竹箒 たけぼうき

雨世界

1 命って、なに?

 竹箒 たけぼうき


 登場人物


 高田舞花 背の高い長い黒髪の美しい少女 十六歳


 舞花のお母さん いつも笑顔の人 享年 三十六歳


 プロローグ


 命って、なに?


 本編


 舞花


 君は、今どうしてる?


 高田舞花はある日、物置の中でお母さんが大切に使っていた古い竹箒を見つけた。その竹箒を持って、しばらくの間、庭にある物置の前に立っていた舞花はやがて自然と、その竹箒をもって、家の玄関前の掃除をお母さんの真似をして、してみることにした。

 掃除をしながら、舞花はお母さんのことを思い出していた。


 去年の冬に亡くなったお母さん。

 お母さんは雪の降る日に、町にある大きな病院の中で亡くなった。


「ねえ、舞花は好きな季節ってある?」

 病院の真っ白なベットの上で、元気そうな笑顔で(本当は全然元気じゃないんだけど)笑って、お母さんは言う。

「とくにないよ。あ、でもあえて言うなら春かな。あったかいし、綺麗な花もいっぱい咲くから」りんごをむきながら舞花は言う。

 二人だけの病室の窓の外には雪が降っている。

 ……とても綺麗な、真っ白な雪だ。

「私は冬だよ。好きな季節はだんとつで冬だね。冬が一番好き」にっこりと笑って舞花を見ながらお母さんは言う。

「どうして? 雪が好きなの?」首をかしげてから、窓の外に降る雪を見て舞花は言う。

「ううん。違うよ。雪は好きだけど、冬が一番好きな理由は違う」お母さんは言う。

「なら、どうして?」


「それはね、舞花。あなたが生まれたのが、冬の季節だったからだよ」と、どうだ、まいったか、とでも言いたげな満足そうな顔をして、お母さんは言った。


 そんなお母さんの子供っぽい顔を見て、舞花は「はいはい。よかったね。私が無事に生まれて」と少し呆れた顔をしてお母さんに言った。

 するとお母さんはりんごの皮むきの止まった舞花の手をぎゅっと握って、「うん。本当によかった。あなたが無事に生まれてきてくれて」と珍しくとても真剣な顔をして、舞花の目をじっとまっすぐに見つめてそういった。


 ……その日も夜に、容体が急変して舞花のお母さんは亡くなった。

 お父さんは仕事帰りに連絡を受けて、急いで病院に駆けつけてくれたのだけど、お母さんの最後の時間には、ぎりぎり、間に合うことができなかった。


 お母さんの亡くなった年齢は三十六歳だった。


 ……お母さん。お母さんは本当に幸せだったのかな?


 いつも笑顔で、私はずっと幸せだったよ、と言っていたお母さんのことを思い出しながら舞花はそんなことをお母さんの竹箒をせっせと動かしながら思った。


 泣くつもりはなかったのだけど、掃除の途中で、竹箒を動かす手を止めて、舞花は一人、玄関前で泣き始めてしまった。

 ……一度泣き始めると、ずっと我慢していたたくさんの流し忘れていた涙は、まったく止まってくれなくなった。


「ねえ、舞花。舞花は好きな季節ってある?」

 友達に教室でそう聞かれて舞花は、「うーん。よくわかんない」と困った顔をして舞花は言った。

「わかんない?」変な顔をして、友達は言う。

「うん。なんだか好きな季節がよくわからなくなっちゃった」とにっこりと笑って舞花は言った。


 お母さん。私は、好きな季節がなんだかよくわからなくなりました。

 ……でも、嫌いな季節はあります。

 それは冬です。

 お母さんがいなくなってしまった季節。

 冬はやっぱり嫌いです。

 ううん。苦手っていうほうが正しいのかな? 冬が悪いわけではありませんから。


 ……ねえ、お母さん。


 私もいつか、冬が愛せるようになるのかな?


 もし、そうなったら、そしたら私は今度誰かに好きな季節はいつ? って聞かれたら、冬だよって自信を持って答えようと思います。

 だって、冬はお母さんが、一番好きな季節だから。


 ね、お母さん。


 高田舞花は仏壇に飾ってある笑顔のお母さんの写真を見ながら、そんなことを心の奥で思って、桜舞い散る春の木漏れ日の中で、にっこりと笑った。

 お母さんの竹箒は自分の大切な宝物として、舞花がお父さんからもらうことになった。


 竹箒 たけぼうき 終わり

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