中編
そして翌日──スーリアは毎朝起きる度に「目覚めたら全部夢だった」という展開を期待しているのだが当然そんなことはなく、いつも通り奇妙な青い石材で作られている塔の「最上階」で目が覚めた。
つまりそれは地底の最も深い部分でという意味なのだが、この遺跡を調査している考古学者達は不思議な逆さまの塔に敬意を評して、ここを「最下層」ではなく「最上階」と呼んでいるらしい。それを知ってからはスーリアもそう呼ぶようにしている。
彼女が「お芋のスープ」と呼んでいる謎の金色の芋を煮込んだもので簡単に朝食を済ませ、そろそろかぎ裂きの増えてきたマントを着込むと、「書庫」前の小さな広間を出て短い階段を上る。この変わった色の──所々に金色の斑点がある深い青色をした謎の鉱物で作られている建物は、天井にも床にも階段がついているような変わった構造をしていて、つまり逆さまになっている現状でも普通に上下の階へ移動することができた。
「はぁ……五年。いいえ、大丈夫。大丈夫よ、スーリア・シャラウィナ=アルエン。今日こそ上への階段が全部残らず見つかって、地上に出られる。それかアドル達が私を探してくれてるところに出くわして、一緒に街へ帰れる」
自分を励ましながら、最上階から二階層目を踏破し、さらに上へと向かう階段を上がる。この辺りまでは、いつもスムーズに上への道が見つかるのだ。けれど五階層目を過ぎたあたりから急に通路が入り組んできて、そこから上には数えるほどしか行けた試しがない。
「ほんとに、なんで帰り道はすぐに見つかるのに──いけない、帰り道じゃないわ。私はあそこに住んでるんじゃないんだから!」
ぶんぶんと首を振りながら、この独り言の癖も直さないといけないなと考える。地上に帰った時にずっと自分で自分に話しかけていたら、みんなに変な子だと思われてしまう。
「あ、うそ。今日はついてるじゃない!」
とその時、スーリアは久方ぶりに華やいだ声を上げて駆け出した。七階層目に繋がる階段を見つけたのだ。どうも二ヶ月前に見つけた時とは形が違っている気がするが、この際気にするまい。
「……えっ、うそうそ。どんどん行ける! えっ、これ夢?」
そしてその階段を登った先に更なる上への抜け道を発見したスーリアは、興奮のあまり胸を押さえながら囁いた。そのまま十階層分を駆け上がって、見覚えのない景色をぐるりと見回してみる。
「やっぱり、この塔には何かおかしな法則が働いてるんだわ。こんなに階段ばかり続く道、来た時には通らなかったもの。だってここへ入る前は『戻るのは簡単だが下りるのは難しい、不思議な塔だ』って聞いてたし。私だけ逆なんてどういうことって思ってたのよ」
そして彼女は胸に拳を当てる祈りの仕草をすると、天を仰いで微笑んだ。
「ありがとうございます。ええと……迷宮の神様って書庫の文献だと鍵の神ノーア様だけど、地上だと叡智の神エルフト様よね? ……まあどっちでもいいわ。神々よ、感謝します! このまま私に地上までの道を開いてください!」
そして笑顔が抑えきれぬままもう数層を上がって、そこで見つけた光景にスーリアはついに涙ぐんだ。
「うそ、人がいる! やった、半年ぶりだわ!」
その三人組は、内一人が調査に来たローブ姿の考古学者、二人はかなり手練れの冒険家と思われた。しかし眠っていたところを起こされたと思わしき地の竜、つまり翼のない巨大なトカゲのような生き物には苦戦しているようだ。
「助太刀します!」
「──助かった! 頼む!」
短剣を手に飛び込むと、二人の冒険家の男の方がホッとした声を上げる。スーリアは彼らの前に躍り出ると、すかさず地下書庫で覚えた魔法陣を空中に描いて、その中心を短剣の刃先でビシッと突いた。魔力の通る竜鉄製なので、魔法の杖代わりに使っているのだ。
「イ=ルーラ=アーリミス!」
呪文を唱えると、ごうっと猛吹雪が陣から放たれ、竜は急速に凍りついてキラキラした彫像のようになった。決まった……とスーリアは魔術が最高にかっこよく使えたことに満足して、笑顔で振り返る。
「こういう場所で魔術はご法度だと言われてるけど、こうして対象だけを凍りつかせるのはむしろ、遺跡を傷つけないんですよ」
「嘘だろ……やっと、やっとここまで下りて来たのに。そんなことってあるか?」
「え?」
怪訝に思ってよく見ると、冒険家の男は仲間の女を守るように抱きしめ、考古学者を背に庇って悲壮な顔つきをしている。
「
「はい? どういうこと?」
今まで何度か、出くわした人間を驚かせてしまって取り逃したことはあったが、こういう反応は初めてだ。問い返すと、彼は続けて言った。
「上の街では、既に吟遊詩人達が貴女について歌い始めています。青の塔には太古の時代からこの塔を守り続けていらっしゃる魔術師様がいらして、塔を荒らす獣や盗掘目当ての人間を『この塔を荒らすことは許さぬ』と、恐るべき太古の魔術で蹴散らされると」
「え、いや……まあ」
確かに、遺跡を破壊するような石を掘る系の動物とか、手当たり次第遺物を持ち帰る悪質な自称冒険家とか、そういうのは冒険家として容赦無く成敗してきた。けどそんなこと、まっとうな冒険家なら誰だってやっていることで──
「命を救ってくださりありがとうございます。私達は速やかに退散いたしますので、どうぞ安らかにお眠りください」
三人組はそう言うなり身を翻して上へと続く階段を全速力で駆け上がり始めた。スーリアはしばしの間ぽかんとしていたが、置いていかれてなるものかと慌てて追いかける。
「待って! 待ってってば! 私も地上に連れて行って!」
「うわぁ! 来たああぁぁ!」
最後尾を走っていた考古学者が裏返った悲鳴を上げ、振り返った女冒険家が涙混じりの金切声で「やめて、来ないでぇ!」と叫んだ。彼らはそのままバタバタと逃げてゆき、流石に心が折れそうになったスーリアが追うのをやめようとした、その時だ。
「えっ? 何だ、どうした!?」
聞き覚えのある──そう、五年経っても決して忘れはしない。スーリアが幾度も幾度も夢に見て涙した、彼の声がしたのだ。
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