エピローグ

// Some day on the "sunshine"...

 動画投稿サイト。そこに、一つの動画がアップロードされた。

 アカウント主は、“天渡高校映画部”。タイトルは、“リトルナイト・ピカレスク”。

 画面は真っ暗だ。

 暗転した画面が暫く続いた末に、ふとスポットライトが、一人の少女を照らし出す。

 黒いドレスを着た少女だ。

 まだ幼さの残ったショートカットの彼女は、スポットライトの中心に立ち、悪戯心と妖艶さ、両方を兼ね備えたような微笑みを浮かべて、こう、囁いた。

「ようこそ、ディストピアへ」



『大企業“月観”、解体。独裁企業の終焉』

『暫定政府、議会発足を発表。投票日は2か月後か』

『“アマテラス”裁判開廷。被告である道雁寺輝久は未だ行方不明のまま』

 新東京、第2階層。のどかな街並みの一角――その、暫く放置されていたせいでそこら中埃塗れな弁護士事務所の中で、金髪のヤンキーのような弁護士、林道リュウジは、パーソナルウインドウでネットニュースを眺めていた。

「お~。世間様は順調に回ってるね~」

 革命が終わってから、2か月余り。

事前に権力者達が会議していたからだろう、体制の移行はスムーズに進んでいた。予期されていた暴動や混乱も起こらず、街並みや日常生活は前と変わらず進んでいる。

 元々、明るい監視社会ファニー・ディストピアと言われる程に、平和ではあったのだ。むしろ絶対的だった監視機構が倒れた結果、これから犯罪が増えて行く可能性もある。

「知ってるか?歴史にある東ドイツってディストピア。密告社会だったんだけど、軽犯罪はほとんど存在しなかったらしいぜ?ホントかどうかは知らねえけど、体制に背きさえしなければ平和だったって話」

 ソファに寝転がり、そんな声を投げたリュウジ。

 それに答えたのは、弁護士見習い兼助手、勤めていた企業がなくなって失職した女性。

麻比奈レイカは興味なさそうに言った。

「へ~。……博識ですね。わかったからサボるな」

 そう言ったレイカの手には雑巾がある。

 この事務所は、リュウジが昔使っていた建物そのモノだ。“月観”が崩壊して最初に行われたのが、過去の犯罪の検証。不正行為を働いたと“月観”に判断されていた者は、そのほとんどが暫定的に無罪になった。道雁寺の意思で椅子を失った者が多すぎた為に取られた特別措置だ。

 それによってリュウジは弁護士に復職、この事務所に帰ってきて、そしてそこを、レイカが訪ねてきたのだ。

 弁護士になる、と言う夢に向かって勉強したいらしいのだ。そしてついでに、雑用でも良いから仕事をくれと。

 “月観”が解体されたからと言って、代わりの口がまるでない訳もない。その辺は、来島マサキが上手くやっているはずだ。レイカはあの革命の功労者の一人だし、その伝で政府なりなんなりに雇い入れられる事も出来ただろうが、……それよりも、夢を追いかけたいらしい。

お父さんが無事、無罪になったから、正義の味方は終了だそうだ。

 ここには法律関連の教科書類はあるし、大卒の資格を取れば司法試験も受けられる。まあ、その法、自体が不確定な状態だから、次に試験が開催されるのがいつかはわからないが。

 とにかく、知らない仲でもないし人手は欲しい、とリュウジはレイカを雇い入れ、そしてこの林道弁護士事務所はスタートした。

 依頼は、そこそこ来た。が、……依頼のほとんどがここをどこか別の場所だと勘違いしているような内容だった。

 失踪した誰かを探してくれ、とか。犬を探してくれ、とか。屋根を修理してくれ、とか。将棋の相手をしてくれ、とか。

 やってることは探偵+αなほぼ何でも屋である。

 そもそもそれらは第5階層に居た頃にリュウジがやっていた事であり、その伝で未だに依頼が来てしまい、更にはレイカはレイカで“月観”にいた頃の武闘派な武勇伝があったらしく、そっちの伝で明らかに荒事な依頼が飛んできたりもする。暴走したドローンを破壊してくれ、とか、もはや探偵ですらない謎の何かだ。

 が、資金が潤沢にある訳でもなく、そもそも元から来る者拒まずが売りだった林道弁護士事務所はそれらの以来の消化に奔走し、結局事務所の掃除すら行き届かないままに、今。

 そして、こうしてたまに開いた時間に、レイカかリュウジの内、気が向いた方が気が向いた分だけ掃除をする。……掃除が行き届いていないのはここの職員の問題かもしれない。

 と、だ。

 そこでふと、リュウジが身を起こした。

「なんだ?掃除する気になったか?じゃあ、交代」

 言いながらレイカがリュウジへと雑巾を差し出してくるが、リュウジは首を横に振った。

「しねえよ。依頼のメールが来たんだ」

「今度はなんだ?テロリストをボコボコにして欲しいとかか?」

「かもな。……アサヒからだ」

「げ……」

 思い切り嫌そうな顔をしたレイカを横目に、リュウジはそのメールを開き、眉を顰めた。

「この動画を見ろ?……何考えてんだアイツ」

「マルウェア扱いの代物仕込まれるぞ。間違いない。あのピエロはやる」

 真剣な顔で経験者は語っていた。それを横目に、リュウジは、「……見てみなきゃわかんねえしな、」と呟き、その動画を再生した。



 画面に中世風な家々とテラスが映っている。恐らく体育館か何かで撮影したんだろうが、背景担当がやたら本気を出したりしたんだろうか。まるで実写のように、加工された背景は本物のお城染みている。

 中世風な明るい日常に、子供達が映っている。黒い髪の少女がカップを手に、その隣で銀髪の少年が夢中でお菓子を摘んで少女に窘められている。

 そんなシーンに並列して語りが入り、そして画面が暗転。

 最初と同じスポットライトの最中、少女は呟く。

「けど、この平穏な暮らしは長く続かなかった。いえ、私たちが平穏だと思い込んでただけで……」

 画面が切り替わり、先程のテラスが映る。

 けれど、そこにあったのは平穏な光景ではなく、強盗でも入ったかのような乱れ切った光景だ。そして、その中心で、さっきお菓子を摘んでいた少年が、胸に矢を受けて――そこだけ倒れている本人がノリノリで工作した為、明らかに浮いてしまっている――倒れている。

 そしてそれを前に、黒い髪の少女が跪き、無駄に完璧な演技で涙を流した末、決意に満ちた表情で、言った。

「弟の仇は、私が討つ!」



 もう何度見たかわからない、その動画を横目に、アサヒは笑みを零し。

「いや~、なかなか刺激臭のする脚本。最高だね!高評価して布教してあげないと……」

 一人、騒いでいた。

 場所は新東京第3階層。その一角にあるホールだ。周囲には、社交界かパーティでも行われるかのように、スーツやドレスを着た男女が談笑している。

 その一角に、いつも通り赤いシルクハットに赤いコートで、一人。

 アサヒは動画を眺めていた。

 中世ファンタジー風な独裁国家で、独裁者に弟を殺された少女が復讐する、と言うシナリオである。

 画面では勇者リトルナイトが、“ムーンアイ帝国四天王”と戦闘を繰り広げていた。

 多分、人手が足りないんだろう。“ムーンアイ帝国四天王”はほとんど兼役で、そのほとんどがこれまで村人やら何やらで出てきていた少年達。更に四天王の内の一人は勇者リトルナイトの双子の姉――という体でサヤが一人二役をしていた。

 当然のように再生数は伸びず、評価もほとんどなく、ただなんだか楽しそうにやっているそれを、アサヒは眺め続け……。

 と、そこで、アサヒに声が投げられた。

「文句を言うなら見なければ良いのでは?」

 声に視線を向ける――そこに立っていたのは、カクテルグラスを手に持った一人の女性だ。周りから浮かないように、だろう。落ち着いた色合いのドレスを身に着けて、だが、カクテルには口をつけていない。

そんな猪戸マリに、アサヒは言う。

「いや~、エリちゃん頑張ったんだよ?あらまし聞いて、脚色した上でそれを10分にまとめようとしてるんだからさ、見てあげないと。協力者として」

 動画の説明欄、そこには映像加工としてこんな名前が載っていた。“ファニーボーイ・レッドカラー”。

 そんな、妹(の友達)の頼みに全力を挙げた真っ赤な服を着た成人男性を、マリはいつも通りの涼しげな顔で眺め、言う。

「では、言い方を変えましょう。仕事中に動画見ないでください」

 言って、マリは会場に視線を向ける。

 “カムロ警備新設記念式典”――それが、この会場で行われているパーティだ。が、それはダミー。公的にそう言っているだけで、実際は違う。

 言ってしまえば、テロリストの決起集会のようなモノだ。

 “月観”が倒れ、新政府が樹立した。だが、それはあくまで暫定政府であり、次の社会の在り方はまだ確定してはいない。その狭間で、“月観”に吸収されていた企業や権力者、あるいは新興の組織が次期権力者の座を狙って表でも裏でも活発に活動している。

 アサヒの仕事は、その裏の方で一線を越えた組織にお灸をすえる、秘密保安要員。

 結局所属先が“月観”から新政府に変わっただけで、やっている事は変わらない。

「……で?本当なの?エリちゃんの拉致を狙ってるって」

「未遂、ですが、ある程度証拠はあります。旧“月観”の首脳陣が現暫定政権に深く関わっている事は事実ですし、来島マサキはその重役です。その娘となれば、」

「間接的には、社会的に影響力を持つポジションのまま、か」

 エリの立ち位置も、案外前と変わっていない。ただ、監視社会、ディストピアが崩れたことで、一次的な被害を受けやすくなった、と言う話だ。

 と、そこで、だ。ふと、会場の明かりが落ちた。

「登壇ですね。カムロ警備の代表者、新美雄一……の、婦人で、実質的なこの組織のトップ。新美楓、旧姓加室カエデ。ターゲットです」

 加室タツマの従妹の女性、だそうだ。そうつらつらと、前と同じく補佐を務めているマリを、アサヒは横目で眺めて……それから、言う。

「……マリくんさ。新政府のポスト貰えたんじゃないの?」

「貰ってるでしょう、今」

「そうじゃなくて。ボクの事嫌いじゃなかったの?」

「ええ、嫌いですよ」

 そう、マリは微笑んで、それから続ける。

「だから今も監視を続けてるんでしょう?」

「……そう。なるほどね、」

 呟いて、少し笑みを零し、それからアサヒは壁に預けていた背を離した。

 ライトの落ちた会場――壇上では、やたら派手なドレスを着た女性が、マイクへと歩んでいた。新美カエデだ。これから、アサヒが脅かす相手である。

 新美カエデが、マイクを前に立ち、会場に明かりが灯る。

 それと同じタイミングで――

「じゃあ、そろそろ。……手品の時間だ」

 そう呟いて、アサヒは指を弾く。瞬間――“幻覚”のレイヤード。それが、解けた。

 会場に集っていた人々――いや、人々だと思っていた全て。それらが、機械に代わる。

 ドローンだ。“月観”で使用されていたのと同じ、フレームだけの人型ドローン。

 パーティ会場が突然骸骨だらけの墓場に変わった――そんな光景に驚いたのだろう。新美カエデが目を見開き――その視界の中心で、真っ赤な男は気取った風に、白いテーブルの上に飛び乗って、ふざけだした。

「どうも~!グラマラスな貴婦人?初めまして、暫定政府の犬です、ワン!」

 その言葉に、未だ部屋の隅に居続けていたマリは、小さくため息を吐く。

「カエデさ~ん?なんでもここに悪い奴が潜んでいるって言う情報を掴みましてね!どうです、どっかで見ませんでした?悪い奴!怪しい奴とか……ぶん殴りたくなるくらい鬱陶しい悪ふざけしてる奴とか!どうです?」

 ノリノリで嘲笑う真っ赤な服のピエロ――それを、カエデは暫く眺め、やがて呟いた。

「……ハァ。いるわよ、ここに」

 そう、カエデは言って――直後、アサヒの視野に、メールの受信を示す通知が映った。

 差出人は、“ピクシー”。

「………」

 完全に予想していなかった状況に、アサヒは瞬きして、そんなアサヒを嘲笑うように、“カエデ”は言う。

「証拠とかはそこにまとめといたから、後はよろしくね、兄さん?」

「……サヤ?何してるんだ?」

「エリをストーキングしてた奴が居たのよ。ちょっと懲らしめようと思ったら、なんか裏が思いの他黒くて」

「だからって、……サヤ。そういう危ない真似はもうしないでくれ。ボクに相談すれば良いだろう?」

「相談?しようかと思ったわ。でも、しょうがないじゃない。だって兄さん帰って来ないんだもの」

「……ボクもこれで忙しいからね」

「じゃあ、頼んでも無駄じゃない」

「それとこれとは別だ。妹の頼みをボクが断ると思うかい?」

「思う。けど、兄さん聞いてくれるの?私の頼み」

「ああ、勿論だよサヤ。何か頼みがあるのかい?」

「帰って来てよ。兄さんが私の事ほっといたおかげで、私、料理うまくなったのよ。食べてみたくない?数年ほったらかした妹の手料理」

「…………」

 からかうように言い続ける“カエデ”――サヤを前に、道化は決まり悪そうにして、やがてまた言い返し始める。

 そんな、突如目の前で始まった兄妹喧嘩を前に、

「……まったく、」

 マリは呟いて、もう荒事を警戒する必要もないだろうと、カクテルグラスを傾けた。



「く、くそう……この、“ムーンアイ帝国”の帝王が、帝王サンライトが破れるとは……」

 と、豪華な衣装を着た西洋の血が混じった少女、やられるこの瞬間に初めて名乗った帝王サンライトが、崩れ落ちた。

 それを前に、黒い髪の少女が無駄に好演を見せ、肩で息をし……。

「こ、これで……」

 と、呟いたその瞬間、



「……死んだと思われていた弟が実は黒幕でした、」

 と言うショートフィルムが、目の前で流れている。それを前に、拗ねたような表情で、エリは言った。

「って、面白く無い?面白いよね、ユウ君?」

 場所は――サヤの家だ。その見慣れたリビング。中でサヤはソファで眠っていて、それを横に、エリは不満げにテーブルにもたれ掛かっている。

 ショートフィルム、“リトルナイト・ピカレスク”の再生数が伸びないのだ。当然の話だが。

 問いかけられたユウ――リハビリで身体が動くようになり、運動はまだできないが、日常生活は送れるようになった彼は、キッチンでお姉ちゃん直伝のチャーハンを作ってみようとしながら、答えた。

「え~っと……撮ってる時は面白かったよ?ワイワイしてて」

「それ動画の内容と関係ない……」

「まあ正直内容は面白く無いと思う。色々説明不足だし、そもそもこれ多分ピカレスクじゃないし。ほぼコメディ。……って、お姉ちゃん言ってた」

「う、うう……」

 あっさり切って捨てられた、ノリで自分が書くと言い出した脚本家エリは、平和な部屋の中でそう涙にくれ……と、そこで、だ。

 ソファに横になっていたサヤが、身を起こした。

「あ!サヤ~!ユウくんがイジメる!」

「……なら、やり返せば良いじゃない」

 なんの話か分からないがとりあえずそう答えたサヤを前に、エリは、「発想が過激派……」と肩を落とし、そこでユウが声を上げる。

「お姉ちゃんお帰り。チャーハン作ったよ、チャーハン!」

「また?……今度は焦がしてないわよね、」

 言いながら、サヤはキッチンへと歩んでいくと、フライパンの中を覗き込み、

「……割とおいしそうじゃない。見た目は」

「でしょう?」

 得意げに言ったユウを横に、サヤは微笑み……そこで、うなだれていたエリが勢い良く立ち上がる。

「決めた!私泣き寝入りしない!」

「え~?ボク、イジメられるの?」

「ユウ、貴方何したのよ……」

「そっちじゃないから……。違う!もう一回、ショートフィルム撮るの!だから、サヤ。もう一回主演やって?」

 エリに、サヤはそう言われて――前なら、多分断っただろう友達の頼みに、けれど微笑みと共に、頷いた。

 そうして、事件がない、訳ではないが、平穏ではある日常が、過ぎて行く……。



 動画が終わった。

 そのエンドロールに、軽いNG集がついていた。失敗して笑う出演者、笑顔と笑い声ばかりのその映像は、ネットワークにアップロードされ、この新東京の基幹システムである“アマテラス”は、その情報、全てを、集積し、眺め、見守り続けている。

 ちょうど、その動画を眺めでもしたのだろうか。

 機械仕掛けの巨大な脳。輝きを放つそれが、新東京の地下深くで、笑い、あるいは微笑みでもしたように、明滅していた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レイヤード // 新東京ディストピア 蔵沢・リビングデッド・秋 @o-tam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ