後編 リンゴとサバとマヨソースらしい
「お二人とも、届きましたよ」
「それ以前にまず届けるなッ!!」
盛大にハモりつつ、俺と
「つーかこれ……本当に食わなきゃいけないんすか?」
「当然でしょう。アップルパイを食べたいとおっしゃったのはどこの誰ですか?」
「
「そうだそうだ」
腕を組み、俺も新井田の言葉に頷く。しかし聞いているのかいないのか、シロは包装を解きながら平然と言い放った。
「サバを食べたいとおっしゃったのは
「
「コピペっすか?」
「まぁまぁ、仲良くしましょうよ」
「アンタにだけは言われたくねえっす!」
噛みつくように叫ぶ新井田をよそに、シロは冷静に箱の中身を取り出す。真空パックらしき包装をシロがキッチンばさみで切り裂いてゆく。あっさりと皿に盛られたそれを覗き込むと、普通にパイ生地の色をしていた。現時点では、そこまでサバサバしい生臭さもない。だが……と、俺は怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだ……この模様?」
「
「おそらく波を表しているのでしょう。上半分はリンゴの葉、下半分はサバが泳ぐ海をイメージしているのではないでしょうか。自然豊かな青森県らしい意匠ですね」
わかりづれぇよ。
「そう感じるのは下長さんの感受性の問題ですね」
「心読むんじゃねえ」
全く、これだからシロは。呆れたように肩をすくめ、俺はシロが包丁を取り出すのを眺める。パイを六等分に丁寧に切り分けるその横顔は、鍛え抜かれた日本刀のように真剣だ。こんなところで、本業の株取引で見せるような真剣な表情を見せないでほしい。隣で軽薄な茶髪を揺らし、やれやれ、と新井田が首を振る。
「つくづく変な人っすよね、シロさんって……」
「まぁ、否定はしません」
「しろ」
「はいはい。さて、いただきましょうか」
気付いた時には各々の皿にサバップルの欠片が載っていた。陶器製の皿をゆっくりと持ち上げ、俺はその断面を観察する。真ん中あたりに入っているリンゴはまぁ、アップルパイだから仕方ないとして、問題はその上だ。わけのわからない茶色のバサバサ、すなわちサバフレークである。
「サバの存在感パネェっす……」
「つくづく何でサバ入ってんだよ……別に要らねぇだろ」
「そこに突っ込んだら負けです。では、いただきましょうか」
「何で仕切ってんだよ……」
悪態をつきつつ、俺は机の上のフォークを手に取った。パイの先端を切り取り、フォークをぶっ刺す。しばしそれを睨みつけ、重い音を立てて唾を飲み込む。鼻からゆっくりと息を吸い込み、口を開いた。
「……いただきます……」
ゆっくりと口を開け、アップルパイの細切れを口に含む。
……リンゴの甘酸っぱさとシャキシャキとした食感。パイのサクサク具合と、サバフレークの旨味。油やらなんやらで炒められているからだろうか、鯖の生臭さはあまり感じない。吟味するように咀嚼し、ゆっくりと飲み込む。しばし皿を見つめたまま喉に神経を集中させ……やがて、呟いた。
「……意外と美味い……?」
「ふむ、やはり商品化されるだけありますね。美味しいなら何よりです」
「本当っすか? 正直にわかには信じられないっすよ……さて、くっちゃべってても仕方ないっすし、俺もいただきますかね」
ゆっくりと皿を手に取り、俺と同様にパイの先端を切り取る新井田。シーリングライトに茶髪とピアスが輝き、強張るように喉仏が上下する。お化けを恐れる子供のように目を閉じ、新井田は大きく口を開いた。サバップルの欠片を放り込み、子供のように咀嚼する。固唾を呑んで見守る俺と、平然としたシロの視線の中、新井田はそっと目を開けた。吟味するように舌の上でサバップルを転がし、ゆっくりと飲み込む。しばし喉越しを確かめるように俯いたのち、ゆっくりと口を開いた。
「……なんつーか、サバの味が死んでますね。生臭くないのはいいんすけど、サバとリンゴのマッチングが売りなんなら、もうちょっとサバらしさを出した方がよかった気がするっす。リンゴとサバの両方を生かしたうえで、なんかこう、全く新しい味を生み出すべきじゃないかなー、って思うんすよ」
「確かにな……俺も正直、別々に食いてえって思ったわ」
「ふむ……でも美味しいではないですか。わたくしも好奇心で頼んでみたのですが、予想以上です。サバを炒めているのは塩と砂糖、ゆずの皮に菜種油……?」
「いつの間に食ってんだよお前は」
俺の言葉は黙殺し、シロは空箱の中に手を突っ込んだ。何かを取り出し、ひらひらと振る。片方は食欲をあおる濃い茶色、もう片方はこれまた美味そうなクリーム色。
「……それでは、これはいかがですか?」
「なんすかそれ? 中濃ソースにマヨネーズっすか?」
「ええ。サバップルというものは、これをかけても美味しいそうですよ。感想はかなり人によりますが。試してみますか?」
「お、おい!」
問いながらも残りのサバップルに問答無用で中濃ソースを垂らすシロ。お前、結局つけるんなら何で聞くんだよ。真顔でソースのパックを空にすると、続いてマヨネーズのパックも空けていく。みるみるうちにパイはお好み焼きのような色に染まっていって、隣で新井田がげんなりと肩を落とす。
「なんでこうなるんすか……シロさん、好奇心旺盛なのはいいんすけど、頼むから人を巻き込まないでくださいよ……」
「まぁ、そうおっしゃらずに。未知との遭遇というやつですよ」
「なんだそれ……ま、かけちまったもんは仕方ねぇし。食うか」
サバップルの一切れにフォークをぶっ刺し、豪快にかじる。中濃ソースが垂れて、陶器製の皿に小さな染みをつくる。広がったのはサバの旨味とソースの塩加減、それにマヨネーズのまろやかさ……そして、アップルパイの甘酸っぱさ。どう表現すればよいのだろうか。喧嘩はしていない。ただ、ベストマッチかと聞かれると……どうなんだろうか。
「……ずいぶん微妙な表情っすね……そこまでアレなら、逆に興味湧いてくるっす」
「じゃあ食えよ」
「へいへい……」
新井田も同様にマヨソース付きサバップルにフォークをぶっ刺し、先端にかじりついた。……刹那、その表情が苦虫を嚙み潰したように歪んでゆく。口元を押さえ、ゆっくりとそれを飲み込むと、がっくりと
「……あかん……これはやってはあかんかった……」
「……ふむ? わたくしとしては割といけますけどね……むしろサバとリンゴのマリアージュと申しますか、ソースとマヨネーズがふたつの食材を、いわゆる『おかずスイーツ』に上手く昇華させていると思いますよ?」
「何言ってんすかシロさん……」
穴でも開けんばかりの新井田の視線を浴びながら、シロは勢いよくサバップルを食べ進める。新井田がしれっと自分のサバップルをシロの皿に移すと、当のシロはふっと目を細めた。何も気にせずサバップルにフォークを入れ、優雅に頬張るシロ。あくまでそれサバップルだからな。美形の無駄遣いだからな。俺のハリネズミのような視線などものともせず、シロはサバップルを瞬く間に平らげた。満面の笑みで皿をテーブルに置き、手を合わせる。
「……ごちそうさまでした。しかし美味しかったですね」
「……いえ全く……」
「まぁ、食えなくはなかったが」
「そうでしょう」
シロが手を伸ばし、食器類を片付けにかかる。陶器が触れ合う音をバックミュージックに、彼は長い黒髪をなびかせながら
「食の好みは人それぞれです。それを押し付けることは誰にもできません。ただ、食べる前から決めつけてはならない、とだけ申し上げておきましょう。ウミガメの肉も意外と美味しかったりしますので」
「ですので、皆様。サバップル、一度食べてみるのも悪くないかもしれませんよ?」
「オチでダイマしないでくれっす」
男三人、狂気のスイーツを食す。 東美桜 @Aspel-Girl
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