男三人、狂気のスイーツを食す。

東美桜

前編 シロは暇人らしい

「……サバ食いてえな」

 ぽつりと呟くと、デスクのマルチディスプレイを見つめていた影が振り返った。男のくせに長い黒髪をふわりと揺らし、青い瞳をすっと細める。六つのモニターが中性的な横顔を照らし出し、薄い唇が興味なさげに開く。

「どうしました下長しもながさん。サバ食べたいなら、そこらのスーパーでサバ缶でも買えばいいでしょうに」

「俺は猫かよ。どっちかっつーと犬派なんだが。つかサバ缶は食い飽きた。もっと違うサバ料理が食いてぇけど、なんかねえか?」

「わたくしに言われましても」

 言い放ち、長髪はマルチディスプレイに視線を戻した。つられて俺も六つのモニターを眺め、一つ舌打ちをする。株取引をしつつMMOのネットゲームをプレイし、取引先の社長がSNSにあげた孫の写真にいいね押しつつ、つべでゲーム実況動画見てるこいつはきっと暇なのだろう。そんなに暇ならサバ料理の一つでも調べろ、と言いたい。だが仮にもシェアハウスでのルームメイト、下手なこと言って関係を悪化させたくもない。厄介なことだ。

 と、隣で軽薄な茶髪が顔を上げた。ノートPCの光に眼鏡と金色のピアスが反射して輝く。彼は課題提出用のウィンドウを閉じつつ、んー、と顎に指を当てた。

「サバっしたら、煮たり焼いたり? グラタンとかハンバーグとか、あと竜田揚げもあるっすよ」

「……そうか」

「反応うっす!?」

 ひっくり返られても困る。ついでに言うと、ひっくり返った拍子に眼鏡がずれている。あえて指摘することはせず、俺は課題レポートの文字数を確認した。指定の文字数よりはやや少ないが、許容範囲内だろう。レポートを保存してウィンドウを閉じると、ようやく戻ってきた茶髪は眼鏡を直しながら口を開いた。

「てゆーか、んなことどーだっていいんすよ。シロさん、俺アップルパイ食べたいっす。なんかさっき鳥のSNS見てたら、知り合いがめっちゃ美味そうなアップルパイの飯テロ流してきやがって。シロさん青森出身っしょ? なんか美味いアップルパイないっすか?」

新井田にいださんまで、何故わたくしに言うのですか……」

 呆れたように肩をすくめ、シロと呼ばれた長髪は軽くキーボードをいじる。瞬く間に、六つのモニターにアップルパイの写真が並んだ。

「ここ東京ですし、青森のアップルパイが食べたいなら取り寄せるしかありませんね。おすすめはやはり“パティシエのりんごスティック”でしょうか。スポンジケーキ入りで美味しいですよ」

「ほー……片手で食べれますし、食べやすそっすね」

「こちらの“気になるリンゴ”も人気ですよ。リンゴのシロップ漬けを丸ごとパイで包んだものだそうです」

「どうやって食うんだよ、それ」

「普通に切り分けて食うに決まってるっしょ」

 つか、サバ料理はググってくれねえのか。軽く舌打ちをすると、シロはふっと微笑みを吐き出した。ポインターが右下のモニターに動き、とてもアップルパイとは思えない物体を示す。下手くそに切り分けられたそれの中から、とてもリンゴとは思えないバサバサした茶色が覗いていた。なんだあれ。

「シロさん、なんすかあの変な物体。アップルパイの成れの果てっすか?」

「失敬な。あれもれっきとしたアップルパイですよ?」

 どこがだ。そう言おうとして、椅子ごと振り返ったシロの瞳に撃ち抜かれた。日本人離れした青い瞳が愉快そうに細められる。隣で茶髪がきょとんと眼を見開き、俺は嫌な予感に身構えるように唇を引き結ぶ。シロは愉快そうに口元を歪め――特大の爆弾を投げつけてきた。


「ただだけのアップルパイです」


 ……一瞬、何を言われたのかわからなかった。声すら出ないままシロを見つめるけれど、彼はニヤニヤと愉快そうに微笑んでいるだけで。隣でかすかに震えながら、新井田が盛大に声を上げた。その細かい震えに合わせ、耳元で金色のピアスが揺れる。

「ちょ、待って下さいよ。冗談っしょ? アッ、アップルパイにサバ入ってるとかありえませんって。なんすかそれ? シロさんも冗談言うんすね……」

「いえ、冗談ではなく」

「……はい?」

 眼鏡の奥の瞳が見開かれる。シロは椅子をくるりと回し、長い脚を組んで俺たちを見下ろした。青い瞳にふと真剣な光が宿る。それはまるで、世界の真理を告げる預言者のような。

「これは実在します。青森県八戸はちのへ市周辺で売られている“サバップル”という料理ですね。かなりマイナーな料理で、地元民でも知らない方は多いようですが」

「……あんのかよ」

「てか誰が考えたんすか……」

「市内の女子高の生徒ですね」

「うへぇ……JKの考えることわかんねぇ……」

 お前今すべてのJKを敵に回したぞ。そんなツッコミをあえて飲み込むと、口の中に虫を噛んだような苦味が広がったような気がした。それごと飲み込み、俺はただ一言、問うた。

「……なんでお前がそんなもん知ってんだよ」

「そりゃ、八戸出身だからですよ」

「地元民でも知らない奴多いって言ったその口で何言ってんだよ……」

「知らない方が多いというだけで、誰も知らないとは言っていないでしょう」

 しれっと言い放つシロ。あっけらかんとしたその表情に無性に腹が立つけれど、仮にもこいつとはルームメイトだ。非常に面倒ではあるが。

「しっかし、これ美味いんすか?」

「さぁ? わたくしも食べたことはありませんが、ネットの評判を見るに、食べられないというほどのゲテモノではないそうですよ。試しに頼んでみましょうか」

「はぁ!?」

 俺と新井田の声が重なった。しかしそれを無視し、シロはマルチディスプレイに向き直る。確認もなく決済画面に進む彼に、俺たちは近所迷惑覚悟で声を上げる。

「おいシロちょっと待て! 何でそんなゲテモノ頼むんだよ!?」

「つか、ちょっと聞いてみただけじゃないすか! 誰も頼めとは言ってないっす! 今すぐキャンセルしてください、頼みますから!」

「……決済完了っと」

「うおおおおいっ!?」

 ……もう遅かった。頭を抱えてひっくり返る新井田をよそに、俺は諦めたように全身から力を抜いた。ここまで来ればもう、腹を括るしかない。せめてサバップルとやらが、まだマシな食品であることを祈るのみだ。

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