思いきり振り払い、将司を睨みつけると、思いっきり頬をひっぱたいた。

「最低…」

そう言い残すと、ふらふらと凛は、呆然とする将司の視界から消えて行った。


(もう嫌…。もう…こんなの嫌)

「里山さん?」

(?)

どこかで聴いた事のある声だった。そう、あの時だ。クリスマスのイルムネーションの事を書いて下駄箱に入れた日、教室で震えていたあの時の人。


地面にへたり込んで泣いている凛に声をかけたのは、永人だった。


心がボロボロになった凛に、永人は凛の手を広げ、ハンカチを持たせた。

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