第3話 出会い

「孤独やな~」


 龍樹の根元に腰を掛けておにぎりを頬張る。見上げると木漏れ日が朱璃を照らしてくれた。

 もう何度目かになる龍樹までの罰走も貴重な食事時間になりつつある。

というのも度々食いっ逸れる朱璃を見かねた調理員さんたちがおにぎりを作ってくれるようになったからだ。

 

 食欲はなかったが食べなくては倒れると無理矢理でも喉に流し込む。

 2週間になる訓練生活は厳しいなりにも慣れた。しかしそれは肉体的にだけで、時間が経つにつれ何より精神的に参っていた。孤独だと思わず口にしてしまうほどに一人でいることを苦痛に感じていたのだ。

 

 そう、2週間たっても朱璃は仲間に受け入れられなかったのだ。


 同室者の2人からは(主に美琳からだが)高貴な身分の方には声をかけられるまでは話しかけてはならないと釘を刺された。

 確かに祇国は貴族と庶民の間に身分制度的なものがあり現代の日本とは違う。しかし「話しかけてはならない」というほどではなかった。なのでこの世界にきて朱璃はそれほど苦労なく受け入れられていたのだが、武修院では違ったようだ。


 入隊式での将軍が言った「あらゆる人種、身分、性別、価値観関係なく全てを尊重し、敬意とともに接しなさい」という言葉は残念ながら実現してはいない。

ましてや今まで王族にでも気安く話していた朱璃にとっては、価値観も否定されたに等しい。


 多少は覚悟していたので諦めず、もう一人の同室者 蒼白蓮そうはくれんにこそっと話しかけてはみたが返事が返ってくることはなかった。いつも非常に困ったような顔をさせてしまい、罪悪感が湧いて話しかけるのをやめた。

 最近は物置部屋朱璃の居場所から出ることもなくひっそりと暮らしている。


 訓練生の中には貴族ではない人もいるはずなのだが基本関わってこないのだ。避けられているというか村八分状態と言ってもよいだろう。

 最近では小さな嫌がらせですら忘れられていないと安心する出来事になりつつある。


「今までが恵まれていたってことや。うん、恵まれ過ぎてた」


 もちろん、たった一人で異世界に来てしまってから辛いことや苦しいことはたくさんあった。それでも、助けてくれた桜雅たち、ここで生きるすべを教えてくれた景雪と琉晟がそばに居てくれた。


 何もしなくても何もできなくても与えてもらっていた。本当にありがたいことだ。だから自分はこの世界で生きてこれたのだと朱璃は心から感謝していた。

 そして、このまま与えてもらってばかりいてはダメだと、甘えてばかりいてはダメだと思い自分で決めて武修院ここに来たのだ。


 しかし、考えが甘かった。すぐにとはいかなくても友達はできると思っていたのだ。

 ひとりぼっちが長くなると自分はよそ者なのだということが骨身にしみる。自分は何の価値もない小娘なのだ。彼らが保護者だったから皆優しくしてくれたに違いない。権力のあるイケメン効果恐るべし。


 と、前向きなのが取り柄の朱璃が珍しく後ろ向きに考えるほどには参っていた。

 自分で何とかしなくてはならない事はわかっていた。が、今は何をしたらよいのか、さっぱりわからないのが本音だ。何とかしようという思いが強過ぎてか逆効果になっていた。さらに浮いて、そして罰走。

悪循環になっていることに気が付く余裕すらない朱璃であった。



「ごちそうさまでした。よしっ」

 気持ちを入れ替えるために何度か頭を振ってから勢いよく立ち上がり、龍樹に向き合う。

 今日は鍛錬が終了してから来たので時間は十分にある。最悪門限までに戻れば問題はない。帰りたくないが……。


「龍じい様、今日も少しだけ力を貸して下さい」

 パンパンと2回手を打つと朱璃はおもむろに大樹の後ろに回りこんでよじ登り始めた。


 自作の木登り用具を両手両足に装着しじりじりと登っていく。先日やっと一番下の枝(それでもマンション3階くらい)に手が届くなったので今日は降りやすくするため縄も持ってきたのだ。


「到着~……うわぁ」

 8~9mはあると思われる枝の上立つと身長分が上乗せされるためかなりの高さである。あまり高いところは得意ではなかったが、景色の素晴らしさにそんなことは忘れてしまった。


 何と言っても西の空が朱く染まっていたので夕焼けの髪の親友の事を否応にも思い出してしまう。

(みんなに会いたいな……帰りたい)

 声に出すのはやめた。声を出したら、きっと涙も一緒に出てくる自信があったからだ。


 絶対、泣かない。

 武修館に来た時に決めた。泣かないと決めた方が強くなれるが朱璃の信条だから。


 絶対、あかんって言わない。

 言葉は言葉の通りになるのだと、教えてもらったから。


 赤、黄、浅黄、緑、青、紫と移り変わる薄明の時まで木の上にいた。そろそろ帰らなくては夜が来てしまうと思い始めた時であった。

「ぎゃっ!」

 頭上からのがさがさっと激しい音、降り散る葉、鳥類と思われる鳴き声に心臓が飛び出るほど驚き飛び上がってしまった。


「えっ 何!?」

 

 降り散る龍樹の葉に混じり、鮮やかの黄色や赤が目に入った。鳥だと思ったと同時に朱璃は必死で手を伸ばした。

 しかし不安定な足元でそれ以上は動けず、朱璃の指先をかすめたが大きな音をたてそのまま地面へ墜落してしまった。


「……!! 大変や!」



 夢中で木から降りると(縄を使うことは頭になかった)朱璃は墜落した鳥に駆け寄った。


「オウム?」


 バサバサと翼を広げ、痛みに悶えている鳥のくちばしは特徴的だった。鳥類の知識などさっぱりない朱璃だったが、咬まれると相当痛いだろうと警戒する。しばらく観察すると左の羽の動きが悪く、そのせいで飛べないように見えた。


 朱璃は上着を脱ぐと意を決してオウムに掛け、ガバッと上から覆いかぶさるように抱きしめた。

「よーしよし 大丈夫、大丈夫。怖くないよー。何もしないからっ あ、あばれないで」


 優しく抱きしめゆっくりと翼をたたむように小さくする。ゆっくりゆっくり声をかけながら頭だけ出して全身を服で包むことに成功した。

 オウムの顔はグレーで鼻から目にかけて白色だ。そして頭には冠のような羽が付いていた。

今は見えないが羽は黄色や赤色が混じっていた。とても美しいオウムだった。

オウムは日本では人気のあるペットで、朱璃もテレビなどで可愛くおしゃべりをするオウムを見たことがある。


「おしゃべり出来る? どこから来たん?」

「……」

「おしゃべりは出来ひんか。残念……。(って、野生のオウムが喋れるわけないか)怪我してて飛べへんみたいやから、お医者さん(泉李さん)に診てもらおうな」

「大丈夫。怖くないから」

 朱璃はオウムの負担にならないようゆっくりと、しかし大急ぎで駆け出した。





 そんな珍患者がこちらに向かっているとはつゆ知らず、泉李は龍樹から帰ってこない朱璃をハラハラして待っていた。


「遅いな。……何かあったか」

 表門付近まで様子を見に行くが門番の様子に著変はない。門限まで半刻を切り泉李は龍樹へ向かおう決意した時だった。

 数人の訓練生が足早にこちらにやってくる気配を感じ泉李は素早く身を隠した。


「居たか」

「居なかった。やはりまだ戻ってきていないようだな」

「もう伍刻のなるのにおかしいって。いつもバカみたいに早く帰ってくるのに、何かあったんだよ。探しに行って来てよ」

「俺がかよ」

「うん。門限過ぎそうなら僕が何とかするから、久遠くおん健翔けんしょうは探して連れ帰って来て。適材適所でしょ。ほら早く」

「ああ」


 健翔と呼ばれた 体格の良い青年がすぐに門を出ていき、そのあとを久遠が追った。2人を迎えに(救助?)行かせた薄茶色の華奢な印象の青年はしばらく門番と話をした後姿を消した。



「あいつらは……」


 2週間経過したが、朱璃はいつも一人で誰かと仲良くしている様子はない。小さな嫌がらせは受けているようだが、まだ大きなものはないので静観していた。

 なぜなら朱璃の態度から 自分に対してはあくまで武医と訓練生との関係を超えないようにしているのが見て取れたからだ。

 そんな朱璃の気持ちを尊重し我慢して遠くから見守っていたのだが、さすがに疲労の色が濃くなって来たため、今晩あたり確保しようと思っていたとこだった。


 泉李は良かれと思い二人の女性訓練生を入れた事が裏目に出たと考えていた。

 現段階では彼女たちと朱璃は全く打ち解けておらず、むしろ差別的に排除されているように見える。そして彼女達の取り巻きがそれに同調しているため、ますます朱璃は排除的な立場になっていた。

 どちらも祇国では上位貴族とされる家柄だったのも具合が悪く、一層拍車がかかってしまったようだ。


 先ほどの朱璃を探していそうな訓練生は、そんな二大勢力に属さない者たちだったはずだ。

 下級貴族ではあっても辺境州を治める中央からも重要視されている有能な朴家の子息、祇国では知らないものはいない豪商の千家、武家ながら医官や文官など多様な分野で名を馳せている蘇家。


 今まで朱璃との接触はほとんどなかったが、彼女の起こしている小さな風が彼らに届いていたとしたら……。

 泉李は少し安堵の表情を浮かべ、成り行きを見守ることにした。

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異世界から来た娘武官になるため奮闘する〜相変わらずイケメンに囲まれていますがそれどころじゃありません @kyou555

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