火前坊

安良巻祐介

 土曜の深夜、出鱈目経と木魚達磨を提げて、大火で焼けた工場跡を見に行った父方の大叔父が、帰ってこなかった。

 後で詳しく足取りを辿り、前後のあれこれを調べてもらったによると、焼け跡に踏み入るや、燻る瘴気に巻かれて動けなくなり、明け方までには話も通じない一本の骨案山子になってしまったらしい。

 旅先の妄洲で病により夭逝した大叔父は、もう数十年も、死んだときの見た目背格好のままで、我が家に出没し続けていた。

 生前は僧籍にあったという彼らしく、死してなお佇まいや習慣はしっかりしたもので、晴れた日には辻説法などに出ることすらあった。

 しかし、ほとけであるからこれ以上死ぬこともあるまいと高を括ったのが運の尽きで、野次馬で出掛けた工場跡地から、とうとう永遠に出られなくなってしまったというのは、何とも悲しく恐ろしいことだ。

 大叔父のことは、皆に見て見ぬふりをされてしまった。

 結局、二度目の葬式は出なかった。

 それから暫くすると工場跡地の火も消えたというが、大叔父は今もあの真っ黒い地面に棒のように突き刺さったまま、無間地獄から救われようと出鱈目な念仏を永遠に唱え続けているという。

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火前坊 安良巻祐介 @aramaki88

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